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「時」の概念がない喫茶店⑥(1148文字)

「私にとって、あなたは特別な人だったような気がする」

モカは話をそう切り出した。それはこれから何か壮大な物語の最初の一行目のように感じられた。

「私は、小学六年生。あなたとはクラスメイトではなかった。ただ、あなたとはおそらく学校内の付き合いではなかった。そこまでは思い出せるの」

僕は息をのんで話の続きを待った。

「一人ぼっちの私は、休み時間も、登下校の時も、体育の授業でペアを組まされた時も、周りに人がいなかった。それはいじめられていたのではなくて、ただ、私には人を寄せ付けない何かがあるんだと思う。それには、何となく気づいていた」
「ここではそんな感じは全くしないね」
モカはにやりと笑って言った。
「確かに、そうかもね。もしかしたら、君も同じものを持っているのかもしれない。類は友を呼ぶ。だって、私の知っている君も、自然と近づいてきたのだから。私に近づいてきたあなたは、少なくとも一人ぼっちの私にとって特別に違いなかった」
モカはまるで記憶の流れをせき止めていたものが決壊したかのように、僕について知っていることを述べた。
「一人ぼっちだった私は、学校の帰り道、決まっていく場所があったの。それは、通学路から少し外れた林の奥。そこは私にとっての秘密基地だった。夏は木々の間から差し込む日差しがきれいで、冬は地面に広がった落ち葉が柔らかな、私のお気に入りの場所。そこに、君は突然現れたの」

無論、僕はここまでの話において1つとしてピンと来たところはなかった。

「君は無口だった。こうして話しているから、最初は別人だと思ったの。あくまで私の知っている君は、無口で何かを探しているようだった。目は虚ろで、話しかけても何も答えない。ただ、私は直感的に君が何かを探しているように見えたの。だから、私はその日、一緒に探し物をすることにしたの。とは言っても、君の後ろをついて歩いただけだけどね」
「それで、僕は何を探していたのだろう」
モカは軽くうなり声をあげて、言った。
「それが分からなかった。私は日が暮れるまで君の後ろをついて歩いた。たくさん歩いた。でも、君は何かを見つけた様子は見せなかった。そして、日が暮れて少したって、君は音沙汰もなくいなくなった。『消えた』と言った方が正しいかな」

モカは目線をこちらに向けて、僕の様子をうかがった。
「何か、覚えていることある?」
「正直、何も覚えていない。ただ、そのモカの言う『僕』が、僕にとって、僕の存在にとって何か重要なものを示している気がする」

モカはホッとした表情を浮かべた。その表情はいかにも年相応な感じがした。
「でも、君の存在はその時で終わらなかったの。一週間後、また同じ場所、そして同じ時刻に君は現れたの。こんなのが数カ月続いたある日、君は突然口を開いたの」

モカの話は続いた。

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