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裸の王様になってないか?

「自分らしく、本音で生きたい」

そういうはやり歌があることは、私も知ってます。

そういうことを言える人は、普段から押しが強くて、人を圧迫してませんか?

自分自身が自由に生きるのは、良いことだと私も思います。

自由に生きるなら、その結果も引き受けるのが、自由の本質です。

まったく悪いことじゃない。

でも、自分の自由のために、他人を圧迫してませんか?

あなたが自由であるように、他の人も自由です。


去好去悪、群臣見素

好みを去り、悪みを去れば、群臣は素をあらわす。

君主が、好き嫌いを表に出さずにいると、部下は自分の素地を出すようになる、という意味です。


君主(上司)が、好き嫌いを露骨に出すような上司だったら、部下はどうふるまうでしょうか?

「A案はダメだよ。あの上司の好みじゃないからね」
「えー、絶対Aなのに。でも採用されなかったら意味ないか」

こうなるわけです。


まさに、忖度。

ライバル会社がいないなら、忖度してりゃーいんです。

でも、上司のお気に召しても、コンペは通らない。競争相手から、ジリジリやられる。

イエスマンに囲まれて、王様はゴキゲン。

会社は泥船。


治療もねー、別にいいんですよ。

患者の言いなりになったって。

「スポンサー様の言う通り」しときゃー、波風もたたないってもんです。

どうせ、最後は患者本人が、命で代償を払うことになるんで。

墓穴の中から声が聞こえたりはしませんし。


「痛いの、イヤや~~!」

という駄々っ子の相手が得意な、

五十五歳児とか、七十五歳児の駄々っ子相手でも、優しくしてあげられる先生はいくらでもいます。

駄々に正当っぽい言い訳をつけてくれる、サービスまでしてくれます。


しかし、それで本当にいいんですかね?

治すことが目的じゃないんですかね?

「何のため」の治療なのか。「誰のため」の治療なのか。


勉強したくないから、勉強させません~
痛いの嫌がるので、痛い治療しません~

嫌なことはせずに済むかもしれませんが、その結果は間違いなく「困る」ものです。


忖度されたくなかったら、

人の本音が知りたかったら、

ちゃんと真実を見たいなら、

自分の好悪は出さない方がいい。



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