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みんなで語り継ごう。8番館のこと、博多のゲイカルチャーのこと。

このnoteのディレクション担当のクロです。

3ヶ月にわたり毎週火曜日にお届けしてきました「博多ゲイバーはじめて物語」は今回はちょっとお休み。
今後はちょっとペースを落としつつ取材を進め、一本ずつ形になり次第、不定期更新していけたらと考えています。

そもそもこのブログは、2012年に取材してお蔵入りになっていた8番館のおかあさんのインタビューを、一人でも多くの方に読んでいただきたい!という思いからスタートしました。
連載第3回目にそれを掲載した時点で当初の目的は果たせていたのですが、パートナーの方や元スタッフ、常連さんたちに周辺取材を進めていくうちに8番館というお店やオーナーママであるおかあさんの魅力的なエピソードのみならず、祇園町時代〜住吉エリア(清川、春吉、渡辺通り)時代へと続くゲイタウンの興味深い物語が次々と飛び出してきました。



地方にも、ゲイカルチャーは息づいている。


考えてみれば、世界最大のゲイタウンと言われる新宿二丁目の考察やルポはいくつも出版されているのに、それ以外の地方都市のゲイバーの成り立ちなどの記録というものを見たことがありません。(もし既にあって私が知らないだけでしたら勉強不足お詫びします!)
まだ8番館があった2010年ごろ、
「博多の8番館はすごい、創業者のママが現役で50年近くお店を続けているのは全国でも8番館くらいじゃないか」
「もっと古いお店はあっても、そういうところはママが代替わりしてるから」
というような話を各所で聞いたことがあります。

そんなわけで8番館は、全国的にもリスペクトを持って見られていたような印象があります。
せっかくそんな歴史あるお店があった街ですから、8番館の歴史をなぞることで、ある程度博多のゲイタウン史のガイドラインが見えてくるのでは。
そして、微力ながら博多のゲイタウン史のようなものが残せるのでは、と思ったわけです。

移転先には8番館と並ぶ老舗もあった。
寄り添いあって、少しずつ発展した街。


実際取材を進める中で、いろんな方達から興味深いエピソードをたくさん聴くことができました。
今までは8番館とおかあさんにまつわるエピソードを中心に掲載してきて、脱線した話は割愛させていただいてたのですが、実は、直接8番館とつながってはいない話の中にも、楽しい、興味深い内容がたくさんあります。
また古い住宅地図を図書館で調べていて、気づく点も数多くありました。

例えば8番館が祇園町から住吉2丁目に移転したのは、2012年のおかあさんのインタビューとゼンリンの住宅地図から1986年であることがわかります。
インタビュー中に「そのとき住吉に福助っていう旅館(ハッテン場)ができていて、旅館のすぐそばならゲイの人も集まりやすいかなって」というおかあさんのお話があり、8番館が住吉に移転したことで住吉にゲイバーが移転したり、新規オープンしたりしたのかな?と想像していたのですが、1980年代初頭の住宅地図にはすでに「れぞん」(2005年頃閉店)が住吉4丁目に登場しています。

その並びに数年後に「くらけん」(現在も営業中)もオープンしています。住吉には8番館が移転する前からゲイバーはあったのです。
そして、このれぞんを知る方たちから話を聞くと、こちらのマスターはその後ゲイビーチとして知られるS海岸を開拓し周知していった方だったりと、福岡のゲイ文化に少なからず影響を及ぼしている方だそうです。

8番館が住吉に移転した翌年1987年の住宅地図。今多くのゲイバーが並ぶ横丁にれぞんとくらけんの名前が見えます。もしかしたら他のお店もゲイバーだった可能性もあり、ご存じの方はお知らせください。

そんなわけで、8番館やおかあさんにまつわるエピソードは引き続き募集していますが、こうした福岡のゲイタウンの古い話、いま語り継いでおかなければ忘れ去られるだろう話も、大募集いたします。

こちらまでよろしくお願いします。
ayakuro.okasan@gmail.com


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