雪の降る家
「やはりこちらの物件は独身のお客様に人気ですね。
広くて駅も近いですし、終の棲家としては完璧に近いんじゃないでしょうか?
短所といえば……まあ郊外のマンションで最上階となりますと、ハトやカラスの害がたまに報告されるくらいですかねえ。
しかしここまでバリアフリー設備が整っていてこの家賃はお買い得ですよ。じゃあ入ってみましょうか。
すべての部屋に生体感知機能があるので、入室すれば自動で明かりがつきます。オール電化ですから火事の心配もご無用ですし、段差もほとんどなくてお体への負担は少ないかと思います。
しかし1番の見どころはあれですよね。
まさか家が自動で死体を処理するなんてねえ。
住宅事情は常に変化してるなんて言いますけど、さすがに不動産業界も激震でしたよ。
最近増えてるんですよ。
老後はのんびり過ごしたいけど、いざとなった時頼れる家族がいない。でも孤独死して周りに迷惑はかけたくない。1人でひっそりと、消えるように死んでいきたいとおっしゃるお年寄りの方々。
この物件が売りに出されてるのも、そんな需要が一定数あることの証明ですからねえ。
天井についてるあの機械、火災報知器に見えますよね。
実はあれは特殊なバクテリアを散布する機械なんです。
この部屋の生体感知機能は優秀でして、生き物が息を引き取る瞬間も感知できるんです。お客様の孤独死が確認されると自動で部屋を加湿します。極端に言えば土の中と似た環境を作るんですね。同時に天井から大量のバクテリアが雪のように降り注いで、ゆっくりご遺体を分解していきます。1ヶ月あれば全部消滅しますかね。
細菌による分解はもともと生ゴミ処理に使われていた技術ですし、消臭に圧倒的な効果があります。徹底した温度管理機能によって腐敗細菌の増殖も防げるんですよ。
まあそれでも時間はかかっちゃうんで、より分解を早める工夫がお部屋の随所になされています。
例えばここのお風呂。浴槽の中で孤独死される方って多いんですよ。その場合だと平時より臭いがひどかったり、状態の悪いご遺体になってしまうんですよね。
なので、浴槽での死亡を感知した場合は自動で熱湯が注ぎ込まれるようになっています。お肉を煮込むと柔らかくなる原理と同じで、肉体を急速でシチューにしてしまうんです。液状化させたご遺体は少しずつ排水され、結果骨だけが残ってバクテリアによる処理も早まります。
処理が完了し次第自動で自治体に連絡が行くシステムなので、清掃業者の方がご遺体を目撃することもありません。周囲の人間の精神的負担も軽減できます。
ではリビングに入ってみましょうか。
ここにも16個バクテリア散布機がついてますね。これだけあればどこで死んでも大丈夫でしょう。
床は無機素材を多く含んだ大理石ですから、家自体が分解される心配はありません。
あ、あそこの天窓の説明がまだでしたね。
「沈黙の塔」ってご存知ですか?
ゾロアスター教の宗教施設なんですけど、この宗教は火を神聖視していて火葬が禁止されているんです。死体なんていう穢れを神聖な自然に触れさせてはならない。同じ理屈で土葬や水葬も禁止されています。
そこで編み出されたのが「沈黙の塔」なんですよ。
塔は円筒状になっていて上から中に入れる構造を持っています。
そんな建物の中に死体を並べておくとどうなるでしょうか。なんと、勝手に鳥が入ってきて全部食べてくれるんです。つまり鳥葬ですね。
こういった伝統的な風習と最新の技術が組み合わさったのがあの天窓なんです。
家主の死亡が感知されると自動であの窓が開きます。ここは最上階ですから、お部屋が実質「沈黙の塔」と同じ構造になるわけです。ハトやカラスが窓から部屋に入ってご遺体をついばめばより早く処理が終わります。
抵抗ある方もいらっしゃるでしょうけど、まあ倫理観をアップデートしていきましょうよ。
こういった形態の高齢者向け住宅はまだ日本に数件しかありません。でも未婚率とか少子高齢化が深刻になるにつれて増えていくでしょうね。
まあ、お部屋の性質上ほぼ必ず事故物件にはなっちゃいます。だから家賃も抑えめなんですが、これだけクリーンな死に方ができれば現世に怨念は残らないんじゃないでしょうか?
今なら他のご予約もないのでチャンスだと思いますよ。
ぜひお三方で話し合ってみてください。」
「おじいちゃん!ここなら1人で住めるね!」
「そうね!ワシにピッタリじゃって言ってるような気がするわ!」
「「この部屋に決めます!!」」
「フガフガ…フガ……」
サポートは生命維持に使わせていただきます…