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旅、佐賀編。夏休み

こどもの居場所づくりを目指し、
ヒント探しに日本を旅している
SoraSiroのむぎのです。

大阪→京都→滋賀→兵庫→岡山→広島と進み、
ついに人生初の九州上陸。
博多で食を楽しんでから、佐賀の武雄にある よりみちステーション に見学に行ってきました。
夏休みが始まったこどもたちとたっぷり過ごした日々のことを書こうと思います。
最後までぜひお付き合いを。


よりみちステーション

佐賀の武雄温泉駅から歩いてすぐのところにある、「よりみちステーション」
平日開いていて、子どもたちが遊び場として利用出来る。
来ている子は小学生が中心で、
月火木金は「くむくむ」。
拠点にしてる家で、自由に過ごせる。
水曜は「ぼちぼちや」。
公民館を借りて活動するので、広々とした場所で過ごせる。
第1水曜日のぼちぼちやではカレーの日も開催していて、その日は無料でカレーを食べれる。
くむくむは普段は13:00~18:00で、ぼちぼちやは普段は14:00~18:00。夏休みの間は両方とも10:00~18:00まで。
お昼を挟む時は、昼食も出て、100円払えば食べれる。
駄菓子も売っているので、それを楽しみに来ている子も多かった。
今回は1週間お世話になったので、くむくむを4日間と、ぼちぼちやを1日、みんなと一緒に過ごした。


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なつやすみ

よりみちステーションに行った初日は、ちょうど夏休みスタートの日。
午前中に終業式があったようで、ランドセルを背負ったまま来る子もちらほら。
(ちなみに「背負う」は九州の方言で「からう」って言うらしい)
こども達の姿もTHE夏休み。
夏休みの宿題に、スライムづくり。
おやつには、かき氷をみんなで作る。
うわあ、懐かしいと思いながら一緒に過ごす。
小学生に戻ったような気分になった。

夏休みは、”家族” にとって一つの山場だ。
この暑さなので、室内で集まれる場所があることは、ものすごく大きいように感じた。
家以外の行き場があるだけで、家族それぞれの負担が減るように思う。

・ご飯が朝昼晩と必要になる
学校給食がある場合、家で朝晩だけ用意すればよかった生活が、3食用意しなければいけなくなる。
親が作ってる場合、親の負担が増える。
自分だけなら「適当に」ができても、他の家族がいるとそうはいかなくなることもある。
就学援助などもらえる家庭は、給食費がただになる。つまり夏休みは食費がかかるということ。
親が働きに出ている場合、こどもはどうにかして昼食を準備しないとならない。
大阪でこどもの里に行ったときにこども達が言ってた言葉が頭をよぎる。
「んー家だと食べたり食べなかったり」
「キッチンで火使っちゃだめって言われてる」
「だからね、卵あるときは卵かけご飯」
食材があったとしても、調理することができなければ、食べれるものにならない。
夏休みは、その生活が一ヶ月続くのだ。
そこまでの状況じゃなかったとしても、子どもの負担は増えるし、家だと兄弟姉妹とだったり、一人で食べることになる。
十分なご飯を食べれなかったり、ご飯が楽しい時間でなくなる。

・ずっと一緒だと煮詰まる
こうも暑いと、こども達の外に行く気力も奪われる。
だからといって家にいたら、親子関係も兄弟姉妹関係も煮詰まってくるのが家族だ。
それぞれ、自分の時間が作りづらくなるからだろうか。
煮詰まると、ぶつかることも多くなって、家の居心地が悪くなってくる。
家が、休める場所じゃなく、頑張る場所に変わってしまう。
そうなると、どんどんと悪循環に陥っていく。

・お金がかかる
暑いからと言って、誰しもが家でずーーっとエアコンを付けていられるわけじゃない。
エアコンを付けるということはその分電気代がかかるということ。
食費のこともそうだが、日中、学校という施設で補えていた部分のお金が、夏休みはすべて家族の負担となる。
出かけようとなったらそれこそお金がかかる。
こどもたちを連れて出かけるという親の負担も増える。

・居場所がなくなる
家に居場所のなさを感じている子の場合、学校がない日々は本当に行き場所がなくなる。
外は暑い。室内で行ける場所はだいたいお金がかかる。

他にも色々困りごと、負担はあると思う。
「学校」という公共施設がないことは、家族・家庭のあり方を大きく左右するのだ。
学校に行っていなくても、例えばフリースクールなどの選択をしている子の場合には、同じようなことが言えるんじゃないか。

だから、近所でかつ無料のふらっと行ける場所があることは、家族にとってものすごく力になると思う。
よりみちステーションの場合は、こどもが自由に遊べる場だから、親がこどもを連れて出かけなきゃという負担も減る。
「遊んでおいで!」と安心して言えるし、その間、他の時間に当てられるかもしれない。
ほんの少しかもしれないけど、心の余裕が生まれるかもしれない。
こどもにとっても自由に行ける居場所になる。
涼しい場所で楽しく過ごせる。
宿題を持ってきたら、家より捗るかもしれないし、みんなで教え合ったり、年上の子が教えてくれることもある。
それに、”みんなで過ごせる” ”みんなで食べれる” 場所があることは、ある子にとっては寂しさを埋める場所になるかもしれない。
兄弟姉妹で来てる場合でも、兄弟姉妹だけでいるのと、他の子も混ざって一緒にいるのでは大きく違う。
喧嘩せずに済むかもしれない。
よりみちステーションはそんな意味の場所のように感じた。


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ぼちぼちや

今回行った期間の、水曜ぼちぼちやの日は、ちょうどカレーの日だった。
調理は手伝いたい子は一緒にできるし、食べる専門でもいい。
今回は、カレーときゅうり。
各自好きなタイミングで、好きな量をよそって食べれる。
いつもそんなに人数は来ないらしいが、今回は夏休み始まりのタイミングだったからか、何十人も遊びに来ていた。
テーブルを囲んで、わちゃわちゃしながら、みんなで同じものを食べる時間は、カレーの日が設けられている意味が現れてる気がした。
そして、一人で食べたい子はそれでもいい。
そんなところが居心地の良さにつながってるように思った。

公民館は結構広いので、くむくむの日よりも大きい遊びができる。
卓球をしたり、カプラも盛り上がっていた。
カプラは木の板の積み木で、すべて3×15cmの長方形をしている。
全部同じ形だから、使う人の発想でいろいろな使い方をできるのがカプラの良さ。
そして、なぜか高く高く積み上げたくなっちゃうのもカプラの魅力だと思う。
ぼちぼちやでも、高く積み上げている子がいた。
二本ずつを井の字の形にどんどん積み上げていく。
途中、手が届かなくなり、台になる椅子をもってくる。
それでも足りなくて、椅子の脚に合わせてカプラを敷いて更に高い台に。
予想外のカプラの使い道が生まれた笑
結果は88段。
他の遊びをしてた子も横目で見ていて、「すごい!」とか「88段だって!」と大人に報告しに行く。
みんながみんな一緒に遊ぶわけじゃないけど、一人で遊んでいてもみんなが見守ってくれて、すごいって言い合って、そういう場所っていいなと思った。
家で一人で遊ぶのと、こういう場所で一人で遊ぶのとではちょっと違うのだ。
カプラの魅力はそれだけじゃ終わらない。
昼はTikTokを撮ったりスマホを見て楽しんでた中学生の女の子たち。
午後になってカプラを積み始めた。
途中から本気になり始め、来ていた上着まで脱いで夢中に積み上げる姿。
午前の彼女たちとは別人かと思うような姿だった。
そして、大人もこどももどんな人にも、童心ってあるんだろうなと、なんだか嬉しくなった。
カプラのなにが、こんなに人を本気にさせるのだろう笑


カレーの日
カプラ。88段で倒れる。



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ひまい

「ひまい(暇い)」
よりみちステーションにいた一週間で、何度この言葉を聞いただろうか。
来たらすぐに、何して遊ぼうかで悩み始める。
やりたいことが見つからなくて、「ひまい」
ゲームをしてても、飽きてきて「ひまい」
もう、とにかく ”ひまい” のだ笑
よりみちステーションは、大人が口出しとか提案はあまりしない。
基本見守っている。
だから、代表の小林さんは「暇でもいいじゃんー」と返すが、こども達は ”ひまい時間” が好きじゃないらしく
ひまいを連呼していた。
ひまいと叫ぶ子どもたちを見ていて二つ分かった。

一つ目は、一人でやるゲームって暇つぶしなんだということ。
みんなゲームは好きだけど、一人でやってる時は、あんまり目を輝かせてはいない。
もちろん一人でゲームを楽しんだり、ゲームすることで一人の時間を作ったりする子もいる。
だけど、誰かと一緒にゲームしてる時の顔の方が笑顔が漏れていた。
一人でやっていても、楽しいこと、嬉しいことを、大人や仲のいい子に共有しながらゲームしている子が多かった。
一人でやってる時って、楽しんではいるんだろうけど、半分くらいは暇を潰すものなんじゃないだろうか。
広島のブエンカミーノに行った時のことを思い出した。
みんなゲームは好き。
だけど、ゲームをしてる時よりも、川やプールに入ってる時の方が明らかに顔が輝いていた。
放課後になって、母親同士で話したり反省や打ち合わせなどをする。
男の子がゲームをしながらお母さんを待っていた。
話が長引いて来た頃に言ったその子の言葉が衝撃的だった。
「お母さん、暇。帰ろう」
ああ、暇を潰してくれてたんだ。
頑張って待ってたんだ。
お母さんのためにずっとゲームしてたんだ。
「ゲームばっかり!」
と思う姿の裏には、ちゃんと理由があった。
東京で、フリースクールのいもいもに行っていた時も、子どもたちが独自で放課後のゲームサークル的なものを作っていた。
みんなバラバラの場所から来ているから、
「放課後○○公園で遊ぼうぜ!」
とかは難しいのだ。
その代わりに、帰ってオンラインで繋がって、みんなでマイクラをする。
''ゲームいもいも''という名前がついていた。(なんか可愛すぎて聞く度ににやけていた笑)
やっぱり、家で一人でやるよりも、みんなでやる方が楽しいみたいだ。
ゲームってなんだろう。
なんだかそんなふうにも思えてきた。

二つ目は、外で遊ぶ方が暇じゃないということ。
「ひまい!」の次にはだいたい
「外行きたい!」
「サッカーしたい!」
「散歩したい!」
が来ていた。
よりみちステーションには、遊ぶものが結構色々揃っている。
クーラーもついてて涼しい。
だけど外に行きたがる。
この暑さだから、安全管理として、なかなか外での遊びは許可できないという状況が続いていた。
だから、危険アラートが出てない時に、噴水がある場所に行ったり、夕方の少し気温が落ち着いた時間に外に遊びに行ったり、そんなふうにしていた。
特に噴水は、全然ひまくならなくて、いくらでも居れるような勢いで遊んでいた。
何故か知らないけど、外の方が、やりたい、遊びたいが出てくるのだ。
ある人に投げかけた。
「夏休み、子どもたちはなんで暇なのか?」
さっと答えが返ってきた。
「暇つぶしできるものがあるから。究極の暇ならなにか生み出そうとして暇じゃなくなる。」
確かにそうなのかもしれない。
何も無い自然の中にいたら、みんなやりたいことがどんどん生まれてくる。
何も無いは、なんでも出来る。
室内でそれを上手くバランス取るにはどうしたらいいか。それを考えていこうとおもう。

遊びと遊び方自体が、社会の流れとともに変わってきている。
そんなふうに思う。
22の私でも、自分が小学生の時と今を生きる子どもたちでは、遊びが全く違う。
そしてこれから、もっともっと急速に変わっていくはずだ。
だけれど、変わらないものもどこかにある気がする。
変わっていく中で、
そして変わらないものの中で、
今を生きる子どもたちは、
どんな遊び場を、
どんな過ごす場を、
どんな居場所を求めてるのだろうか?
そんなことを見たり考えるのが、子どもたちが出してくれた、宿題なのかもしれない。


最後まで読んで下さりありがとうございました。
次の更新まで気ままにお待ちください!

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