見出し画像

Chapter-6 さとゐもさんの想い出 「おかあさんの言葉が、何度も背中を押してくれた」

おかあさんにまつわる思い出を教えてください、との呼びかけに応えて、一人の元常連さんが大変な力作をお寄せくださいました。
ちょっとしたエピソードが集まれば良いな、と思っていた編集部は、その想いの熱さと内容の濃さに、小躍りして喜びました。

この方は現在30歳とまだお若く、閉店間際の8番館に通われたようです。
ご記憶に新しい方もいらっしゃるかも知れません。この想い出物語をお読みになって、もし思い出したことがおありの方は、どうか教えてください。

今回エピソードをいただいた「さとゐも」さんが通われていた住吉4丁目にあった最後の店舗。



ゲイバーがしんどかった僕に、紹介されたゲイバー。


まだ成人したばかりの頃、当時の彼氏に連れられ初めて住吉に飲みに出た時の話です。
初めて行ったゲイバー。カラオケや大きな話し声、タバコの煙が充満した暗い店内を、少し怖いと感じたのを覚えています。

今思えば楽しく飲んで楽しく話しているだけの、どこでも見かけるゲイバーの風景でした。
ですが当時、会った事のあるゲイは一人(彼氏)だけ、それにお酒もあまり飲まなかった僕にとって、ゲイバーは刺激が強かったのだと思います。

友人知人と楽しく盛り上がる当時の彼氏は、僕を周囲の人に紹介してくれたり、話に混ぜてくれたりと気を遣ってくれていましたが、どうにも居心地の悪さを感じてしまい、ついには「外におってもいい?」と聞いてしまいました。
彼は少し考えたあと、「じゃあ俺、もう少しここで飲むけん、ハチバンに行ってみたら?お店の人優しいよ」と。

ゲイバーがしんどくて外に出るって言った奴にゲイバー勧めるって、こいつ正気か?と思いましたが、当時の僕には住吉に行くあてなどなく、渋々紹介された「ハチバン」へ向かいます。
青みがかったドアに大きなドアノブ、壁にかかった黒い看板には白く丸い文字で「8番館」。

「8番館ってことは、1~7番館もどこかにあるんだろうか。ものすごい巨大チェーンゲイバー(?)なんだろうか」と思いながら、恐る恐るドアを開けると、そこには真っ赤な棚とカウンターが。
「どうしよう、とんでもなくエッチな店に来てしまったかもしれない」と怯えていると、奥から「いらっしゃーい」と聞こえてきました。

おかあさんもお客さんも、あたたかかった。


その時店内は、いちばん奥の席以外お客さんで埋まっていたのですが、呼ばれるままお店に入った僕はガチガチに緊張していたようで、それを見たカウンターに座るお客さんが、わざわざ真ん中あたりを空けてくれました。
席に座っても固まっている僕に、お客さんから「おかあさん」と呼ばれるその人は「飲み屋さんは初めて?」と優しく聞いてくれました。

さっきまでいたゲイバーで聞いていたのとは違う、穏やかで優しい声に少し緊張がほぐれたのでしょうか、僕は彼氏とはじめてのゲイバー行ったけど居づらかったこと、彼氏にここを勧められたこと、まだ「ゲイバー」がよくわかっていないことなどを全て話します。
おかあさんは「あらー」「そうねそうね」と、笑顔で静かにあいづちを打ちながら、ひと通り話した僕に飲み物を出し「まあ、お迎えが来るまでゆっくりしていきなさい。たくさん話しましょう」と言ってくれました。

その日はおかあさんだけでなくお客さんも温かい方ばかりで、そこからはお客さんの「初心者向けゲイバー解説講座」や「良い男の見分け方講座」などが続々と開催されました。
その話を聞いている時の笑顔が、僕が思い出すおかあさんの顔です。

不思議とさっきまで感じていた居心地の悪さはなく、「こういうゲイバーもあるんだな」と思いながら、おかあさんやお客さんと夢中で話をしていると、お店のドアが開き、そこには迎えにきてくれた彼氏の姿が。
名残惜しさを感じながらお店を出ると、見送りに来てくれたおかあさんは僕の目を見て、「いろんな人に会って、いろんなお店に行きなさい。最初の印象だけで何かを嫌いになるのは勿体無い事だから」と言い、背中をパンパンと叩きました。

今もおかあさんが、背中をパンパンと叩いてくれる。


その時は「はい!そうします!」と元気に答えただけでしたが、僕は先日、30歳を迎え、まだまだ一人前とはいえないながらも世間的に「大人」と言われる年齢になりました。
以前よりも新しいことや新しいものを受け入れるのに、少しずつ体力気力が必要になってきているのを感じます。

新しいものを深掘りする気になれず、つい意識の隅っこに追いやってしまいそうな時、心の中でおかあさんが背中をパンパンと叩いてくれることがあります。

最初の印象だけで何かを嫌いになるのは、勿体無いこと。

そう言われた気がして「少し調べてみようかな」と重い腰を上げたことが何度もあり、得たものもたくさんありました。

初めて行ったあの日以来、何度も足を運んだ8番館。
飲みに出る機会が減り、足が遠のいた後も、職場の隣の建物がおかあさんのご自宅だったこともあり何度も道でおかあさんと挨拶を交わすなど、なにかとご縁のあった8番館。

閉店の報せを受けた時は仕事が忙しく、挨拶に行けませんでした。
そのことをどこかで申し訳なく思い続けていましたが、こうして8番館について記憶を辿る機会を頂けたことが嬉しく、今回筆をとりました。

きっと8番館のお客さんの数だけ、おかあさんとの思い出があるのだと思います。
僕がはじめて一人で行ったゲイバーの思い出が、たくさんの思い出を集める一助になれば幸いです。(以上原文転載)

今回エピソードをいただいたのは福岡市にお住まいの「さとゐも」さん。イラストのお仕事もされてて、今回のためにイラストも描いていただきました。




すてきな思い出エピソードと、その後もおかあさんの言葉に背中を押され続けている青年の姿が、読んでいて胸に迫ります。
おかあさんにも、早く読んでいただきたくてうずうずします。

あまりに素晴らしいストーリーと、プロ顔負けの構成力・文章力に、他の皆さまが「こんなの書けないよ!」と思ってしまうのでは?と少し心配になるほどですが、このクオリティはさとゐもさんの類い稀な才能の賜物と重々存じておりますので、ご安心を!
たったひとことでも構いません。整った文章になっていなくても構いません。
文章を書くのがご面倒なら、こちらからインタビューをさせていただきますので、「8番館のこと、思い出したよ」とお声がけくださいませ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?