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1人の女の子を考える~市川雛菜③

「パッパッドゥワッパ」

『あおぞらサイダー』という初夏の陽気を漂わせる爽やかな空気の中に、ひらがな表記のせいかキュートな味わいがあるタイトル。そんな「サイダー」のプルタブを引っ張って口をつけてみたら甘いこと甘いこと。

「ねぇ 話聞いてる? よそ見なんてしないで(ダメだよ?)」

僕は、今でも外耳道を通って、脳みそが溶けそうになった感覚を覚えている。みんな買ってくれよな!個人的には冬優子の『SOS』も大好きだ。

そんな風に、僕はシャニマスに対して私なりに真摯に向き合ってきたわけだが、前回雛菜のnoteを書いたのは一年以上前のこと。WING編について執筆した後、1年も経てば新カードもだいぶ増え、ノクチルイベントも2つ開催され、そしてGRAD編がついに実装され、次は新シナリオ『Landing Point』編の順番待ちとなった。

僕はこの1年間、雛菜の担当を名乗り、たくさん雛菜について考えてきた。そして、GRAD編をプレイして雛菜が一つの答えを導き出したのを知り、僕もPとして一つの答えのようなものを提示したいと思ったのだ。

今回、扱うコミュの範囲は膨大だ。2021年5月9日時点で実装されたカードのコミュと通常イベントコミュをベースに執筆する。雛菜の発言について言及する際は、出典元を明らかにするので、参考にしてほしい。

さあ、雛菜について考えよう!

『価値観の対立』が雛菜とPの基本軸

市川雛菜は、どこまでも自らの「しあわせ~」を追求する女の子。WING編でもそうした彼女のパーソナルな部分が描かれました。苦いコーヒーのメタファーを通して、他者理解への諦めや、「楽をして」きたというPの指摘をつぶさに描いた一連のコミュは、傑作です。彼女の一見ほわほわした姿からは想像ができないほどの一貫性や哲学の存在に私は心を射抜かれたのです。

一方で、WING編で雛菜のパーソナルに加えて重要なポイントだったのが、雛菜の哲学がPのアイドルに対する自己犠牲的な思いと正反対に位置することから生じる、価値観の対立でした。

Pは、アイドルをプロデュースしているとき、何を考えているかいえば、開口一番「アイドル」と答えるでしょう。それは作中(コミュ中)のPもそうであるし、私たちもそうだと思います。

雛菜は雛菜がしあわせ~って思えることだけでいい
VS
Pはアイドルがトップアイドルになるために何でもしてあげたい

⇧⇧⇧この図式は、雛菜をプロデュースしていく上で、非常に大切な概念です。結局、WING編では、僕はPの価値観が雛菜に少し侵食した(【bitter×coffee】【(unknown)分からない】参照)と考え、そうした記述を前回の「市川雛菜を考える」で記述しました。

⇩⇩⇩ぜひ、ご一読ください!

これを書き終えた後、

ここからはきっとPの価値観が徐々に侵食して、「ファンのために」的な他人主義的な側面が雛菜にもできてくるのだろうな

なんて妄想していましたが、雛菜はそんな弱い人ではなかったし、Pも価値観を押し付けなかったし、そしてシャニマス運営陣は簡単に雛菜を描かなかった。

価値観の対立を超えた2人はそれぞれどこに向かうのか?その答えは、GRAD編が糸口になり、あらゆるところに2人のこれからの道しるべが描かれていたことに気づくのです。

雛菜はアイドルである必要があるのか?

「楽しくて、しあわせ~」なことを追求する雛菜にとって、学校というシステムは相容れない存在です。それは雛菜コミュの随所から分かります。

例えば、堂々と2限から登校したり【fast:hour】

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違う学年の体育教諭に目をつけられていたり【Run 4 it】

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そして、最たるものが雛菜が学校で書いてこいと言われた「進路調査票」。「今」、楽しくてしあわせ~を追求する雛菜からすれば、自分が将来どうなっているのかを考えること、または「未来」そのものを考えることは馬鹿げているように思えるのかもしれません【END!NG】

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⇧一連のやり取りからも、雛菜が真剣に取り組む気がないことは明らかです。そして、同時に雛菜が「アイドル」として危うい存在であることに私たちは気づきます⇩。

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それは、雛菜が「楽しくしあわせ」を追求する限りにおいて、雛菜は必ずしもアイドルである必要はないという「危うさ」です。進路調査票を通じて雛菜がこの事実に改めて気づき、歪んではいるものの雛菜は自分のことを考えるようになります。そして、私たちPは、漠然とした不安に襲われます。

ファーストアンサーともやもや感

そんなPの不安をよそに、アイドル活動の中で雛菜は自ら答えを探します(「探す」と言えるほど、自発的ではないかもしれない)。そして、雑誌記事のインタビューで「この先の展望は?」と尋ねられ、雛菜は以下のように答えます【Inter♡iew】

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「ああ、よかった…」

雛菜にとって、アイドルが大事なものになりつつある。そんなことを一連のセリフから読み取れ、私は安堵しました。インタビューを終えてPとの会話の中でも、雛菜の「楽しくてしあわせ~」が「アイドル」になりつつあることを予感させます。というのも、雛菜がアイドルをしていて「楽しくてしあわせ~」であり、それはファンのためになると気づいたから。
まさに…

市川雛菜=アイドル

が雛菜の中で作られ始めているんじゃないかなと思い、Pとしてその成長を嬉しく思ったものです。

しかし、コミュを読み返すと、こうした答えに雛菜自身、ズレを感じているように見えました

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「…………」の間に、雛菜は何を思ったのでしょうか。このコミュでは一見すると、雛菜にとって「楽しくてしあわせ~」の答えが出たような印象を持つかと思いますが、ここでのやり取りから、決してそうではないんじゃないかと疑いたくなる間の開け方でした。

ここで注目したいのは、雛菜は最後に「またこの雑誌に出たい」と言います。しかも、絶対を2回重ねひどく強調するように。

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雛菜は「楽しくてしあわせ~」なことしかやりません。ということは、先のズレを感じさせたやり取りをした後でも、雑誌とこのインタビューは雛菜にとって「楽しくてしあわせ~」なことだったと読むことができます。

読み直した当初は、

「雛菜はインタビュアーのズレを感じていた」

と思っていたのですが、読み込めば読み込むほど、

「雛菜」からズレていたのは雛菜だったのではないか

と考えるようになりました。

もやもや感の正体は、雛菜のほんの僅かな揺らぎ

雛菜は進路調査票を前に、「現実」によってズレさせられていたのではないでしょうか。振り返れば冒頭でも指摘したこのやり取り⇩【END!NG】

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冒頭では、「アイドル」が終わると捉えましたが、きっと雛菜にとってそれだけに限定されないものだったのではないでしょうか。漠然とした「終わる」ということ。それは高校生になり雛菜が初めて目にした「現実」なのかもしれません。

雛菜はある種の現実を前に、何をしたら良いのか分からない。

今までの自分でいいのだろうか

そんな感覚に陥り、進路調査票で紙飛行機を作ったりする姿は、ある種の現実逃避のように見えました。

そんな雛菜の前に現れた2人が、Pとインタビュアーだったのです。

Pは、雛菜に「自分が思う通りに書いてもいい」と言い⇩【×○×○】、

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インタビュアーは、雛菜が「楽しくてしあわせ~」にしていることがファンのためにもなると、認めてくれた

特に、ここではインタビュアーが重要です。インタビュアーは世間的な存在、まさに「現実」のメタファーのような存在であり、そんな人から認めてもらうというのは非常に大きかったのです。

こうして、雛菜は自らのわずかな揺らぎから生じたズレを認識し、そして自らの「楽しくてしあわせ~」を信じ切ろうと自らの価値観をアップデートさせました。こうして読むと、以下の最後のPとのやり取りは中々エモいものですな。

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「雛菜は最強アイドル」みたいなコピーをネットで目にしましたが、決してそうではなく、僅かながら彼女の中で「雛菜哲学」なるものにも揺らぎはあった。

もちろん個人的な行きすぎな解釈ですけどね…

ちなみに、タイトルについて。【HAPPY-!NG】一連のコミュは、雛菜が「しあわせ~(HAPPY)」そのものに現在進行形である、そんな意味が込められているような気がしました。

次回は、価値観のアップデートに成功した雛菜がGRAD編で提起した「答え」について考察し、そして、雛菜のプロデュースを通じて成長していくPについても言及したいと思います。

ではでは、この辺で…


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2021年8/9の日記に代えて

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