ぶつかりおじさんが現れぶつからないように距離を取ったら怖い目にあった話


子供達の通学の見守りの為、複数人が道に配置される事になった。声掛けなどを心掛けるようにとの事であった。

終わりの頃、前方から女性に擦るようにぶつかっているオヤジが人混みから流れてきた。もしぶつかりおじさんならば甘んじて受け入れよう、そう思い待っていたところ、オヤジは私を避けた。

なぜ私だけ避けたのだろうか。どうしても腑に落ちなかった。
そのままオヤジの背後にぴたりと付き添い、観察していると、オヤジはその通路を何度も往復しているようであった。
オヤジは再び女性に近づいていった。
故意にぶつかろうとしているのだろうか。
私はオヤジを刺激しないよう背後から
「危ないですよ…」
と、耳元に囁きかけた。
オヤジは驚きこちらを振り向いた。
そして、別方向から来たおばちゃんにオヤジは轢かれた。

オヤジはすぐさま私に背を向け足を早めた。
すると、再びぶつかりそうになったので
「ぶつかりますよ…」
と、続けて声をかけた。
オヤジは再び硬直し、こちらへ振り返った。

「なんなんですか、あんた…」
と、小さく声を漏らした。
その声があまりにも弱々しいので、翌日に台風を控える綿毛になったばかりのたんぽぽ畑を目にした時くらい心配になった。
もしかしたらこのオヤジは寂しさからこの様な奇行に走っているのだろうか。私はオヤジの心に寄り添った発言を心がけ口を開いた。
「人肌恋しくて」
気味の悪い感じになってしまった。
言葉尻に「?」が無いだけで大惨事である。
オヤジの心に寄り添い過ぎた結果、私が人肌を求めているようになり、隣のティッシュ配りが「えっ」という顔をしていた。
子供達の通学を守る為に配置されたはずであったのに、人肌恋しさからオヤジをつけ回す変質者へと成り下がってしまった。
オヤジは再び早足で歩みを進めた。
私は今の発言についての誤解を解こうと「違うんですよ」と言いながらオヤジを追った。

「ぶつかりおじさん」と、それに続く「後をついてくるタイプの変質者」という、迷惑に迷惑を重ねたよくわからぬ光景となった。
オヤジはもう人にぶつかるというかつての信念を忘れ、前からくる人々を避けながら歩みを進めている。時折こちらへ振り返ると絶望した表情を覗かせた。
異様な光景だったのだろうか、今度はキャッチの男性が自分の職を放棄し、こちらを見つめていた。

オヤジは交番の前を若干遠巻きに通った。
通過する際交番の方に顔を向けていたので、もしかしたら警官に目で助けを訴えていたのかもしれない。
私もオヤジの視線を追い交番の方に顔を向けた為、中の警官の目にはこちら側に顔だけを向け競歩で通り過ぎていく怪しい二人組が写った。
何か不気味なものが二体通りすぎてゆくと思った事だろう。
あともう二往復程していたら流石に呼び止められていたに違いない。

オヤジはそのまま歩みを進め、エレベーターに乗り込んだ。
ゾンビに追いつかれる前に早く扉を閉めようと懸命にボタンを連打するシーンのようになっていた。私は人生で初めてゾンビ側の視点を体感した。
無事扉は閉まった。肩で息をし恐ろしいものでも見たかのような顔をしているオヤジがスーッと上へ上がって行った。

あれ以来あのオヤジの姿は見ていない。
そして、私はゾンビ映画を見る際、若干見方の視点が変わった。

念の為書いておくがこちらの人権的にも安全面にも百害あって一利もないので、似たような事があっても深追いをしないよう気をつけて頂きたい。


【追記】
その後、来た道を戻る際にふと交番を確認すると中にいたのは警官ではなく近くのビルの警備員だった。
何か理由があってその場にいたのだろうが、万が一にオヤジが駆け込んでも国家権力の力は得られなかった事だろう。

因みに「こうやって話しかけた」と母に再現したところ
「近い怖い、嫌な位置にいる」
と、大変顰蹙をかった。

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