見出し画像

『黒い稲妻』

『黒い稲妻』 

黒い稲妻に撃たれたような衝撃が全身を貫いた。
それから、今まで違う世界にいるような、強烈な違和感がある。
どうやら似ているようで違っている別の世界に、迷い込んでしまったようだ。

「それじゃ前にいた世界と、何か違うところはあった?」
木下さんが私に質問してきた。
「特に変わったところは見つからない。住んでいるアパート、通っている大学も同じ」
「でも、違和感を凄く感じている。絶対に違う世界に来ている気がする」
「木下さんは前の世界でもサル顔だった」と私が話すと
「私がサルに似ているのは、どうでも良いよ」木下さんはあきれた様子で私の方を見ている。
「甘い物を食べたら、頭が冴えるかも」
鞄の中からお菓子を二つ出して「どっちを食べる」と木下さんが聞いてきた。
お菓子は、ブラックサンダーとホワイトサンダーだった。
どちらでも良かったが、不安な気持ちが続いているから、食べ慣れているブラックサンダーを手に取ると「やっぱりそっちか、“期間限定”とか好きだからね。私は定番のホワイトサンダーで我慢するよ」と木下さんが言ってきた。
「ちょっと待って。定番はブラックサンダーで、期間限定がホワイトサンダーだよ。」
木下さんは驚いた表情で、
「こんな真っ黒なパッケージじゃ売れないよ。定番はこっちだよ」と答えた。
手に持っているブラックサンダーを見ると、パッケージには“期間限定”と書いてある。
この世界ではホワイトサンダーが定番商品のようだ。
初めて違いが見つかった。

やっと世界の違いを見つけたが、木下さんは笑いながら
「随分小さな違いだね。この前に観た映画みたいに、ビートルズが存在しない世界とかより面白そうだけど」と話してから、また笑い出した。今度はお腹を抱えて笑っている。
どうやらツボにはまったようだ。
笑いが止まらない木下さんのスマートフォンに、何か着信が入ったようだ。
木下さんが画面を見ると、さっきまでの笑顔はなくなった。
「将軍が亡くなった」木下さんが真剣な表情で呟いた。
「将軍って誰?お笑い芸人?ミュージシャン?」と聞くと
「冗談はやめて。将軍と言ったら、江戸幕府の将軍しかいないでしょ」と言ってきた。
江戸幕府?将軍?木下さんが何を言っているのか、全く理解できなかった。

江戸幕府は滅んだはず?どうやら江戸幕府は滅んでいないらしい。
明治維新はなかったのか?どうやらペリーの黒船などの海外からの圧力は、幕府体制を強化して、近代化を進める事で乗り切ったらしい。
江戸幕府は、徳川家康ではなく、京都からの影響を受けないようにと織田信長が開いた…。
私が知っている歴史とは、全く違う流れになっている。
さっきまで賑やかだった大学の学食を、静寂が支配している。
他の学生も話すのを止めて、スマートフォンで将軍が亡くなった事を確認している。
その時爆発音とともに、学食の窓ガラスが割れて、マシンガンを構えた黒いスーツの女たちが50人ほど乱入してきた。
その後ろから、リーダー格と思われる赤いスーツの女が現れた。
鏡のように反射するサングラスをしているため視線は見えないが、
私の方を見ている気がした。

黒いスーツの女たちは、マシンガンで学食の学生を威圧している。
カツン、カツンと赤いスーツの女の履く、ハイヒールの足音が響き渡る。
ゆっくりと私の方に赤いスーツの女が近づいてくる。
目の前まで来るといきなり跪いた。
「次期将軍は、あなたに決まりました」
赤いスーツの女が「将軍家に世継ぎがいなかったので、御三家の中で唯一人成人しているあなたが、次期将軍になりました」と丁寧な口調で説明を続けた。
「将軍は女じゃなくて、男じゃないの」と私が聞くと、赤いスーツの女は「初代将軍の織田信長様が、淀君様を二代目将軍に指名してから、将軍は女性と決まっています」
その時、私…じゃなくて僕はこの世界では、女になっている事に気がついた。
ずっと感じていた違和感は、この事だったのかもしれない。
「私は将軍の友達になるのかな。信子さんこれからもよろしく」
木下さんが、笑顔で握手を求めてきた。
この世界では僕…じゃなくて私は、織田信男ではなく、織田信子という名前らしい。
そして、織田信長の後継者の家系らしい。
赤いスーツの女は将軍になるための儀式、ソビエト連邦や南北戦争で二つに分裂したアメリカ合衆国との国際問題などについて話しているが、何も頭に入ってこない。
私は不安を和らげるために、この世界では“期間限定”の手に持っているブラックサンダーを食べる事にした。
黒い稲妻に撃たれたような衝撃が全身を貫いた。

目を覚ますと、学食の窓ガラスは割れてなくて、
赤いスーツの女、マシンガンを構えた黒いスーツの女たちはいなかった。
そして、私は…僕は男に戻っていた。
目の前に、サル顔の木下さんがいる。
僕の手にはブラックサンダーが握られている。
黒いパッケージには“期間限定”ではなく、今度は“完全復刻”と書いてある。
木下さんに聞くと「雷と言ったら、イエローでしょ」と答えた。
この世界ではイエローサンダーが、定番商品のようだ。
木下さんのスマートフォンに、何か着信が入ったようだ。
僕とスマートフォンの画面の両方を見ながら、真剣な表情で何度も確認している。

あの赤いスーツの女が、こっちに近づいてくるのに気がついた。
今度は窓ガラスを割らずに、入口のドアから入ってきた。
すぐ後ろから、黒いスーツの女たちが50人ほど入ってきた。
黒いスーツの女たちは、マシンガンではなく、今度は日本刀を構えている。
赤いスーツの女は、木下さんの耳元で何か囁いている。
木下さんが僕の方を見て
これから大阪都に行って、関白の任命を受ける事になった」
大阪都?関白?木下さんが何を言っているのか、また全く理解できなかった。
赤いスーツの女が、僕の目の前に立つ。
僕は不安を和らげるために、この世界では“完全復刻”の手に持っているブラックサンダーを食べる事にした。
しかし、食べる前に、黒い稲妻に撃たれたような衝撃が全身を貫いた。

赤いスーツの女が僕の方を見て、木下さんに何か話している。
「明智です。織田信長の後継者を始末しました」
赤いスーツの女の鏡のようなサングラスには、
血を流して倒れている僕の姿が映っていた。

画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?