夏休みに異物混入の被害にあった話

身を守る為に、確認を怠らずこの夏を過ごして頂きたい。

ある体験型講座に単身で参加した。
先生が来るまで教室は殆ど私語もなく静かであった。

突如「あっ」と声が聞こえ視線を向けると、真面目そうなおじさんが鼻血を流していた。
周りも心配そうに視線を送り、彼は注目の的となってしまった。
私も鼻血が出やすい体質なので分かるが、皆に見られるのはなかなかに恥ずかしい。
ティッシュが無かった為、私はハンカチを差し出した。

しかし、私の手に握られていた物はハンカチではなく、母のパンツであった。
母が私のハンカチ用の棚に異物混入したのだ。
こんな物を貰ってどうしろというのだ、この真面目そうなおじさんに鼻血から注目を逸らす為に頭に被れとでも言うのだろうか。

危うく鼻血滴るパンツ被りおじさんという、警官の視界の隅に入った瞬間に否応無しに包囲される存在が生まれるところであった。

私はこの期に及んで誤魔化そうと、ポケットから出した勢いそのままに自分の背後へ隠したが、その際に母のパンツは空気抵抗によりその全貌を露わにしながら舞うようにおじさんの前方を通過した。
無駄に悩ましい動きであった。

血を流すおじさんの目前で、母の綿100%のパンツをはためかすという正気の沙汰ではないパフォーマンスをお届けしてしまった。
ただ親切にしたかっただけであるのに、パンツも私も空回りしている。

教室は一部不適切な映像がお送りされてしまったが為に、気まずい雰囲気に包まれた。

居た堪れなくなり、ハンカチと間違えたが故に我が家のパンツがご迷惑をお掛けしたとお詫び申し上げた瞬間、おじさんは鼻血を噴射し、それを見た学生は持っていた菓子パンからチョコレートを搾り出し悲鳴を上げた。
悲劇の連鎖により、事態はより悪化の一途を辿った。

教室はおじさんの噴射により、残虐な現場と化した。
辺りは慌てふためき、学生は自身の菓子パンに不景気と逆行する量のチョコレートが入っていた事に狼狽えていた。
私は母のパンツの破壊力に恐怖すら覚えた。

そこへ先生が現れたが、先生は血だらけのおじさんと机、苦しむ参加者たちという悲痛な光景を目の当たりにした。
一通り無事を確認した後

「毒でも撒かれたのかと思った」

と先生は言葉を漏らした。
撒かれたのは毒ではなく母のパンツであるが私は口をつぐんだ。

数十分遅れで講座は始まった。
皆、心に私の母のパンツを抱きながら作業に励んだに違いない。

ポケットにいれた母のパンツは、私が動く度に徐々に地獄の底から這い上がるように再びその姿を現し始め、再度危機的状況に落ちいった。
まだ私達を苦しめようというのだろうか。
先の絞り出し菓子パンの学生が教えてくれたおかげで、ようやく母のパンツを鞄にしまい退治することが出来た。

しかし、その後コンビニで財布を取り出そうとした際に、再び母のパンツは脚光を浴びる事となった。
またか……と、こちらはニ度目なので慣れたものであったが、母のパンツと初対面の店員からすれば衝撃を受けたことだろう。
冷静に鞄に放り込んだが、妙に始末に慣れている様が逆に不気味だったかもしれない。

母のパンツに翻弄された一日であった。
書き綴りながら思ったが、なんと恐ろしい日であろうか。
パンツの持ち主の母からしても恐ろしい日であったに違いない。

半ばトラウマと化した私は、ハンカチの代わりにタオルを使用する事となった。
父がふんどしでも巻き始めぬ限りは、このような悲劇が再び起こる事はないだろう。
どうか今一度ハンカチのご確認を願いたい。

家に帰り、母に事の顛末を話すと
「げっ」
と、言っていた。
こちらのセリフである。

丁度隙間があったからそこにパンツを差し込んでしまったと母は語る。
隙あらば己のパンツを差し込むという習性も理解し難いが、そんな事よりも恥ずかしかった旨を伝えると、母は途中で帰ればよかったではないかと宣った。

もしそのまま帰れば、わざわざ参加費を払ってまで母のパンツを振り回す為だけに現れた頭のおかしい人物となってしまう。
しかも、鼻血のおっさんは置き去りである。

ちなみに、その後母のパンツはその勢力を拡大し、父の肌着入れにも出没した。
今も母のパンツはその縄張りを拡大している。


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