地域のハロウィンイベントで危険な目にあった話

バイト先の当たりが強い女性とハロウィンの買い出しへ行く事となった。

道中床屋のオヤジがいつもの様に無心に店先の回転する看板を見つめているのを横目に、彼女は私との買い出しに溜息をついた。

店に着き、ピンクと白のとぐろを巻いたスティック状のマシュマロをカゴへ入れようとすると、彼女は必要ないと言い出した。
カラフルな物も欲しい職員や子供達の期待を背に説得に掛からねばならなくなった。

無地こそ至高という彼女に、色の大切さについてご理解頂こうと懸命に絞り出した言葉が
「床屋のオヤジがいつも見つめている看板が真っ白だったら何か心配になるでしょう?」
であった。
色味や模様があるからオヤジが無心に見つめていても意味が見出せ近隣に受け入れられているのであって、もし意味無く回転する白い看板をオヤジが疲れた表情で長時間見つめていたら話は別である。
皆オヤジの精神状態に心を砕く事だろう。

マシュマロの大袋を見せ
「このカラフルなマシュマロがあの看板のように回転している様を想像してください」
と、さらに追い討ちをかけた。
「無地より楽しげでしょう?」と言葉を続けるつもりであったが、大量のマシュマロが自立し、蠢く様を想像したら非常に不気味である事に気が付いてしまった。
その瞬間思ったことが生晒しとなり

「ねえ、不気味でしょう?」

と、唐突にマシュマロを裏切りアンチテーゼを説いてしまった。
私がマシュマロであったら、もう人間など信じられない。
今間違いなく不気味であるのは、「不気味でしょう」と言いながらも、そのマシュマロを執拗に進めている私である。
店員が奇声を発して顔を背けると同時に当たりが強い彼女も私から顔を背けた。
呼吸が苦しそうで心配であったが、その隙に私はマシュマロをカゴへ入れた。

会計中、蠢くマシュマロを買わされたのが余程嫌であったのか、私の歩く音に対して彼女から苦情がはいった。
前日の雨の影響により、歩く度にバスケ部が体育館で鳴らしているようなシューズが擦れる音を響かせていたのだ。
確かに買い物中にこのバスケ部音は五月蝿いかもしれないと思い、彼女に向き直り謝罪しようとしたところ突如靴底から
「ピギィイィィゥーー」
と、小型の悪魔でも握りつぶしたかのような音が鳴り響いてしまった。
謝罪する者から出ていい音ではない。
購入を歓迎されていないマシュマロ達の断末魔のようであった。

レジ打ちをしていた店員の手が止まった。
色んな意味で申し訳なく思い謝罪したが、当たりが強い彼女は財布を私に押し付けると、ブース外へ行き顔を覆って震え出した。
店員と二人きりになってしまった。
レジにコイツだけ置いていくなと思った事だろう。

申し訳なさを覚えて店員を見つめた。
店員は目を逸らしたまま会計を続け、何故か謝罪をしながら合計金額を苦しそうに読み上げていた。
接客業とは誠に大変であると思った。
おそらくこの瞬間において「直ちにハロウィンイベントなど終われ」と一番願っていたのはこの店員だろう。

帰りの電車は非常に気まずかった。
疲れ果てた彼女を不憫に思い、せめて気分転換になればと電車の電子広告に映し出されていたカピバラを指差し
「ほら、見てください。可愛いですよ」
と、彼女に教えた。
しかし、彼女が目を向けた瞬間広告は変わり、画面に良い笑顔のおっさんが映し出された。
不気味なマシュマロを強要し、注意をされれば断末魔を響かせ、挙句に見知らぬおっさんを可愛いから見ろと進めてくる人間と共に過ごす電車内は非常に居心地が悪かった事だろう。

【追記】

次の日、床屋のオヤジがいつも通り回転する看板を見つめていた。
なんとなく挨拶を交わし、私も共に眺めた。
児童館の真ん中に設置すれば恐らく子供達も同じようにこれを見つめる事だろう。
すると、出勤途中の当たりが強い彼女が我々の前に現れた。
彼女は、一心不乱に回転を見つめるオヤジと私を見て、声にならない声を出し早足に我々の元を通り過ぎていった。
その際、彼女が定期入れを落としたので、私は後を追ったが彼女は競歩を止める事はなかった。

出勤時間にはまだ時間があるというのに息を荒げ競歩で駆け込む彼女と、出勤日でもないのに満面の笑顔で同じように競歩で追う私を、先に出勤していた職員は見る羽目になった。
安全上、児童館の周りは走ってはいけないと子供達に言っている手前、我々は競歩で進むしかかなったのだ。そんな、真面目さが当たりの強い彼女の魅力の一つだと思う。

しかし、職員はツボにハマり酸素を吸えず命の危機を迎えていた。


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