終電で怖い目にあった話

大会後に酒を飲み、気が付けば終電だった。
車内は雑誌や袋が落ち、乗客は新聞を読むメガネのサラリーマンと私しかいなかった。

寝てしまう事を懸念して、座らずドアに寄りかかっていた為、開くドアに気が付かずバランスを崩してしまった。

ホームでヤンチャそうな二人組が電車に乗り込もうと両端に並んでいる所へ、テレビから凄まじい勢いで発射された貞子の如く真ん中に登場してしまった。
この場に除霊師がいたら生きているかの確認を怠り反射的に殴られていた事だろう。

咄嗟に踏ん張り転倒は回避したが、ライブ会場で煙が勢いよく放出されると共にステージに飛び出し着地を決めるロックシンガーのようなポージングとなった。
そのうえ踏ん張った事で何故か喉から鼻にかけダメージを負い、およそ人から出たとは思えぬ音が発せられた。

非常に表現する事は難しいが、敢えて文字で起こすのならば「おんぶぐぶ」である。
前奏の「おん」は喉から、後奏の「ぶぐぶ」は鼻奥から奏でられた。
北斗の拳の断末魔ですらこれに比べたら美しく感じる事だろう。

乗らずに停止している二人に申し訳なさを感じ、冷静を装いつつ声を掛けたが

「散らかってますがどうぞ」

などと住処の主のような発言をしてしまった。
おそらくこれが終電でなければこの二人は次の電車に乗っていた事だろう。
私ならば時速70kmで走行し各駅で律儀に停まる貞子の井戸などには入りたくない。
向かいの席で新聞を読んでいたサラリーマンが、先程より高い位置に新聞を構え、顔を隠し肩を揺らしているのが伺えた。

貞子砲が再び発射されぬよう、私は開くと表示が出る度に反対のドアへ移動した。
しかし、よく考えれば電車が停車する度にゆらゆらと移動する様はさぞかし不気味であった事だろう。
サラリーマンも二人組も、自分の座席側に来る度に(うわ……またこっち来た……)と、精神が乱されたに違いない。

そんな中、途中でヤンチャな二人組が私を見て声を漏らした。
鼻血が出たのだ。
おそらく先ほどの「おんぶぐぶ」のダメージのせいだろう。
拭くものを探したが空のティッシュの袋しかなかった。
何となく心細くなり二人組の方に視線を向けたが、彼らも先程のおんぶぐぶ程ではないが、謎の音を発し顔を背けた。

サラリーマンの方へ振り向くと新聞の横からそっと覗いていた彼の目と私の目が合わさった。
瞬間、サラリーマンの新聞は車内に音を響かせながら破れた。

目が合うと、ある者は苦しみだし、またある者は力が暴走する……

特殊能力に唐突に目覚めた主人公の戸惑いと孤独を味わってしまった。
何故こんな事になってしまったのだろうか。

鼻血の放出ピークは過ぎていたが、憐れに思ったのか例のヤンチャな片割れがティッシュを差し出してくれた。

見た目だけで怖そうな人だと思った事を彼に謝罪したい。
なんなら現時点では別の意味で怖そうな人は自分である事も併せて謝罪したい。

人里に迷い込み、初めて人間の優しさに触れた力なき妖怪の様に

「有難う御座います、本当に有難う…」

とお礼を言い、私は鼻にティッシュを詰めた。
ヤンチャそうな二人は何か言いたそうな顔をしていた。
サラリーマンは、もはやうずくまる様に下を向き咳き込んでいた為、顔を確認出来なかった。

駅に着き、血を流そうとトイレへ向かうと、鼻血が出ている鼻の穴ではなく、無事な方の鼻の穴にティッシュを詰めていたことに気がついた。

有難うと言いながら無事な鼻にティッシュを詰め込む様を正面で見させられたあの二人はどんな気持ちだったのだろうか。
私は深く考える事をやめた……。


「電車に乗る時はドアに寄りかかってはいけないよ」
幼き日に母が私に言い聞かせていた言葉を思い出す。
ドアに寄りかかれば自分の身に危険が及ぶ事は勿論のこと、周りをステータス異常にする特殊能力に目覚めるかもしれない。

電車で新聞を見る度に私は戒められる気持ちである。

そして、バイト先の子供達が新聞紙を破る度に、あのサラリーマンの事が思い出されてならない。

【追記】

Twitterでは前半を編集する前の状態で載せてしまったので、こちらでは直したバージョンを載せました。少し読みやすくなればいいなと思います。

本当は削るの箇所もあったのですが、もう出ちゃったのでそこは削らずにお届けしております。笑

編集前も頑張って読んでくれた方々有難う御座います!!




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