1クラス50人


団塊の世代で、じゃないよ。
わたしが入学した小学校での、かつての話。
千葉の稲毛にある小学校。稲毛すみれ幼稚園の卒園者がゆく稲丘小です。
オール3クラス。全学年3クラスずつ。
因みに1年生は、クラスによって色が決まっていてね。信号機に擬えていたのよ。2組だったわたしは、黄色でした。

団塊の世代。
昭和22~24年ぐらいの生まれを言うんですかね?正式には。
その人達が、丁度学齢期に達した時の開校だと思うの。
だからだったんじゃない?名残りなのね。

1クラス50人もいたら、大変です。
今でも覚えているのは3、4人。いや、5、6人かなぁ?やはり出ますもんね、目立つ子、目立たない子っていうか、元々が。
先生は大ベテランの、鈴木先生でしたけど、果たして十分にクラスの子を把握できていたのかしら?
最初は怖くて怖くて喋れなかったけど、段々鳴れた。
鈴木先生は1年生専門なんです。
けど、何故かわたし達が2年生になる時、一緒にあがって来て下さってね、嬉しかったなぁ。(クラス替えはなかった)
あの先生に2年間も受け持たれて、幸せだった。
わたしの2大礎(いしずえ)です。

作家の故・三浦綾子(「塩刈峠」が好きでした)が、教職時代。
受け持ち50人、ひとりひとりについて、毎日、コメントみたいなのを書いていたそうです。
その子達に渡したそうですが、「どうしても,日々のエピソードが思い出せない子がいる」
正直に書いています。
そういう場合もあるでしょうね。

1クラス50人。
想像して御覧なさい。

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