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父に愛されたかった女の子の涙の色。

彼女は、先日1日で600万位ホストに使っちゃったと笑って言った。600万といったら年収だという人がいてもおかしくないだろうその大金を、1日で消費して笑っていられる彼女は、家賃80万の都内高級マンションに一人暮らししている無職の22歳。それだけの情報源だけでも十分頭の中で黒い糸がこんがらがって固結びしてシコリになりそうな話だけど、なぜか彼女に不思議と興味が湧いたのは、その日 私の横でふかっとソファーに座っていた彼女が、賢そうで 媚がなく 端正に黒髪を真っ直ぐ伸ばした至って普通の物静かな女の子だったからかも知れない。

私の勝手な先入観として、ホストクラブに通う女の子や女性というのは、同業者だったり割と生活も奔放で派手なイメージがある。勿論それは真実味がないものであり、私がフィクションの中で見てきたものから作り出した主観だし、実際私はホストクラブに行った事がないので、彼女から「どうせあんたも私の気持ちなんかわかる訳ないんでしょ」という拒絶オーラを放たれても仕方ないのだろう。でも実際私はホスト狂いの女に興味はさほどなく、話を聞いたからと言って彼女の気持ちを無理に共感するつもりも、私の言い分を納得してもらいたいとも思っていなくて、彼女に興味をもったのはホスト通いの理由なんかよりむしろ、無職である彼女が手にしている大金のでどころだった。

率直にお金はどこから?と聞いてみる。彼女はお話していくうちに意外に嘘がない人だと感じたし、言葉の駆け引きはお互いの時間のロスになるだけだと思ったから。というのも、お金の話にふわっとなった時、お金なんてただの紙だと言い切り、今通っているホストの推しの彼の事を、私が金をおとすから好きでいてくれるだけだよとすんなり口にしてきたから。分かっているのだ。私達は少女漫画の中では生きれない。生まれた環境と現実を受け入れていく方が夢を見て拗らせるよりきっと生きやすい。んだと。

「お金はパパから 」と彼女はあっさり打ち明けてくれた。

意外だとも思ったけれど、なるほどなとも思った。彼女は会社経営をしている父親の令嬢さんだった訳だけど、それ以上話に深入りするのを辞めたのは、私の直感で、その組織に玄人の匂いしか全くしなかったから。

彼女は実の父親の事を嫌ってはいないし、おそらく父親も彼女を実の娘として邪気にするような事はなく、大事にしてきたのだと受け取れたし、愛娘として関わってきたのだろう。だけどそれは、血の繋がった愛おしさの漂う生活環境ではなく、仕事や大人の事情に打ち込むあまり、父親として実の娘に渡すべき愛情をお金で与えてきた現実であって、彼女の生活圏は幼い頃からハイブランドの私物や高価なものばかりがただひたすらに意味もなく増え続け、気付けば心はすっかり空っぽになっていたのではないかと想像がつく。けれど父親はそれに全く気付く事なく、すでにお金で繋ぎ止めているだけの親子関係はとっくに壊れていたのかも知れない。

そんな彼女に父親の話をもう少し聞くと、自分が自立して働かずに父からお金を支援してもらい暮らす事に何の罪悪感もないと言う。それにしても、彼女がいい歳になっても父親に甘え続けるのは何故だろう。私が大事ならそれだけの金額を私に渡せとせがむ心理は、むしろお金以外で愛されたことがないからだろうか。親からの支援を拒否してしまったら、本格的に見放される恐怖が湧くことで、幾らでも自立し自分で収入を得られるはずの自立心と選択肢を拒ませ、父親に愛されている立場を利用して、まだ愛されている事を実感していたいからか。そうだとするならむしろ、彼女が父親に求めているのは、お金そのものではなく、自分を思ってお金を渡してくれるという父親の好意だけなんじゃないか。なんて思えてきて、私の心に何かまどろっこしさが募ったけれど、彼女は「私が大事ならお金出せるでしょ」「自分が父から貰ったお金で何をしてようが、父はもっと若い女に金を使って毎日遊んでいるんだからいいんじゃないの?」とカラッカラ笑っていた。

ちょうどそのタイミングで私が飲んでいたアールグレイが無くなってしまい、彼女の話を聞いている間喉がやたらと渇いている事に気付いて苦笑。私の気持ちの錯乱を、多分彼女は気付かないふりをしていてくれていたはず。優しい子だなと思った。

そりにしても、彼女が本当に父親から日々欲しかった物ってお金だろうか。幼い頃、駄々をこねたり寂しかった時与えて欲しかったのは高価な玩具や高級な服だろうか。多感で不安定な時期に手にしたかったものは高級マンションや派手に暮らせる為の現金だろうか。
なんでもかんでも親からお金で処理されてきた彼女の心が満たされた日はあっただろうか。
寂しいと思った時、いくら欲しいんだ?と自分の欲求を金額で賄われ続けてきた彼女は、側から見れば裕福なお嬢様だと思う。びっくりするくらい私とは真逆な人生だ。彼女が私の生い立ちや今日までを知っても何とも思わないかも知れないけれど、私は彼女を羨ましく思う。私は子供の頃から金で泣かされてきた人生だ。苦労して、苦労してここまで生きてきた。彼女は私には何一つ無いものと経験を持っている。お金の話だけでなく、容姿も豊満な胸も彼女を形成する魅力として加担されているのに。のに。彼女が最後にポロポロ泣きだしたのは、ホストの彼のことを話始めた時だった。

彼女からしたらそれは誰もが異性に抱く恋愛感情に変わらないものかも知れなくて。けれど、彼女は人の愛し方を知らなかった。相手を愛おしく思った時、大切な存在だと気づいた時、どうしたらいいかがらわからなかった。
そんな彼女にとったら、ホストクラブという色恋ごっこはわかりやすかったのだろう。
ホストクラブという所は、自分がどれ程相手に好意を寄せているかを示す方法は、現金を使う事でしかないのだから、彼女が父親にされてきたソレと近しく、むしろそんな愛し方のほうが彼女にとっては分かりやすいものだったんだろうと思う。

彼は、人としても男としても魅力的だと彼女は言う。嘘ばかりの世界で、彼は嘘が下手だから。と思わず見惚れてしまう程可愛い顔で彼の話をしている間は、ずっと笑ってくれた。

「だから私は彼にとって1番必要な人間でありたいの。その為だったら幾らだってお金を渡す。」と。

私が彼女の話を聞いていて、共感できる事は正直少ない。けれど彼女自身が分かってくれなくて結構というスタンスで私に話してくれている事が救いだった。彼女は、つまり幼い頃から父親に渡されてきた愛情が現金だった事から、惚れた男に注ぐ愛情が現金である事に全く違和感がなく、必然ホストの男からは大事な太客として大切にされるだろう。そんなザラザラの積み上げる事のできない砂みたいな愛の中で、彼女はホストの彼に月平均100万はゆうにお金を使うから、彼が自分に優しくしてくれるだけだという事も、実の父親が娘である自分に月平均200万はお金を渡してくれるから父親に媚びてあげているだけだという事も自覚している。結局そこに本当の愛なんてないんだと、声にしないでずっと心の底で叫んでいたのかもなと思う。

真夜中になる前に彼女に最後の質問をした。

その彼にもし、もうお金はいいから一緒にいようと言われて、暮らしていけたらどうする?

彼女は何故か泣き出してしまって私はびっくりしてしまったけれど、泣き止むまで側にいようと思った。今、彼女の事を離してしまったらいけない気がして。少なくとも、私はあなたの闇を知ったところで、離れる理由になどならないから。側にいようと思った。

彼女の涙は、彼女にしか分からないものだけれど、初めてまともに恋したホストで働く男性に対しての報われぬ思いからというより、実の父親に幼い頃からずっと言って欲しかった言葉なんじゃないかと思えた。何故だかはわからない。


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