皆を撮影したら恐ろしいものが映り集団パニックを経験した話

あの時の事に至っては、「呪い」などというものではなく、誰にでも起こりうる事だと思う。

ある日、創作ダンスをする事となり、先生がダンスに自信のない者たちを集めて事前に特別練習をしてくれる事となった。

まずは楽しむことが重要であり、おのおの感じたままに好きなように動けと、先生はクラシック音楽を流し、それを録画した。
我々は曲に合わせ一斉に動き出したが、表情が硬かったのか先生は皆に笑うよう指示を出した。

曲を止め、録画を皆で確認する事となった。
再生ボタンを押すと、そこには無表情で揺れ動く不気味な集団が映し出された。
地獄のかまど付近で鰹節をばら撒いたらこのような動きを見せる事だろう。
テンポの緩やかな曲であったが故、我々の動きも妙に遅い事が見る者の不安を煽り、その不気味さに拍車をかけていた。
確実に渋谷のクラブなどには現れて欲しくはない集団である。
感想を求められたので上記の旨を伝えると、共に踊った仲間達は腹を抱え苦しみだした。

先生は声を震わせながらも、もっと何をイメージして動いたかなどないのかと訊いてきたので、音楽に身を任せて踊ったので特にコンセプトはないが、今見ると蜘蛛の糸に縋る地獄の罪人のようだと答えた。

先生は耐えていた。
何故、己の受け持つ生徒達は、音楽に身を任せると地獄で罰を受ける霊魂となってしまうのだろうか。
しかし、ここで耐えきれずに、映像を観ては腹を抱えて転げ回る生徒達の仲間入りをしてしまったら、一体誰が彼らをこの地獄から救えるというのだ。
ふと、誰かが画面を指をさした。
そこには、頭の良い橋本君がひっそりと画面の端で左右に揺れ動いている様が映っていた。
それは春風にそよぐ花のような動きであった。
地獄に咲いた一輪の花のようですね、と呟くと先生の顔はどんどん紅潮していった。
先生の優しさに限界が訪れようとしている。

すると、次の瞬間、画面の橋本君は手を合わせヒラヒラとそれを上空に羽ばたかせた。
これは……と、橋本君に問うと

「成虫になり羽ばたく蝶です」

と、真顔で答えた。
蜘蛛の糸が垂れる中、橋本君は蝶になった。
危険だと思ったが、蜘蛛の糸に絡まったのは橋本君ではなく先生であった。
真面目な橋本君から放たれた全てが、先生をシャバから地獄へ突き落としていったのだ。
なんと恐ろしい男であろうか。

先生が半泣きになりながらも、何とか持ち直すと、映像から先生の声が流れた。

「表情が固い、もっとにこやかに」

その瞬間、画面の中に不気味にニヤつく集団が現れた。
その様は高熱にうなされている時に見る悪夢に近い。
過去の己に業の深い発言により、先生は再び地獄を見た。

先生は謝りながら、膝から崩れ落ち、湧き上がる感情を爆発させた。
我々は既に転げ回っているが、何故か先生につられて謝り出す者も現れ、皆の情緒と震える腹筋は既に限界を迎えている。
まるで、何かに取り憑かれた集団のようであった。
もしこの場を僧侶が通ったら、気の毒な顔をし経を唱えられていたに違いない。  
有難う……と、言いながら天に登っていく我々の姿を想像し、私は非常に苦しい思いをした。

危機的状況であるが、先程のダンスと絵面的にはあまり変わらない様であった為、こちらを創作ダンスとして出しても違いは分からない事だろう。

皆、何となくダンスが好きになった。
しかし、いたずらに時間は過ぎ、ダンスの技術については何も得る事はなく、その日は恐怖映像だけを生み出し終わった。

今でも暇さえあればこっそりと踊っているが

「悪夢の具現化」
「退治されかけの生に縋る悪霊」
「酷い二日酔いの見る世界」

など、見てしまった者達から様々な感想を述べてられている。

しかし、どれもあの時の我々のダンスの迫力には敵わない事だろう。あの日の動画が人の目に触れぬ事を祈るばかりである。


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