なりすましの電話によって思いもよらぬ被害を受けた話

実家に電話が掛かかってきて母が応対した。
私の旦那が電車で女性を触り示談金などを払わなければならなくなり、これからの子供に掛かる費用の事もあるので、取り急ぎいくらか貸して欲しいとの内容だった。

「私一人の収入じゃどうにも出来ない…」
と、電話口の私は声を震わせた。
母は「やーこ大丈夫?」と心配した。
そんな母の横で、私はシャツを顔まで被ったカオナシのような姿で神妙にその会話を聞いていた。

私が居る時に私を装ったオレオレ詐欺の電話が掛かってきたのだった。
電話口の私は、会社に勤め家庭も築いているというのに、現実の私は先程までカオナシと化して庭に入ってきた近所の子供を威嚇していた。
きこりが斧ではなく私を女神の泉に突き落とせば、綺麗な方の私としてこの電話口の私が出てくるであろう。

しかし、女神の泉から出れなかった為か詐欺を働いているようであった。
田舎でよく言う就職するかヤンキーになるかの様な二択が泉の中で繰り広げられている。
私が泉に落ちなかった為に、もう一人の私がえらい事になってしまった。

電話口の私は
「私、仕事で昇進するところだったけど…もう色々ダメかもしれない…」
と、何やら無職には縁のない事を語り始めた。
母が木こりならば満面の笑みで電話口の私を獲得し私は泉に沈む事だろう。

全てにおいて一般的に条件の良い電話口の私の言葉の刃が、先程からこちらに重傷を負わせようとしている。
二次創作がオリジナルを超えるのはやめて頂きたい。

電話口の私は
「これから車で旦那のところに向かうから、暫く私は対応できないけど、代わりに弁護士が行くから」
と宣った。
しかし、私は免許を取得していない。
とんでもないスリルドライブが始まろうとしている。

このままでは家庭の修羅場から罪のない市民をも巻き込む大惨事へと発展する事だろう。
私は電話を代わり、運転などしたら
「皆、息絶える」
と、注意を促した。
「え……?」
と、電話口の私が言葉を漏らした。
言葉が足りなかったと思い付け足そうとしたが、先ほどの子供が変顔をして再び庭に侵入しているのを目撃し、私の笑いのツボが大打撃を受け奇声を発してしまった。
不吉な事を言って突如錯乱する村の予言ババアのようになってしまった。

突如激しく笑い出した私の声と
「は は は は は は は は !」
という妙に猛々しい母の笑い声が暫く響き渡った。
母の笑い声は、千と千尋の神隠しの名のある川の神が帰る際の笑い声を想像して頂ければ良いだろう。

不気味だったのか、私が正気を取り戻した頃には通話は切れていた。

電話口の私はどうなったのだろう。

【追記】
この子供の祖母と父が道で会話をしており、子供は暇すぎて父の許可を得て庭に入っただけであった。
どうか怒らないでやってほしい。

因みにこの事件の前に私は就職活動をし、面接を受けていた。
名前を呼ばれたがドアが開かず焦っていた所を見かねた面接官が内側から開けてくれた。
しかし、突如開いたドアにバランスを崩し、私はハリウッド映画のように転がりながら入室をした。
だが、今も強く生きている。

(2回ほど面接室のドアでしくじっているので、出来れば建て付けの良い部屋で面接をお願いしたい)


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