見出し画像

新卒の地獄から安寧を得るまでの5年間

今回は過去の話、とりわけ純度100%の自分語りをしようと思う。
まあ、noteなんてほとんど全てが自分語りであるわけだけれど、特別な思想や伝えたいことがあるわけでもなく、単純に自分の身に起こった事実のみを羅列していくのは、私の中では「純度100%の自分語り」だ。

それが良いとか悪いとかの話ではなく。
自分の身に起こった事実を、言葉にすることで整理するのは、精神の安定や進歩のためには定期的に必要なのかもしれないと思うし。
読んでいて楽しいかどうかは・・・わからないけれど。まあ、書こうではないか。

◆新卒1年目

今までにも触れたことはあるけれど、新卒の私にいきなり降りかかった現実、すなわち社会の厳しさみたいなものは下記の通りだ。

・大学卒業時の借金が1500万円(奨学金によるもの)
・新卒の4月から親に仕送りを毎月20万円求められる
・総合職&社宅支給の会社だったため県外の全く知らない土地に独りぼっち
・初めての一人暮らし、初めての家事
・社宅の壁は薄い、隣人は叫ぶ、見たこともない虫が湧く湧く湧く
・OJT先の店舗でお局さんに模範的いびられを受ける
・節約のため自宅の照明・空調は極力使わない、テレビも常に電源を抜く
・食事も極力質素なもの、どこにも遊びに行かない
・在学時から付き合っていた恋人に、「言われてみればもう好きじゃないかも~」とか言われて破局

うん。こうやって羅列すると、結構ひどいな。
新社会人への洗礼、だとしても、なかなか厳しめなのではないだろうか。
当時は、「実家を出られた!」という喜び一点のみに縋って生き延びていたけれど、もう一度同じ条件で暮らせと言われれば無理かもしれない。

そもそも、月の手取り24万円のうち、もろもろ引かれて手元に残るのが4万円だったわけで。
その4万円から食費とか光熱費とかを抜いて、当時私の手元にいくら残っていたのか、思い出したくもないよね。一体何を楽しみに生きていたのか。
多分、休みの日、まあ平日もそうだけど、好きな時間に好きな内容のご飯を食べたり、好きな時間に寝たり、家で誰かに監視されるとか暴言を吐かれるとかそういうことが一切ない暮らし、というのが楽しかったのかもしれないね。

この新卒時代に、「もう嫌だ!」「労働向いてない!辞める!」「鬱だしのう」ってならなかっただけで、新卒1年目の私の生きざまとしては100点満点だったと思いたい。
続きましては、2年目。

◆新卒2年目

総合職だったこともあり、1年目とは異なる配属先になった。
ちょっとした異動とかではなく、県外に転居移動という形だ。
勤務先の変更以外では、1年目とは大して変わりない生活だった。

兎にも角にも、お金がない。
2年目で懐が温まってきた同期と飲みに出かけたり、プチ旅行に行ったりということも勿論なく。毎日の食事ですら、豆腐や納豆やもやしをもそもそと食べるだけ。
強いて言うなら、ボーナス分は純粋な私の手取りとして獲得することができたため、そのお金でちょっとした服を買ってみたり、何か美味しいものを食べてみたり、その程度はできていた。
できてはいたが、その程度だ。

給与の額面としては悪くなかった。新卒時で手取りが24万円、2年目になれば更に多少は上乗せされる。
周りからは羨望の目で見られることもあった。
高給取りだね!遊びたい放題だね!独身で恋人なしだし、自分のためだけに好きなようにお金使えるじゃん!やったね!

私の手元に入ってくるお金は、毎月5万円程度なんじゃがの。

とは当然言えず、ただただ付き合いが悪い人間のような顔をして、来る日も来る日も働いた。
1年目のときもそうだったが、2年目の配属先も、とかく、忙しい。
この業界は忙しい。ぼーっとしてる暇なんて全然ない。
人手不足。業務過多。常に時間に追われる作業。残業。残業。過労。

2年目は本当に、ただただ働いていた記憶しかないな。
続きまして、3年目。

◆新卒3年目

3年目ともなれば、新卒という頭書きもそろそろ不自然になってくる。
とはいえまだ3年目、ようやく業務に慣れてきたころ、私は再度県外に移動となった。
転居を伴う異動は、入社から数えて4回目。
荷造りも荷解きもお手の物で、またしても知らない土地に降り立つ。

引っ越しは嫌いではない。
新しい土地も、好きな方だ。
ただ、この3年目に配属になった勤務先は、1年目や2年目とは比べ物にならないくらいの忙しさだった。

なんせ、ワンオペ店舗だったのだ。
店の責任者は私で、ようやく業務に慣れてきたな~程度の人間が、すべての業務を把握し、管理し、何かあれば全責任を負うことになる。
接客業ということもあり、頭のおかしなクレーマーも一定数いる。
そんなに治安の良い地域でもなかったからか、ヤのつく方たちもいれば、様子のおかしな高齢者なんかもたくさんいた。

私はそれらを1人で抱えなければならなかった。
顧客からは、深夜の1時にでも電話がかかる。
忙しい、忙しい、本当に忙しい、休めない、昼食もまともにとれない、クレーマーが来て怒鳴る、取引先の接待もして、挨拶回りもして、毎日忙しい、忙しい、忙しい。
あの働き方には二度と戻りたくないなあと思う。本当にきつかった。

そして、3年目の終わり頃、人生の岐路が訪れる。

というのも、選んだのは私なのだが。
唐突に、「結婚しよう!」と思ったのだ。

別に、結婚して仕事を辞めて専業主婦になりたい!だとか、この忙しさから解放されて、誰かにぶら下がって生きていきたい!だとか思ったわけではない。
どちらかというと、死にそうな頭で私は、「癒されたい」と思ったのだ。
とにかく今の私には休息と安寧が必要だ。心のオアシス。この幸福のためなら頑張れる、という何かが欲しかった。希望が欲しかった。

希望を他人に求めるなという話ではあるのだが、とにかく、当時の私はそう思って、婚活を始めた。
婚活で良い相手を見つけたら、その相手の居住地や希望に合わせて、転職・転居しよう。私は資格持ちだからどこへでも行ける。
どこか穏やかな土地に、そしてこんな戦場みたいな職場じゃないどこかへ移って、好きな人と、ゆっくりと暮らしていきたい。

その切実な(というよりも、ある意味で、きっとそうできる、そうしなければならぬという確固たる自信というか意志・確信があった)願いが叶い、今の夫と知り合ったのが、4年目に差し掛かる春頃だった。

◆新卒4年目

夫との馴れ初めまで書いていては長くなりすぎるので割愛するが、私は夫と交際を開始し、順調に仲を深め、4年目の夏には転職と転居を実行した。
ありていに言えば、結婚を前提に、というやつだ。

その時点で夫とは知り合って半年も経っていなかったので、今思えば結構な時期尚早である。
実際にプロポーズをされたわけでもなく、しかも同棲するという話でもなく、私は新卒から3年勤めた会社をあっさりと辞め、夫の元(遠方)へ身一つでさくっと引っ越した。
その後に破局していたら一体どうなっていたのかな・・・。
まあ、それはそれで、多分転居先のその土地で普通に暮らしていたのかもしれないけれど。

絶対にこの人と結婚する!破局なんてありえない!という直感があったわけでもない。
今振られたらやばいよなあ、くらいの考えは常に頭の中にあった。
しかしそれは深刻な悩みというほどではなく、悲惨すぎて一生笑いのネタにできるな、くらいのふわっとした不安であった。その軽さは現実逃避の現れだったのかもしれないけれど。

なにせ、転居先では、夫とのことよりも重大な困難と悩みが生じたのだ。
簡潔に言おう。
転職失敗だ。

今までの転居・異動とは全く異なり、転職というのは、自身で転職先の情報やら何やらを集めなければならない。当然だが。
全く知らない土地で、初めての転職活動で、すんなりいくほうが不思議というような状況で、案の定私は失敗した。
変な会社に入ってしまった。
変というと漠然としすぎているが、ざっくりというと、労働基準法に引っかかるのでは?というような勤務形態の会社だった。
入社前との説明とも異なった。私は持ち前の瞬発力と決断力で、「辞めるなら早い方がいいに決まってる!!!」と即退職を申し出た。

そこからはニート期間である。合計で1か月と少しくらいだったかな。
知らない土地(まあまあ不便)で、地元の会社の情報を集めながら、面接を受け、あちこち回って、圧迫面接で中傷され、それをにこにこ笑って受け流し、ようやく再就職が決まった先は。
今までで一番最悪な環境の、クソクソクソ会社だった。
またしても、転職失敗。

とにかく焦りすぎていたんだと、今では思っている。
退職金があったから死ぬほど困窮していたわけではないにしろ、結婚を前提に引っ越してきたのにニートをやっているという、罪悪感と焦燥がものすごく大きかったのだ。
色々調べたつもりで、あちこち探したつもりで、結局私は、また間違った。

詳細は伏せるが、労働基準法どころか、他多数の法律に違反しているのでは?というような会社だった。摘発されれば潰れるのでは。
まあーーいろんなことがひどかった。まず社長がまじで、他人を舐め腐っているカス野郎だった。パワハラは日常だった。サービス勤務も給与未払いも日常だった。不満は暴言と不遇で騙されられた。地獄だった。

でも、さすがに、短期の退職が2回も続けば、次の転職はもう絶望的だと思った。
誰がそんな堪え性のない人間を雇ってくれるのか?
いくら資格持ちだとはいえ、雇ってくれる会社がなければそこで終わりだ。
もうこの業界からすっぱりと足を洗うことも考えた。

不遇。不運。不幸。
生まれ落ちたもとの親に始まり、学校の先生も、クラスメイトも、大学のゼミの教授も、新卒の就職先も、転職先も、何もかも!
どうして私の人生はこんなにも良くない出来事が積み重なるのか。
対人運がなさすぎる。あまりにも。行く先々が地獄だ。地獄。地獄。地獄。

でもきっとこれは、元をたどれば、私が悪いんだろうな。
だって、類は友を呼ぶって言うもの。
私の努力が、忍耐が、信念が、魅力が、何もかもが足りないせいで、今の環境があるんだろうな。もっと頑張って、耐えて、信じて、きらっきらに輝ける人間だったら、きっと良い人たちが私の周りには集ってくれるはず。
だから、私が悪い。
ハエが集るのは、私自身がうんこだからだ。
私が悪い。全部悪い。

そんなわけあるか!!!!!!

不運に殺されてたまるか、と思い、半年程度で退職。
半年も頑張っただけでも偉すぎる、と自分を褒めながら、再度転職活動。
次でダメだったら、別業界に行こうと思っていた。
最後のひと頑張り、もう一度だけ、チャレンジするぞ。
そう意気込んで、5年目に差し掛かる頃に入社したのが、今現在も勤めている会社なのである。

◆新卒5年目

結果的には、私はようやく転職を成功させることができた。
業界を変えることなく、遠くの勤務地を選ぶことなく、私は私を雇ってくれる会社、私を評価してくれる人に巡り合うことができて、ようやく、本当にようやく、「一生勤めたいな」と思える会社に出会えた。
新卒から数えて、4社目だった。

そうして、労働の悩みから解き放たれたー!と思い安堵したころに、プロポーズを受けることとなる。
私は喜んだ。これで念願が叶うと思った。
穏やかな土地、穏やかな職場、そんな安定した暮らしの中で、一等大好きな人とずっと一緒に暮らしていける。
いつかしんどい日が来ても、「この幸福のためなら」と踏ん張ることができて、色んなことに疲れてしまってしおしおになる日が来ても、家に帰れば愛する人の顔を見ることができて、それだけで私は癒される。
最高にハッピーだ。今まで頑張ってきてよかった。
あのとき死ななくてよかった、と思う「あのとき」の数が多すぎて、だからこそ、何度も何度もその誘惑を振り切った自分を褒めたかった。

そして、私に襲い掛かる現実。
そう、両親への挨拶および両家顔合わせだ。

そのあたりの私のしんどさについては別記事にまとめているので、興味がある人は読んでもらえると嬉しい。

まあ、しんどかった。
ここで躓くなら、もう一生、誰が相手でも結婚なんて無理じゃんって思った。

別に、結婚さえすれば幸せになれると思っていたわけではないし、結婚しない人間は駄目と思っていたわけでもない。
それでも、幸せになりたいと思って、その考えの先に結婚が見えて、ああ、と思って、期待して、それが最終的に「親がダメなら全部詰み」に帰結する。
じゃあ、もう、何してもダメじゃんね。私。

でも、何度目の挫折かわからなかったけれど、また、結果的には私は奇跡的に乗り越えることができた。
これはひとえに、誠実な夫と寛大な義両親のおかげなわけだけれど。
あと、こうやって振り返ってみると、諦めないド根性というか、投げ出さない異常な粘着力みたいな、そういうものが私にあったのかもしれない。どこからきたんだその体力。

信じる者は救われる、だとか、諦めなければ夢は叶う、だとか、そんな曖昧な理想論を語るつもりはないし、かといって、不運も幸運も結局は運だから、自分のせい・自分のおかげが100%だと思っているわけでもないのだけれど。
でも、私は巡り巡って、地獄をぬるぬると通過して、そうしてようやく、安寧の地まで流れ着くことができた。
運でも実力でも努力でもなんでもいいや。
結果論だけど、結果、私はここに辿り着いたのだから、よかったとしか言いようがない。
喉元過ぎれば地獄も消化できよう。・・・多分。

まあ、長々と、何の話をしているのかというと。

この記事を読んでくれた人たちが、どんな感想を抱くかはわからない。
「お前が悪い」なのか、「運が悪い」なのか、「結局幸せになったんだから今更文句言うな」なのか、「よく頑張ったね」なのか。
私は、その全てを少しずつ、自分に対して思ってるから、だれがどんな感想を抱いていても文句はないし、その通りだなあと思うと思う。

で、「人生なんてそんなもんだな」と思うわけです。今になってみれば。
頑張ったからって報われるとは限らないし、我慢してさえいれば幸福が訪れるわけでもないし、逆に、自分の行いとは関係なく、幸運やら安寧やらが向こうからどっばーん!と押し寄せてくることもある。
自分で選ぶこともある。選択して、覚悟しなきゃいけないこともある。
けれど、自分の意志だけで、何もかもをコントロールできるわけもなし。

だから、頑張るけど、頑張って駄目でも自分を責めないっていう気持ちだとか、地獄の底に転がっているときでも、まあそんなタイミングもあらあくらいに構えていられる心の余裕が大切だなって思うよ。

変な親のもとに生まれて、お金に困る生活をしていて、新卒で入社した会社の研修先にいじめっこおばさんがいて、恋人には無残な振られ方をして、忙しすぎて胃腸を全部壊して、転職先もその次の転職先もダメダメでも、絶望しなくていいし、幸せになれる。
事実として、そういうケースがここにある。
そのことが、今苦しみの真っただ中にいる誰かに、伝わればいいなあと思って書きました。

ぼちぼちいこうぜ。同士たちよ。

知ってる人が見たら絶対に身バレする内容だけれども。
もう私は身バレを恐れないぞ。
芋づる式に、私がオムニセクシャルであることだとか、夢女であることだとか、クソみたいな恋愛をしてきたことだとかが誰かにバレてしまうことになったとしても!
恐れないぞ。私はこのままはっぴーはっぴー人生をいくんだから。

今回はそんな話でした。長くなっちゃったね。ここまで読んでくれてありがとう。
ではでは、今回はこのへんで。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?