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#1.鍼灸院経営術(導入編)

 一般的に鍼灸院の経営は鍼灸師が行います。しかし、その経営方法に関することを教育機関では学ぶ機会は少ないのが現状です。卒業後も学会やセミナーなどで取り扱われる内容は、技術的方面の一部のみで、鍼灸院経営に関するものは少ないです。
 鍼灸院の開業を考え始めて鍼灸院経営に関することを初めて学ぶ人が多いのではないでしょうか?鍼灸院経営にはマニュアルや攻略本もないので、開業を考えている鍼灸師であればいずれかは向き合わなければなりません。そのためには鍼灸や鍼灸師への理解と鍼灸院経営について把握しておかなければならないことがたくさんあります。

 私にも鍼灸院経営の正解はわかりません。仮に成功したとしても、そのときの状況や場所、運などによるものなのかもしれません。成功している人の大半は複数の要因がうまく絡み合っただけに過ぎないのかもしれません。ただ、例えば50人の鍼灸師に「こうしたらいいですよ」とその時にできるアドバイスをして、50人のうち2〜5人くらい動けば上出来だと思っています。つまり、人は「答えを求めているのにも関わらず、答えを知っても動かない動物」だからです。言い換えると、周りの9割以上の鍼灸師は、答えばかりを追い求めて同じことを繰り返します。したがって、実は競合相手が少ないこの業界では、進むべき方向で努力し「こうなりたい」という到達目標を設定することで、自分の理想や成功にいち早く近づくことができるかもしれません。

鍼灸と鍼灸師の違いについて

1.鍼灸の価値とその鍼灸を実践する鍼灸師について


Key point

  • 鍼灸の価値は高く、その有用性や臨床的応用も可能性を秘めている分野であり、基礎・臨床研究も世界的には発展し続けている

  • 一方、鍼灸師は卒後教育などの研修制度が確立しておらず、一定水準に満たない鍼灸師が多くを占めている


 実は、鍼灸(特に鍼の研究)の文献数自体ここ10~15年くらいでかなり増えてきています。有用性を評価できる臨床研究はまだまだ多くはありませんが、鍼灸研究のエビデンスをチャートにしました。

PubMedでそれぞれ”Acupuncture””Kampo”を検索ワードとした場合の検索結果より

2023年の”Kampo(漢方)”の文献数は131件で、”Acupuncture(鍼灸)”の文献数は3450件であった

PubMedの検索結果より

 世界的に見てみると鍼灸の研究がどれだけ盛んに行われているかが分かります。
 基礎研究においても鍼灸の作用機序が年々明らかとなってきおり、鍼灸の科学的根拠や作用機序についてもある程度説明可能な状態にまでなってきました。しかし、その鍼灸を実施する鍼灸師の質の担保がなされていないのが今後の課題になってくると推測しており、卒後教育においても研修制度の確立や鍼灸師の臨床能力が一定水準に達していることが、地域医療に貢献するための十分条件に含まれてくると私は考えています。

2.鍼灸って本当に伝統医学なんだろうか?


Key point

  • 今や西洋医学こそが伝統医学と言っても過言ではない

  • 鍼灸の伝統とは何なのかを多くの鍼灸師が把握しきれていない


 西洋医学はその医学的な背景(感染症や救急医療など生命に関わる病気)からEvidence based medicineを重視せざるを得ない状況で発展してきましたが、医学の重要な部分はその他にもあることを認め、時代に合わせたニーズにも柔軟に対応しています。その変化についても議論がなされ、コンセンサスを得ています。今となっては西洋医学こそが伝統医学と言っても過言ではありません。
 一方で多くの鍼灸師は伝統を謳いながら、先人たちの業績や研究などを顧みない傾向があります。たまたま入った研究会内で通用する理屈に固執したり、2〜3代の狭い師弟制度の中でそれを見出したりしたことを鍼灸の真髄だと信じていたり、自分で編み出した新しい療法や理論を発表している論考が、数十年前の雑誌を見るとほぼ同じ内容のものが掲載されているなどもしばしば見られます。鍼灸自体は偉大な先人たちから受け継がれてきましたが、その鍼灸を実践する鍼灸師はその伝統を顧みない者があまりにも多すぎるのが現状です。

鍼灸院経営について考える

1.鍼灸業界の全体像を把握する

 2022年の衛生行政報告例の概況によると、就業はり師は13万4,218人、就業きゅう師13万2,205人、鍼灸療法を提供する施術所は7万2,575か所ほど存在します。多くの施術所が乱立し、生存競争が激化することによって起こることは淘汰と寡占です。
 パレートの法則というものがあります。これは全体の数値の8割は、全体を構成する2割が作り出しているという法則です。これを施術所の生存競争に当てはめると、全体の売上の8割をその地域の上位数ヶ所の施術所が独占し、残りの施術所は潰れてしまいます。市場が拡大し、今の施術所のような飽和状態を迎えると淘汰と寡占が進んでしまうのは自然の摂理とも言えます。

2.鍼灸院経営には答えはなく、「体力」こそが成功への鍵

 鍼灸業界でよくあることは、学生時代には成績も品性もあまり良いものでもなく、同学年からも軽視されていたような人物が社会に出てから成功している例も少なくありません。これに反して品性も成績も良く、同学年からも慕われていた人物が社会に出てから孤城落日の悲境に陥っていることもしばしばです。
 成功の要因とは一体なんなんでしょうか?例えば「その土地の人情なり風習に適していた」とか、「開業場所のアクセスの良さや雰囲気が良かった」とか、あるいは「突飛な治療法や流行の治療法が顧客の心情を掴んだ」とか、「その他の治療院の構造や設備、費用などがその土地の生活水準に適当であった」などの理由かも知れません。
 数十年前までの鍼灸院経営で最も求められたことは、「技術や腕の良さ」だったように思います。腕さえ良ければ、アクセスや立地が悪くとも、自由診療だけしか扱わなくとも黙っていても患者が列を成していました。しかし、今の時代はどうでしょうか?「SNSの活用」や「接骨院やリラクゼーションサロン、整体との差別化」、「具体的な集客やリピーターの作り方」、「地域やターゲット顧客の特性を生かした戦略」、「高齢化社会を踏まえた訪問治療の検討」、「医療連携(病鍼連携・病診連携)」など考えなければならないことは多岐にわたります。
 私自身も色々勉強して実践してきましたが、今の時代における鍼灸院経営に最も必要なことは、結局のところ「体力」なんだということに気がつきました。もちろん前述したような課題も取り組まなくてはいけませんが、その課題を解決するにも体力を要します。鍼灸院経営を考える上で必要となる「体力」とは以下の2点のことを指します。

1.鍼灸師としての「体力」
 成功している鍼灸師に多い共通点は、とにかく体力があるということです。40代や50代を過ぎてもなお健康面には大きな問題もなく、多少の無理もまだ効きます。それに加えて、頭の回転も早く、仕事もできて、コミュニケーション能力も高く、従業員や近隣の住人・役員までも含めた心身掌握の秘訣なども把握しておりセンスがとにかく良いです。そのような鍼灸師が地域のトップに君臨しているため、付け入る隙がありません。鍼灸院を開業するということは、そういった無敵とも言える状態の鍼灸師に果敢に挑戦するということになります。

2.経済的な「体力」
 鍼灸院を経営するにあたって、運営資金や施術所の設備費用などを用意しなくてはいけません。具体的には、全く利益が上がらなくとも1〜2年の損失を補えるだけの資金を用意しなければなりません。つまり、鍼灸院経営とは「持久戦」のほかなりません。昭和の名人・塚谷信男先生は以下のように説いています。

「開業第一年は無論欠損、第二年は収支差引零、第三年には第一年の欠損を返濟し、第四年に至って初めて少しの蓄財でも出来る」

塚谷信男著. 鍼灸開業 繁滎の秘訣 附鍼灸醫術開業の秘訣. 六然社. 2007.

 では、その運営資金や施術所の設備費用などの準備はどのようにすれば良いのでしょうか?最も理想的な方法は、「その地域におけるトップシェアを誇る鍼灸院に就職する」ことです。その鍼灸院の鍼灸師の経営振りなり診療振りを調査研究することが最も合理的だと考えています。そして、なぜ繁盛しているのかを直接繁盛している鍼灸院の実地で学び、その土地の人情なり風習に適した鍼灸師から成功の秘訣を聞くと貴重なお話しがたくさん聞けると思います。また、生活を維持していくためにもお金を稼ぎながら学ぶことが望ましいです。4〜5年も働けば相当実力がつき、貯蓄もある程度出来ているものです。

 近年では、「ライフワークバランス」という言葉が浸透し、コンプライアンスも厳しくなっています。しかし、少なくとも働き始めの頃は、この「ライフワークバランス」という発想はいったん脇においておき、仕事とプライベートの境界線を設けずに仕事に打ち込んだほうが、より早く一人前になれます。また、貯蓄をある程度するためには、洋服や食べ物に過度なお金を使わず、出費を少なくして節約しながら暮らすことが求められます。

3.開業場所はどこがいいのか?

 株式会社NOMOKOTSU代表取締役の野本一也氏は、開業場所の商圏について以下のように述べています。

地域密着型のビジネスである治療院の商圏は、都市部なら半径500m、地方では半径3km〜5km程度

野本一也氏著. 鍼灸・整骨業界を目指すキミへ. 幻冬社メディアコンサルティング. 2022.

 また、同氏は出店を検討している場合には、以下の点を分析することを推奨しています。


  • 出店を検討している地域のライバルは何軒あるのか?

  • その地域においてトップシェアを誇っているところはどこか?

  • どんなサービスが人気を博しているのか?

  • メインとなる患者層は何歳くらいで、男女比はどれくらいなのか?


 これらを分析することによって、「その地域に適した店舗を作り、地域の人々が求めているサービスを展開していかなければならない」と述べています。

 また、塚谷信男先生は以下のように述べています。

腕に自信あるものは、同業者密集地帯へ割り込め

塚谷信男著. 鍼灸開業 繁滎の秘訣 附鍼灸醫術開業の秘訣. 六然社. 2007.

 開業の候補地として、交通の便やアクセスが良いことなどを条件として挙げていますが、そういったところには既に同業者が事業を展開しているものです。そのため「腕に自身さえあれば同業者の密集位いは決して怖れるに足りない、寧ろ進んで選ぶべきである。先輩同業者に劣らぬだけの自信があれば、寧ろ密集地帯を狙って之に進入し、大いに自己の腕を揮つてこそ、眞に意氣あり興味ある開業だ」と述べています。

 一鍼入魂堂 鎌倉治療院院長の富田秀徳先生は、「デザイン」が重要と述べています。

極めて高額な自費治療の鍼灸院ともなれば、デザイン(上質な空間や雰囲気づくり)も治療院経営の大事な要素なのです。ビジュアルに力を入れている鍼灸院が少ない現状だからこそ、ほんの少しデザイン面を努力するだけで繁盛治療院になりやすいともいえます。

医道の日本. 2016年2月号. p 167-171.

 他業種に比べ鍼灸業界はビジュアル戦略が非常に遅れているマーケットと言えます。富田先生が実践されたデザイン戦略は、「古民家風鍼灸院」という戦略です。外観デザインや内装にもこだわっています。鍼灸院デザインに限っていえば、日本の伝統医学を提供する施設である鍼灸院は、伝統的な古民家スタイルと相性がよいのかもしれません。開業場所の選定と同時に鍼灸院のデザインにこだわることも戦略のひとつと言えます。

 ちなみにChatGPTで、「鍼灸院の開業場所はどこがいいの?」と質問したら、以下のような回答が得られました。


 鍼灸院の開業場所を選ぶ際には、以下のポイントを考慮することが重要です。

  1. ターゲット層の需要: どのような年齢層や職業の人々をターゲットにするかを考え、その層が多く集まるエリアを選びます。例えば、高齢者が多い地域やオフィス街などです。

  2. 競合調査: 周辺に同じような鍼灸院が多いかどうかを確認します。競合が多いと新規顧客を獲得しにくくなりますが、逆に競合が少ないエリアではニーズに応えられる可能性が高まります。

  3. 交通アクセス: 駅やバス停からのアクセスが良い場所は、通いやすさの面で有利です。また、駐車場の有無も重要です。

  4. 周辺環境: 周辺に住宅街があると、地域住民のリピーターを獲得しやすいです。オフィス街や商業施設が近い場合、仕事帰りやショッピングのついでに立ち寄る顧客も見込めます。

  5. 家賃やコスト: 地域によって家賃や運営コストが異なるため、予算に応じたエリア選びが必要です。高家賃のエリアでは、その分の顧客単価や集客力が求められます。

  6. 治療に適した環境: 静かで落ち着いた環境は、鍼灸治療を受ける顧客にとってリラックスできる場所として好まれます。

 これらの要素をバランスよく考慮し、自分の理想の鍼灸院のイメージに最も合った場所を選ぶことが大切です。


 今回は、鍼灸院経営についての概説と開業場所の選定方法とデザイン戦略の重要性について学びました。
 次回は鍼灸院経営を行っていく上では欠かせない「患者応接の秘訣」について学んでいきたいと思います。


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