逃げ場のない電車内で追いかけ回される形となった話

私が電車に乗った瞬間、乗客達が騒ついたのを感じた。

何事かと思っていると、紫の縞模様をぴたりと全身に纏うチシャ猫の様なオヤジがポップに私の視界を横切っていった。
私は瞬時にこの雰囲気の原因を察知した。
奇しくもその日私が着ていた服は濃い紫の縞模様であり、一方オヤジはピンクがかった紫の縞模様であった。
図らずしてお揃いのようになってしまった。
乗客達が意識的にオヤジに注意を払っていたところ、電車のドアが開いた瞬間に更なる同系色の縞模様が現れ「増えるのかよ」と思った事だろう。

車両に奇抜な色の縞模様が二人になってしまった。
オヤジが無駄に車両の端から端へ彷徨い歩く為、乗客達は車両を変えづらい様子であった。
せめて私は大人しいタイプの縞模様でいようと心に決めドア付近に静かに佇んだ。

しかし、オヤジはこちらの存在を認識し、私の前で歩みを止め一心に見つめてきた。
私は野生動物を撮影する際に動物や草木に擬態するカメラマンの緊張感をその時理解した

オヤジはこちらを観察した後
「同じ模様……」
と呟いた。私はコミュニケーションにより状況が好転するかもしれぬと思い返事をしたが
「オナジ……モヨウ……」
と、人の言語を練習中の猿人のような返事しかできず僅か1ターンで会話は終了した。
己の社交性の欠如が浮き彫りとなり地味にダメージを受けた。

真顔で見つめ合う奇抜な縞模様のチシャ猫と猿人という、海外の不気味な絵本のページにありそうな光景になってしまった。
一番近くに座る善良なオヤジが肩を振るわせ始めている。
ふと隣の車両の座席が空いたのが見えたので「では」と一声かけて車両を移る事にした。しかし、ここで誤算が生じた。

縞模様のオヤジも空席が見えたのか私の後をついてくる形となった。
街中でよく見かける、鳩が鳩を競歩で追い回す光景が、今このオヤジにより再現されている。
しかし、先程からオヤジが往復しつつも車両を変えなかった事からただ再び闊歩し始めただけであり隣の車両にいかぬと予測し、私は連絡通路の扉を開くと同時にオヤジに心の中で別れを告げた
しかし、その時オヤジの歴史は動いた。
オヤジはここにきて始めて車両を超えた。
オヤジが己の殻を打ち破った瞬間であった。

しかも、ドアを開けると両脇の席を迫力溢れる輩が陣取り音楽を流していた。
オヤジもこれには怯むであろうと鷹を括り、迫力溢れる輩の中央を足速に通過したが、オヤジも堂々と私の後に続いた。
一体何がこのオヤジを突き動かすのだろうか。輩は先程まで何かを喋っていたが、突如競歩のボーダーブラザーズが出現した事により「え?」という声を最後に沈黙した。

しかし、少しの所で目当ての席に人が座ってしまった。何となく気恥ずかしくなり元来た道を戻る羽目となった。その際 私とオヤジはランウェイのようにすれ違った。
互いに表情が無である為、デザイナーが酒を飲み過ぎた日に夢で見そうな不気味なパリコレと化した。

優しき人は追われている形に「何故誰も助けないのか」と思うかもしれぬがどうか怒らないでやって欲しい。模様が同じであり共に行動しているが故に私とオヤジが仲間である線を捨てきれなかったのだろう。
再び扉を開き最初の車両へ戻ると、先ほどの震えていた善良なオヤジと目が合った。
善良なオヤジに再び悪夢が訪れた。
隣の車輌にボーダーブラザーズが移動した事で、もう出会う事はないと油断していたのだろう。その反動が大きかったのか、善良なオヤジは「ドゥッッ!」と奇妙な声を発し下を向いた。
その後、その善良なオヤジの顔が上がることはなかった。

【追記】
縞模様のオヤジはしばらくすると私に興味を失い再び闊歩し始めた。
何故か何となく見捨てられた気持ちになった。
そして、無駄にオヤジがポップであった為、我々はオヤジの存在が気になって仕方がなかった。
因みに、迫力溢れる輩がかけていた音楽は「新宝島」であった。
おかげで我々の競歩に無駄に臨場感が出てしまった。


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