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Chapter-4② キミちゃんインタビュー後編 「福岡に永く住むきっかけは、思えば8番館だった」

<キミちゃんインタビューの前編はコチラ


失恋の傷心で福岡移住。

アルバイトから店長へ。


―卒業後はすぐに福岡へ?

「一度は地元で、とあるルート営業の有限会社に就職したんですが、当時の彼氏との不安定な時期に、福岡のリンダさんから『福岡に、いい店舗物件が見つかったわよー』という悪魔のお誘いがあったんです。

元カレのいるこの街にいるのはつらいなぁ、と思っていたところだったので、その気持ちで地元に留まるよりもという思いで福岡に来ちゃいました。25歳になっていたかな。

1995年に、住吉でブロスというお店を始めました。その1年4ヶ月後くらいに、オーナーのリンダさんから『今のお店じゃ手狭になったでしょ。広いところに越さない?』と言われて、翌年の8月にFORWARDをオープン。

それからずっと、FORWARDをやっています。26年になりますね。


いま思えば、8番館のおかあさんが、ヒロシさんとリンダさんを結びつけたのかも知れない。8番館はとにかく人と人をつなぐ紹介バーだったから。

リンダさんがヒロシさんと揉めてたときに、おかあさんに相談していたのを聞いたことがあります。『なんとかなるわよー』ってあっけらかんと言われたそうです。

残念ながら、リンダさんは去年、74歳で亡くなりました。」

キミちゃん近影。18歳で初めて8番館デビューしたきみちゃんももう52歳になりました。


おかあさんのマジックハンド。

みんな真似するけど、真似できない。

―おかあさんとの思い出を聞かせてください。

「僕、若い頃は年上の方々に可愛がってもらいましたから、8番館でお客さんからビールを1ダースくらいおごってもらったことがあったんです。飲みすぎて、トイレでわーわー吐いて、おかあさんにはご迷惑をかけたなーと思っています。

おかあさんは、菩薩です。いつもニコーッとして、あの顔を見ると、いやなことがあってももういいやと思えます。本当に、誰からも好かれていましたね。

他店(ゲイバー)に行かないことで有名なおかあさんが、FORWARDに二度来てくれたことがありました。その一度目が、FORWARDオープンの日だったんです。うれしいじゃないですか。

昔の住吉は、ゲイバーがオープンする時、初日は無料サービスというのが暗黙の伝統だったんですよ。でも、僕はこれが気に入らなかった。

FORWARDの前にブロスをオープンした時には、慣習に倣って無料サービスをしたんですが、今後絶対来店されないであろう人が、他のお客に席を譲らずずーっとタダ酒飲みながら居座ったんですよ。しかも他のお客さんに不快な思いをさせたり嫌な事言ったりして。

その経験があったから、無料サービスは嫌だと思って、FORWARDオープンの時は、思いきって勝手にその慣習を破ったんです。


いいお客さんはタダじゃなくても来てくれるし、むしろタダにすると遠慮して来なかったりするでしょう? だから、良いお客さんに集まってもらうために、初日無料でなく、2500円飲み放題にした。

その日早い時間に、8番館のおかあさんが来てくれたんですね。すると、ひととき楽しくお話しをした後、おかあさんがその2500円を払わずに帰っちゃったんですよ。『送らなくていいわよー』なんて言いながら、スルーっと帰っちゃった。あれ~??って。

そこで僕はハッとして、これはおかあさんからの『昔ながらの習わしは、ちゃんと守らなきゃダメよ』という無言のメッセージと受け取ったんです。この街でゲイバーをするなら、初日は無料サービスにするものよって。

だからその日、僕はカッコつけました。みんなが帰り際に『2500円だよね?』と払おうとするのを『いいんです、今日はタダよ』と言って、誰からもお代を受け取らなかった。

8番館のおかあさんからのメッセージがあったからなんておくびにも出さず、僕自身が気前の良いフリをして、精一杯カッコつけたんですね。

で、それからずいぶん経った後のことです。8番館が閉店する直前に、8番館に飲みに行って、『僕、おかあさんに学んだことがあるんですよ』と、あの日の話をしたんですよ。そしたらあっさりと、『あら、わたし払わなかった? 言ってくれたら払ったのに』。

びっくりしました。『えっ、あれ、メッセージじゃなかったんですね!?』って(笑)

でもあの日は、2500円の設定にしたことで、失礼な客は来なかったし、ボトルキープも半額にしたんですが、かなりのお客さんがキープを入れてくれたんですよ。

だから結果的に、おかあさんのおかげで良いお客さんに恵まれて、良かったのかも。」


―今は初日無料の伝統もなくなったそうで、FORWARDが良い背中を見せてくれたおかげですね。

「だといいですね。
もう一つ、“おかあさんのマジックハンド”って話をしますね。おかあさんには独特の、魔法の仕草があるんです。こう、右手で大きく手招きする『ヤダー、奥さん!』みたいな仕草。それを無言でやるんですよ。

たとえば、あるお客さんが昼間、8番館のおかあさんに電話をかけて「今夜話があるから、聞いてね」って言って、営業中に相談を抱えて来たとしますよね。でもその時はお客さんがいっぱいで、すぐに話せないこともあるでしょう。

そういうときにおかあさんは、相手に目くばせしながら、このマジックハンドをやるんです。その手に「今はいっぱいだけどね、後でちゃーんとあなたの話を聞くわよ。だからちょっと待っててね」というメッセージを込めて。

それでお客はホッとするんです。この手から伝わるパワーとメッセージがすごいんですよ。


僕も、マジックハンドをしてもらったことがあります。8番館のラストの時に、おかあさんに『キミちゃんとこに、こういうお客さん来ない?』と訊かれたんですね。

『「どちらからですか?」って声かけても、曖昧に「ふん、あっち!」なんて言って、意味がわからない人。語りたくない気持ちはわかるけど、面倒くさそうに失礼な感じで言う人、いない?』。

『いっぱいいますよ! 僕はそういうとき「あっちですか、偶然ですねー! 僕はこっちの方からなんですよ」なんて言ってかわしてます。「あっちのほうは賑やかですかー? こっちは暗ーくてねー、嫌ですよー。だから中島みゆきばっかり聴いちゃうんです〜」なんて、適当にあしらってますよ!』

おかあさんも『あら勉強になるわね!』なんて笑ってくれたんですね。そしたらその矢先に、本当にそういう人が来たんですよ、僕の並びの席に!

おかあさんが優しく『どちらからですか?』って訊いたら『あっちから!』って、ぶっきらぼうに、感じ悪く言うのが聞こえました。

その瞬間ですよ! おかあさんが、僕の方を向いて、あのマジックハンドをしたんです。言葉には出さないけど、表情と身振りだけで『ほら来たわよ! 今まさにあなたと話してた、こういう人が!!』という、僕にしか分からないメッセージを込めて。これはすごく嬉しいでしょう。

梅子さんがいなくなった後も、8番館にはいろんなバイトくんが入りましたが、みんなこの「手」を真似するんですよ。自分なりのマジックハンドをやろうとする。ですけどやっぱり、みんなどこか違うんですよねぇ。

僕もたまーに使いますけどね、8番館のおかあさんのマジックハンド。でもこれがなかなか、自分のものにならない。
やっぱりあの菩薩のような顔でやられるから、良いんですよねぇ。」

キミちゃんがおかあさんのマジックハンドを再現してくれました(笑)

キミちゃんprofile:1969年長崎県生まれ。 1995年博多区住吉にバーBROS,をオープン、1996年にFORWARDをオープン。 1995年に創刊したゲイ雑誌『G-men』のグラビアに登場し人気を博し、「第二回ミスターG-menグランプリ」に選出される。その後ゲイナイト「男祭」を主催及び数々のイベントにも出演。現在はゲイバーFORWARDに加えてゲイマッサージ癒ら蔵も営む。

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