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『スロウハイツの神様』を読んだよ

 辻村深月さんの作品が好きです。今日は『スロウハイツの神様』のお話をしたいと思います。

 普段は好きなアイドルについて壁打ちしております、halと申します。

 中学生のころに『ぼくのメジャースプーン』を拝読してから、一番好きな小説家は辻村深月になりました。あんなに五感を使って感情移入させられたのは、あの小説が初めての経験でした。

 ただ、ライト層の私、辻村深月ワールド全てを網羅できているわけではなくて。貧乏高校生が昼食代をけちって買ったのが、講談社の中だと『凍りのくじら』『ぼくのメジャースプーン』『名前探しの放課後』『冷たい校舎の時は止まる』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』くらいのものでした。

 金銭的に余裕のある今、そしてせっかくの読書の秋、いい機会だし全て読んでしまおう!と思い、講談社文庫おすすめの順番で読み始めた1冊目が、『スロウハイツの神様』です。未読の方向けの話にはならないと思うのでぜひ読んでください。Kindle版リンクつけておきます。

 人気脚本家「赤羽環」がオーナーを務める「スロウハイツ」を舞台には、環が集めた友人であり、かつクリエイターの卵たちが入居しています。まるで昭和を代表するマンガ家が手塚治虫のもとに集い、若手時代をそこで過ごした「トキワ荘」のようなそこで、創作に向き合う彼らが織りなす物語とは。

 あらすじはこんな感じかな。
 
 ここからは初読の感想を一発書きするので、支離滅裂だったら申し訳ないです。

 辻村深月の作品の一番の魅力って、この世代の少年少女の心情をえぐり取るように描写していくところだと思うんです。赤羽環の痛み、円屋伸一の劣等感、森永すみれの甘さ、長野正義の決別、加々美莉々亜の虚飾、狩野壮太の抱える矛盾に、千代田公輝の執着。私は創作をしないけど、魂を削って何かを生み出すこと、それぞれの創作にかける想いが、痛いくらいに伝わってくる作品でした。

 上巻は序章、下巻が本番、なんてレビューもたくさんみて、物語全体を通してみれば確かにそうだとも思うのですが、とりわけ私が共感したのが、共感できてしまったのが、円屋伸一の章でした。

 若くして大人気脚本家である赤羽環の、高校の同級生。自身も漫画を描く「創作家」でありながら、近くに絶対的に及ばない、尊敬せざるを得ない人間がいたエンヤ。「環ちゃん」のつくる作品が良いものであればあるほど、自分の及ばなさを痛感して、劣等感に沈んで、羨んで、嫉妬して。

「単純に、悔しいんだ」
 ややあって、ポツリとした声でエンヤが言った。
「やり方がわからない。同じ年でここまでできるのかって思うと、自分のことが、なんだか」

 ここで私は泣きました。自分より「凄い」人間が目の前に存在していて、じゃあ自分はなんなんだろう、自分のしていることは、過ごしている時間はなんなんだろうって無力感に絶望して、どうしようもできなくて。その気持ちが、痛いほどわかってしまった。

 私、「敵わない」って感情自体が心底好きなんですよね。尊敬と同系をマグカップいっぱいに注いで、ひとさじだけ、嫉妬心を加えたような感情。たった1匙のどろどろと燻っていた苦みが、それでも顔をのぞかせるような、そういうの。

 狩野が独白で言うこのセリフ。

 環を意識してはいけないし、する必要もない。だってあれはスティグマなのだ。
 健全でネアカなエンヤが、それを持たないことは幸運なのだ。

 けれど、狩野だって持ってるわけです。「そこを根源にできるような闇」を。

 努力でどうしようもならない壁があります。努力は必ず報われるなんてありえません。凄惨な過去だって、それすらも得難い経験で。創作の根源にできるそれを持つことも、持たないことも、きっとどっちも、自分を幸せにする要素なんだと思います。

 でも、悔しかったなぁ。エンヤが結婚して、子どもができて、その普通な幸せが、「健全でネアカなエンヤ」に与えられたこと。人の幸せを他人が計ることはもちろんできないけど、エンヤに与えられたのが「一般的な幸せ」なことに、どっか切なくなりました。エンヤは主人公にはきっとなれないし、たぶん、わたしも。

「誰かと対等になりたいなんて、声に出して言っちゃいけないの」

 チヨダ・コーキの背を追いかける環だからこそ言えたこのセリフ。強い、強い環の言葉。エンヤが好きです。環も好きです。この小説に出てくる誰もかれも、彼らが持った感情全てひっくるめて好きです。この世の中できっと特等美味しい感情です。

 でも、自分を投影して読んでいたエンヤが、環によってばっさり切られたとき、多分、私は致命傷を負ったんだと思います。鮮血が胸の中心から溢れる、感覚がしました。読者の心を揺さぶる、素敵な作品でした。いいな、私も、誰かの心を揺るがす創作がしたいな。


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