理不尽との闘いは小学生時代から始まっていた
小学1年の国語の教科書にのっていた「小さい白いにわとり」
これを大人になってからかなり多くの同級生に「覚えていないか?」と聞いたことがあるんだけど、誰も覚えていなかった
勝手に自分で空想?想像?しちゃってたのかなぁ、と思っていたある日、とても仲の良い友人が「小さい白いにわとりが、、、」と口走ったので、大慌てで確認したら、わたしの勝手な空想ではなかったことが発覚した
このお話を口にした友人は「わたしはとてつもないへそ曲がり」とか「わたしは天邪鬼だ」「どうせわたしはアウトロー」と自分を評価していた
なので、聞いてみた
「このお話、どう思う?」
すると意表をついた返事が返ってきた
「え?別になにも思わないよ、にわとりエライね、ぐらい」
ど、ど、ど、どひー!でございます
実はワタス、このお話を読んだ小学1年生のとき、「なんじゃこりゃぁぁああ~~~っっっ!!!!!」って思っちゃったのよね
クラスのお友達が「にわとりは優しいと思います」とか「にわとりは立派です」ぬわぁ~んて言っているのを「オヌシら正気か?」と思ちゃったりしてたのでした
そして鬼のように厳しかった祖父母、両親に「にわとりエライと思うでしょう、あなたもにわとりをシッカリ見習いなさいっ!ふんごー!!!」と言われたけど「むぅ~りー」と密かにココロの中で思っていたのでした
当時『理不尽』という言葉を知らなかったけど、納得いかないわたしは『嘘をついてはいけない』も頑なに信じていたので、
「にわとりエライ」も言えなかったし
「にわとりのようになりたい」なんてお口がビリビリに裂けても言えなかった
……わたしは正直不動産(by山P)より正直だったのだ
さて、あれから半世紀近く経って思うのは、にわとりは「お母さん」だったんじゃないのかな、ということ
きっと、子供たちは自分はぶたやいぬや、ねこであって、提供されて当たり前の側だったんだろうと思う
だから、すんなりこのお話を受け入れたんじゃないんだろうか???
ただ、わたしは幼いころから家の労働力としてバリバリ働かされていたので自分をぶたやいぬやねこに置き換えることができず、にわとりの立場で考えていたんだと思う
ま、昭和40年代の教科書ってこんな感じだった
令和の今じゃ、きっと考えられないお話
ところでこのお話、最後にわとりがパンを配ったかどうか書いていない
けど、教科書にはみんなで楽しくパンを食べている挿絵がのっていた
その挿絵も衝撃だったなぁ
にわにはにわにわとりがいる、じゃなくて、にわとり仏かよ?
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