危険を感じ防犯ブザーの紐を引いたら事態が悪化してしまった話

放課後、合唱の練習の参加に遅れたため、私はリーダーに皆の前で激しく怒鳴られた。

教師による足止めというやむを得えぬ事情であったが聞く耳を持たず殴られても嫌な為、私は防犯ブザーを出し、聞かぬなら鳴らし大事にすると捨て身の反撃に出た。
室内では鼓膜への攻撃性も高く、音を聞きつけた教師も来る事が予想され皆は身構えた。
リーダーはあろう事かそれを奪おうと私に手を伸ばしてきたので、私は紐を引いた。

しかし、音は鳴らなかった。
代わりに手の中でブザーは振動していた。
私が防犯ブザーだと信じてやまなかった物は尻尾の紐を引くと振動するハムスターのキーホルダーであった。
どうりで可愛いデザインだと思った。
一触即発の場で震えるハムスターを公衆の面前に晒してしまった。
とっとこハム太郎が世紀末の世界観であったら、第一話で起こりそうな展開になってしまった。
ハムスターも震えているが、私も居た堪れなさに震えている。
私はこれが防犯ブザーではないという事実が受け入れられず、もう一回やってみてもいいだろうかと謎にリーダーに声を掛けた後、再び紐を引いた。
しかし、やはり音は鳴らず、振動するだけであった。
これがハムスターの威嚇の限界である。
ポケモンで騙されてコイキングを買い、初めてバトルに出した時の絶望を再び味わった。

とりあえず真顔で誤魔化し、無かったことにしてもらおうと
「争い事は何も生まない」
などと立派な事を言いながら、さりげなくハムスターを近くの机に置いた。
しかし、振動が止む前に置いたため、ハムは机の上を徘徊し、皆はそんなハムを目で追っていた。
何も生まぬとされている争いから、小刻みに振動しながら徘徊するハムスターが生まれた類稀なる例であった。

誤魔化そうにも証拠が目の前を徘徊している為、皆の記憶からハムを消し去る事はできなかった。
ハムの振動は止まったが、皆の振動は続いている。

皆は耐えていた。
喧嘩の最中である為、吹き出す事を避けようとしているのだろう。
もはや二人の争いは全体を巻き込み、新たな戦いへと変貌していた。
怒り狂っていたリーダーは今やハムよりも誰よりも震えている。意外にもハムの威嚇が効いているようであった。
私の中でコイキングが成仏していくのを感じた。

冤罪で怒鳴られたあげく、防犯ブザーだと思ったものはハムスターであった。
少なからず私にもダメージは入っていた。
「もう私とハムの事は忘れて欲しい」
ぽつりと私の言葉が教室内に響いた。
リーダーは奇妙な声を漏らしながらその場にしゃがみ込んだ。
 
すると、先生が教室へ駆けつけた。
誰かが呼んだのだろう。
しかし、喧嘩をしていると報告を受け急いで駆けつけた先生の目に映ったものは、振動する生徒たちと、うずくまるリーダーの姿であった。

先生が状況の説明を求めたので、真面目な生徒が説明しようとしたが言葉が途切れ途切れになり
「やーこさんの、せいで……」
というところだけが拾われた。
私は先生に廊下に連れ出され説明を求められる結果となった。

私のあだ名はハムバイブとなった。


【追記】
その後、リーダーに改めて遅れた理由を話したが、理由は分かったが次回から連絡しろと無理な事を言われた。
教師に捕まっているのだから連絡もクソもなく、スマホなど持っていないうえ、持っていたとしても校内では使用禁止である。
そうなると伝書鳩でも飛ばすしか方法がないが、そういう自分は伝書鳩をお持ちか?と問うと、再び震え始めた。

彼女と私は仲は決して良く無いが、悪くも無い。
だが、それもまた何か心地よい距離感であった。

因みに、防犯ブザーは鳴らした音に驚き、子供自体も止まってしまう事もあるので、親御さん監督の元、防犯ブザーの素振りはしておく事をおすすめしたい。


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