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私は、今日も旅をしているー『僕が旅人になった日』発売によせて

「#旅とわたし」というお題企画をみつけたのは、昨年6月のことだった。

旅先での思い出や旅の醍醐味を綴った作品を募り、最終的には書籍になるというnote×ライツ社・TABIPPOの企画。

2010年1月に、青い空に白い雲がたなびく異国に降り立った。そこから10年。泣いて喧嘩して、誰かの優しさに触れて、迷いながら旅をしている私の海外移住のダイジェストが、本日発売された『僕が旅人になった日』に掲載されている。

一人旅、世界一周、巡礼、ホームステイ……一つのハッシュタグに集まった4000件の作品のうち、20名の旅がまとまった一冊の本。

この本が世に出た2020年9月16日現在、旅は依然として私たちの手から遠い。例のウイルスの影響で、海外旅行はもとより国内での旅も簡単にできるとは、ちょっといいがたい。

旅が消しゴムで消されてしまったような年に、この旅の本は、どんな気持ちで人の手に渡っていくのだろう。


旅なんて、もうしなくていいんじゃない?

思えば旅には、大変がついて回る。

お金を貯めて下調べに時間を費やして、さあゆくぞと期待をスーツケースに詰めて向かった先で、タクシーの運転手にぼられたり、気候があわずに寒い思いをしたり、慣れない水にお腹を下したりする。

見知らぬ場所で手にした興奮と緊張を、自宅のドアを開けてどさっとおろすと、「ああ、家が一番だな」なんてしみじみと思う。

世界では、ニューノーマルの名のもとに、新しいサービスが生まれている。これからは、自宅から楽しめるバーチャルな旅が増えるのかもしれない。オンラインで海の向こうの友人と簡単に話せるように、クリック一つで異国の絶景を見に行く旅。

テクノロジーの発展は大歓迎だ。だけれど、どんなに便利な未来が現実になったとしても、泥臭く旅に向かうことは、人の生活から消えないのだと思う。

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目に映る景色と足で歩く道が、自分の輪郭を少しだけくっきりと見せてくれる。それが、旅だと思うから。


憧れの空の下に、あるものは

ニュージーランドと聞くと、みんな何を想像するのだろう。人より多い羊だろうか。神々の箱庭なんて呼ばれる美しい自然を思い浮かべる人も多いのかもしれない。

たしかに、心躍るような景色はそこかしこにある。とくに夏の海。ビーチにサンダルで繰り出し、座ってアイスクリームを舐める時間は、それだけで天国だ。

けれども実際は、夏のビーチは日本の7倍ともいわれる紫外線がさんさんと降り注いで、日焼け止めを塗っても真っ赤になる。南極から吹く風は真夏でも冷たくて、がんがん体力を奪っていく。正直言って、私にとっては長居できるほど快適じゃない。

輝く太陽と光る海に吸い寄せられて、ふらっとビーチに出かけ、「ああ…やっぱり疲れた…」と家に帰る。これって、旅みたいだなと思う。

遠くから眺めるだけでは、憧れしか見えない。自分の身体をそこに持って行ってはじめて、想像していた以外の景色があることに気づく。

英語が通じず切符すら満足に買えない自分。
食器が山積みでゴミだらけのシェアハウス。
駐車場から眺める夜空の天の川。
見知らぬ旅人に、やさしい手を差し出してくれる誰か。

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隣の芝生はいつだって青く見える。でもきっとそこには、自分が知り得ない色があるのだろう。それはもっと明るいかもしれないし、驚くほど暗い色かもしれない。

見えないものに想いを馳せる想像力。それは、きっと自分の世界を少しだけ広げてくれる。そして、知らない世界に飛び込む旅には、きっとその作用が少しだけある。


今日も、旅をしている

日常から離れた場所に連れて行ってくれる旅は、なにも海外旅行だけとは限らない。いつもの道とは違う通りを歩くことさえ、ときには心を弾ませる旅になる。

いまは、いたるところに旅が足りない。

航空便はすっかり減ってしまい、ニュージーランドから日本行の飛行機は週に1便しか飛んでいない。

思考と身体を遠くに運んでくれる電車の旅も、異文化に飛び込む学びの留学も、誰も自分を知らない町を歩く一人旅も。すべてが消えたわけではないけれど、多くの旅が息をひそめて眠っている。

肌にあたる風を感じて、まだ見ぬ大切な人と出会う旅が、当たり前の顔をして、早く戻ってくるといい。

いつかのその日に。それぞれに違う20人のストーリーが、旅に出る人のバックパックやスーツケースの隙間にお供してくれたら、一つの話を寄せたひとりとして、じわじわと、うれしいなと思う。


旅ってまったく楽じゃない。人知れず悩んだり、泣く夜だってある。人生が旅というのなら、私はまだまだ迷子みたいだ。

それでも。あの日、ニュージーランドの空の下に降り立たなければ。きっと、いまの自分ではなかった。この地で生まれた娘にだって出会えなかった。たぶん、文章を書く仕事にも就いていない。

日々はどうやったって巻き戻らないから、笑うしかないのだけれど。

この10年で出会った人の顔を思い浮かべると、それでもやっぱり、あの日、旅人になってよかったって思うんだ。ホントだよ。


***

もう一つお知らせです。

9月18日(金)にオンラインで開催される出版記念イベントに、ゲストとして参加させていただきます。

「旅について書くことのおもしろさ」をテーマにしたトークセッションとのことで、もし気になる方いらっしゃれば、ぜひ。イベントは無料で、お申込み方法についてはこちらをご確認ください。

【日時】2020年9月18日(金)19:30~21:00
【会場】オンライン(zoomのウェビナーを使用します)
【チケット】
・イベント参加のみ:無料
・書籍+TABIPPOステッカー付きチケット:1,650円
【ゲスト】
・大塚 啓志郎(ライツ社 代表取締役 編集長)
・中村 雅人(世界一周学校 校長MaSaTo)
・野田クラクションベベー(The Sauna支配人)
・サトウ カエデ(ライター)
・齋藤 光馬(登山アプリ「YAMAP」営業・企画・エディター)
【詳細】
https://tabippo.net/event/publish-event/


お知らせの文章を書いていて、最後に思い出したのですが、ニュージーランドに移住した当時、何年かブログを書いていたのでした。いつか、移住の記録が本にでもなったらいいなと、身の丈に合わない夢を抱きながら。

『僕が旅人になった日』に掲載されているエッセイは、noteで公開された文章に加筆し、さらに写真やイラストが加わり大層素敵な仕上がりになっています。

全世界的に人々が外出を禁止されるような前代未聞の春を超え、旅の本を世に送り出してくださったライツ社の大塚さまはじめ、関係者の方々、ありがとうございました。

本当にいつか、気軽に旅に出れる日々が戻ってくるのを待ちながら。


航空便の関係で、私の手元には紙の書籍がまだ届いておらず、本文中の画像はこちらからお借りしました。https://tabippo.net/bokutabi/


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