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ダルマ2024感想 ~弧次郎くん篇~


はじめに

劇団TEAM-ODAC第43回本公演「ダルマ」(以下ダルマ2024と記します)を観てきました。すでに全公演終了しているので、全力でネタバレありの感想文を綴っていきたいとおもいます。
いつも解説めいた感想を書いていますが、今回は自担の舞台なので本当にただの感想文になりそうです笑

山井飛翔くん初の外部舞台

「ダルマ2024」は少年忍者の山井飛翔くん(以下つーちゃん)の初めての外部舞台!つまり待ちに待ち焦がれた自担の初の外部舞台出演でした。
「ぼくらのサバイバルウォーズ」での演技を観てからずっと、表情やセリフにしっかりと感情を乗せることが出来て、しかも叫びすぎて声が割れたり聞き取れないこともなく、きちんと声質と演技のコントロールができる子だと言い続けてきましたが、外部舞台の話が来ることなく幾数年。ついに少年忍者で外部舞台に出ていないのは彼ひとりとなってしまい、ファンとしてとてもくやしい気持ちでいっぱいでした。
そんな時、急に出演が決まったのが「ダルマ2024」!
これ以上ないよろこびと安心と期待でいっぱいでしたが、やっぱり同じ事務所の先輩がいるとはいえ外部でのお仕事で人間関係とかいろいろうまくいくかなだいじょうぶかな、と過保護ぎみなほんの少しの不安が。でもそんな不安は松本幸大くんがブログやインスタですぐに解消してくれました!
幸大くんがつづる飛翔くんの話、全てがあたたかくてやさしくて、本人だけじゃなく、つーちゃんのファンの不安も解消できるようにとおもって書いてくれてたのかなとおもえるほどでした。
それからはもう舞台ビジュアルの発表やコメント動画、幸大くんからの写真やエピソードなどなど毎日があっという間にすぎて、観劇当日となっていました。

弧次郎くんという役

「ダルマ2024」は突然の天変地異により荒廃した文明の中で、人間が生き延びるために日々争いを繰り返す弱肉強食の世界となってしまった世界線という舞台設定のお話でした。
その中で、つーちゃん演じる弧次郎くんは、樹海の奥深くで争うことをせずに共存しあうことを目的とした共同体(通称「村」)で暮らす男の子。
劇中で明かされますが、弧次郎くんは幼いころに両親を戦禍で失い、天涯孤独になったところをこの村の人に拾われて以来、村で暮らすサツキさんが姉代わりとなって、身体の弱い弧次郎くんの面倒を見て、村の中で最年少の男の子として育てられてきています。
そんな幼かった弧次郎くんも成長し思春期をむかえて、早く一人前の男になりたいと言わんばかりに日々竹刀や木刀で剣術の稽古をし、自分の腕を試したい!と村の外に出たがっては、サツキさんや他の村人たちにいさめられる毎日。
ここまでセリフとしてしっかり言葉で表現されていますが、それ以上にご飯を食べる姿や村長さんへ訴えかける立ち振る舞い、視線の投げ方落とし方でも表現されていました。
前のめりになりつつもワガママを通してひとりで勝手に村の外へ出ることもなく、言葉にしないまでも、外の世界に対する恐怖であったり、自分の力量が当然そこまででもないと自覚しているからこそ、成長した姿をみんなに見せたい認めてもらいたいという気持ちとの二律背反で板挟みになっている思春期の少年らしさ、いや思春期の少年そのものが表現されていて。つーちゃん自身も弧次郎くんをちょっと前の自分をみたいだと言っていただけあって、普段より少し高めの声で演じてたの本当に最高の演技プランだなとおもいました。

ダルマと弧次郎の出会い。

そしてそんなやさしい人たちに囲まれてるがゆえにイキリきってしまってる弧次郎くんに外の世界の厳しさをおしえてくれたのが主人公のダルマ。
行きだおれ状態のダルマに近づき、刀を手にして刀身を抜くときの緊張感。憧れ、驚き、畏れ、慄き、言葉にならないものすごい情報量を息づかいと目線と所作だけで表現したつーちゃん、ほんとに素晴らしかったです。
そしてダルマの持ってた刀が自分には過ぎたるものだと一瞬で理解して村長さんに渡した弧次郎くん、とっても利口な子ってかんじで好きです笑
でもダルマが目覚めたあと、稽古をつけてください!ってまっすぐにダルマに向かっていったにもかかわらず、やる気どころか木刀を持つことすらしなかったダルマを見て落胆して「あんたも腑抜けたひとの一人かよ」とつぶやいた弧次郎くん。
村の人々が全員たたかうことを、外の世界へ出ることを放棄してることへの苛立ちの中、外からやってきたダルマならという希望を抱いていたのにそれを一気にたたき壊されてしまった失望を静かにつぶやくことで、その感情の強さをより表現するとともに、そのあとすぐに姉であるサツキさんに大声でキレちゃって内弁慶なところを見せつけてくれて最高の少年ムーブでした。
この大きな感情の抑揚を声の大きさだけでなく、そのつなぎの呼吸の仕方、間の取り方、余韻の持たせ方がとても自然で、役者としての山井飛翔くんの良さがここにありすぎました。セリフを言いきって終わりにしない、まだ言いたいことがあるけどそれを自分の中でも言葉にできていないから言葉が止まってしまい心のなかで言葉をさがそうとしかけるトーンの落とし方。その勢いが止まった瞬間に相手が弧次郎に言葉をかけてそれに反抗して「でも…!!」「だってさ…!!」と強くいうけど言葉がまだまとまってなくてすぐ尻つぼみになってしまって相手の言い分に負けてしまって黙ってしまうという演技くさくなりがちなやりとりがものすごく自然でした。
さて、内弁慶にお姉ちゃんにキレて「たたかって死んだほうがカッコいいのに」と思春期まっただなかすぎるセリフを吐きながら素振りする弧次郎の木刀をたった一撃でうちおとして「弱いくせにいきがるな」とスゴんで諫めたダルマさんにガチでビビってなにも言えず逃げ出した弧次郎くん。現実をたたきつけられて、ぜったいあの後ひと気のないところで悔しくて泣きはらして絶叫してるんだろうなと切なくなりました笑

カッコいいとはどういう事か。

「たたかって死んだほうがカッコいい」というセリフが舞台中序盤の弧次郎くんの全てをあらわしているとおもいます。
ずっと守ってくれたお姉ちゃんを今度は守りたいという気持ち、自分自身の手で未来を切り拓きたいという想い、そして自己犠牲という陶酔による現実逃避。弧次郎くんは村のなかで戦わず弱者として生き延びて一生を終えることを、保守的で閉鎖的でだとおもっているわけです。
それに加えてもともと身体が弱く、姉に守られて育ったことに対して強い男になりたいという想い。そこで夢見たことが「男らしくたたかって死ぬ」です。弧次郎くんには失礼だけど、わかりやすくルサンチマン拗らせてて思春期全開ですごくかわいいです笑
そんな弧次郎くんを心配しつつ程よい距離から見守ってくれる平次さん。最初の食事シーンでは拗ねてる弧次郎くんに近づいて、拾ったお煎餅を出してからかったり他のひとのやりとりを見ながら雑談することでみんなの輪から離れないようにしたり。
いっしょに狩りに出かけた時に、ふだんとはうって変わってシリアスな声で「死にいそがないでね」と話しはじめて、弧次郎くんにとってたたかうことが目的なんじゃなくて村を守ることが目的だって、弧次郎くんの心のなかにあった気持ちを本人の言葉として導き出したり。「甘えられる場所があるなら甘えちゃいな」と大人の余裕を見せてくれたり。カッコいいとはこういう事だって態度でおしえてくれたとおもいます。もちろん弧次郎くんがそれに気付くのはまだまだもうすこし後になりそうですが。
余談ですが、平次さんとの狩りのシーンが回替わりのアドリブシーンになっていて、舞台中でゆいいつ弧次郎くんじゃなくて山井飛翔くんになるシーンでとっても楽しみでした!
千穐楽のアメサマを踊るシーンでは平次さんに「カウントぉ!!」と地声にちかい低めの声で命令してて、それまでも感じてたけど、このカンパニーをすごく信頼してるし、みんなから愛してもらえてるんだなってめちゃくちゃ心があたたかくなりました。

弧次郎くんの成長、そしてたたかいへ。

エキナさんに襲いかかる天馬の姿にびっくりしながらも反射的に飛びかかって引きはなしたあとの弧次郎くん、「おっかなかった」と言いながらも、彼のなかで初めてひとを助けた場面なのではないでしょうか。
その後、村が襲われてエキナさんに先導されて逃げる弧次郎くんたち。もちろん弧次郎くんは「みんなを置いていけない!」といい踵をかえそうとしますが、エキナさんに「あなた一人でなにができるの!?」「サツキさんがどんな気持ちであなたを助けてきたとおもってるの!」と言われ腕を引っ張られ無理やり連れていかれてしまいそうになる場面。このときの弧次郎くんの「やめてよ!!」があまりにも悲痛で、たたかいたいだけじゃない、みんなを助けたいんだっていう気持ち、まだ自分が子どもで年上のひとたちに逆らいきれないやるせなさや不甲斐なさを感じているのがつたわってきて、力ずくで逃げさせるのも正しくないのではとおもわせてくれました。
この後、黒田一派が無線をつかって村に残っていた人たちに最後の一言を言わせようとするシーンで、弧次郎くんが「姉ちゃん…!姉ちゃん!!」と叫ぶシーンの切なさが真に迫ってたことは書くまでもないですが、無線が切れ天馬が立ち去ったあと、「俺はいくよ、姉ちゃんのために!」と我先に助けに行こうとした弧次郎くんの頬に伝った涙が、弱さではなく強さの証に見えて、お姉ちゃんの窮地が弧次郎くんを強くさせたんだなとかんじました。
そして源太がそれぞれの得物を持ってきて助けに行こうとなったときに、弧次郎くんに渡されたのはなぜかオタマ。最初は源太さんが料理当番だから持ってたのかな?くらいにおもってたんですが、直後に源太さんが弧次郎くんに「お前は助け出すんだ」と言ったことで「オタマ=掬う(救う)もの」という言葉が浮かんで、ひとりでめちゃくちゃ納得してました笑
このオタマを渡される前後で羽賀と笹治に頭撫でられてたのも、めちゃくちゃかわいがられてるみんなの弟感あってほっこりしましたね。

男のたたかい。姉弟の想い。

震える手でオタマを握りしめて黒田一派に占拠された村にもどった弧次郎くん。平次さんに道をつくってもらい、ひとりで残されたみんなの元へ駆けていって、ちゃんとお姉ちゃんを救い出して、その後も刀を持った相手にオタマをふりまわして必死に立ち向かいたたかう姿はコミカルでありつつも、成長いちじるしくて、応援したくなるというか、もしこれがプリキュアだったらミラクルオタマライトで応援するところでした笑
防戦気味になってきた弧次郎くんが「ぶっころしてやんよ!!!」と叫んだ瞬間、黒田一派No.2ポジのイケメン堤さんに通りすぎざまにワンパンKOされちゃうのもギャップがあってよかったというか、子どもは寝てなと言わんばかりでした。
そしてオタマを使った殺陣のあいだに弓を射る場面が一回だけあるのですが、これがすごくカッコよくて、よく考えたら「弧」次郎なわけだし、弓がメインの立ち回りもアリだったとおもいつつ、オタマの方が役どころとしておいしいよねとも思えて、なにが正解なのかわからないまま、いっしょにたたかっていた源太さんも追い込まれて防戦一方になりかけたところでダルマさんがめちゃくちゃカッコよく飛び込んできて、敵をひきつけてくれて弧次郎くんたちは難を逃れます。
そんなダルマを見て、憧れモードがスイッチオンしちゃった弧次郎くん、居てもたってもいられなくて「俺もあんな風につよくなりたい!!」と叫んでサツキ姉ちゃんに怒られます。それでも引かずに「俺だって姉ちゃんのこと助けたい!」「まだまだ足りないけど、姉ちゃんの助けになりたいんだよ!」と、初めてお姉ちゃんに本心をぶつけたところで、「バカなんだから!」と平手打ちされて抱きしめられます。このシーンはつーちゃんの声が始終なみだ声でふるえてて、とくに平手打ちされたあとの「なにすんだよ!!」の声だけで最高に涙腺崩壊しちゃいました。
このあと、姉弟の抱擁を見られてることに気付いた弧次郎くんがお姉ちゃんを引き離して「恥ずかしいよ…」というのがものすごく他人の目が気になる思春期ムーブであると同時に、感動的なシーンから日常に戻っていくきっかけになっていて、すばらしかったです。

最終章。弧次郎くんのこれから

幾人かの犠牲は出たものの、黒田一派を倒して日常へと歩みだす村のひとびと。そのなかで弧次郎くんは「ここは離れたほうがいいかも」と言い出します。その理由は「逃れた残党がまた襲ってくるかもしれないから」という、物語冒頭で村のそとに出たがっていた理由とは真逆の「たたかわないため、生きのこるため」の理由で、これだけで弧次郎くんが大きな成長を遂げたのがわかります。
きっと弧次郎くんはもう、むやみやたらにたたかいたいと言わないでしょう。けれどもいざその時がきたら、大切な家族を守るために必死になってたたかうでしょう。その為に、今度は誰にも言わず人知れず努力しつづけて己を鍛える日々を過ごすはずです。その力を使うときが来なければいいとおもいながら。
弧次郎くんも、みんなも、平和に笑って過ごしてほしいと願うばかりです。

最後に

山井担として、とりあえずまずは弧次郎くんだけにフィーチャーして感想を書きましたが、この戯曲ほんとうに登場人物全員が魅力的な群像劇になっていて、最初から最後まで通してひとりひとりにスポットを当てながら感想をつづりたいとおもわせてくれる舞台でした。機会があれば他のキャラクターも含めた感想をかきたいとおもいます。
そして、この素晴らしい舞台が、幸大くんをはじめ、とてつもなくあたたかく愛にあふれたカンパニーによって作り上げられたことがSNSを通じてもつたわってきて、見ているこちらにも作品愛が湧いてしまって仕方なくて、終演後に集まる山井担が毎回、口々にどのキャラのどの場面が良かった、どの役者さんが良かったと自担をさしおいて感想を言い合っていたのが印象的でした。
こんな素晴らしい作品がつーちゃんの初めての外部舞台で本当に良かったとおもうし、自分たちファンもしあわせで仕方ないし、またもう一度再演の機会があれば絶対に見たいし、もしも5年いや10年後につーちゃんがダルマ役として抜擢して上演されたら最高だなっておもっていますので、TEAM-ODACのみなさま、是非ともよろしくお願いいたします!!笑

いつものことではありますが、今回も約6000文字と長文になってしまいました。最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました!!!

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