アタッシュケースはダサいと思っていた頃【元ホテルマンの記憶】
なんてごついんだろう。ホテルで宴会場の営業担当に異動したときに会社から貸与されたアタッシュケースを見て思いました。
かたくるしいし重たいし、ほんとうにダサい。これを持ち歩いて営業するのかと不安になりました。
中に入れるものはホテルのパンフレット数種類、宴会場に関係する資料等、紙類ばかりで天気が悪くても折りたたみ傘も入れられない。
営業先は法人関係が主体です。いろいろな企業、協会や団体などにホテルの宴会場の利用をお願いしてまわります。
アタッシュケースでかしこまった様子で訪問した方が見た目にも信頼されるのか?とも思いましたが長くホテル内でユニフォームを着て仕事をしてきた私にはきどっているみたいでいやでした。
当時、ホテルに入社してから10年、ハウスキーピングという場所で客室の清掃、インスペクションやメンテナンス等の内勤をしてきた私は、急に異動になった営業部門になじめずに途方に暮れていました。
相手に呼ばれてもいないのに営業に行くことになっとくがいかず、引き継いだ企業に行けば前任者との違いにプレッシャーを感じたり、初めての企業に飛び込みセールスをするときは何を話していいのかわかりません。
たしかに宴会場のウェイターの研修もしたし、他の営業マンと同行して所作も学んだ。しかし今まではお客様の方から来られていたのに自分からうかがうなんて・・・・。
営業している自分自身がいつまでもイメージできない。弱気になり、つらい、行きたくないと悶々とする日々。
ほとんどの出来事をマイナスにしか思えなかったあの頃。ダサいとしか思えないアタッシュケースを持って歩くことがわずらわしい。
「ああ、アタッシュケースが重たい」
当時は東京都内を中心に営業していました。途方に暮れる毎日で相棒のアタッシュケースを引きずるように営業していたある日、中央線のお茶の水駅に降り立った私。
ここには私が高校生の頃に好きだったシンガーソングライターのさだまさしさんの名曲「檸檬」の歌詞にある聖橋があるじゃないか・・・。
うる覚えの歌詞が頭に浮かび口ずさむ。
「食べかけの檸檬 聖橋から放る~快速電車の赤い色がそれとすれ違う~」
「このアタッシュケースも放りたい・・・・」そう思った。
神田川、ニコライ堂、観光地ぽい場所を地図を見ながら歩く。
「その気もないのにパンフレットをたくさん入れてきてしまったなあ・・」
なんてぼやいたことを思い出します。
そして月日は流れて自分なりの営業スタイルができてきたころ、アタッシュケースもだんだん自分になじんできました。
いちばん良いと思ったのは支えもなく自立するということ、四角くごついアタッシュケースは床に置けばそのまま自立する。それは名刺交換の時にとても大切なことでした。
ホテルの営業は、物を販売したり機器をリース契約したりする営業マンに比べると直接売られるものが無いのでさほど警戒されません。
ホテルを利用する機会がなければお呼びがかからないからです。
ただ、相手にとって意図しない訪問は、仕事の時間を取ることにもなり、負担をかけることもあります。できるだけ時間をかけないで、かつうかがったことを印象づけないといけません。
担当の方に会えたら、できるだけ邪魔をせずに良い印象をキープして継続して訪問が許されるのが理想です。
「お忙しいところ申し訳ございません。ホテル〇〇でございます。御社で催事の企画、行事などホテルご利用の機会がございましたらお声がけください。よろしくお願い致します・・」
アタッシュケースをその場で床におろして上着の内ポケットの名刺入をを取り出します。いつの間にか挨拶のきっかけから名刺交換までの所作が自然にできるようになっていました。
また、アタッシュケースの丈夫なつくりは、雨が降っていようが少々ぶつけようが、よほどのことが無い限り中に入っている書類は濡れることも、汚れたり折れ曲がることもありません。
仕事を続けてパンフレット、請求書、領収書等、仕事に使う書類が大切に思えてきた頃には丈夫なことがありがたいと感じるようになったのです。もの言わぬ相棒は選ばれてここにあるのだと思いました。
もし、もういちど同じ営業をしなければならないとしたら、私は迷わずにアタッシュケースを持つでしょう。
でも、もう体力的には無理ですけど・・・。
最後までお読みいただきありがとうございました。