2.社会不適合者でも生きていけるから新社会人のみなさん安心してください(素人小説)

菖蒲あやめ:共感覚・HSP・メンタリズム
櫻太おうた:薬中筋肉馬鹿・ヤリチン・元軍人
盃都はいど:甘党ニコチン中・元医者・デリカシー無し男・神経質
葉月はづき:天才ハッカー・不登校・スマホ依存症
千鶴ちづる:社会不適合者たちを束ねる謎の女

 菖蒲がメンバーの人間性に呆れているところ、ミーティングポジションに女性特有の歩く音が聞こえてきた。

 尖ったヒールが床にぶつかる音。

 菖蒲はソファに座り直し身なりを整える。しかし、他のメンバーは相変わらずのようだ。

 櫻太は欠伸をしてソファに大の字に座り、人より場所を多く占領。
 盃都は相変わらず激甘コーヒーを啜り、葉月は上下明らかにサイズの合わない大きな紺のジャージに体育座りで両膝を抱えて盃都の横でスマホをいじっている。

 これからBOSSが来るってのに、なぜそんなに呑気でいられるのか菖蒲は不思議でならなかった。

 我らがBOSSこと松本千鶴まつもとちづるはメンバーに強く当たる人間ではない。無駄に恐れる必要はない。だが、彼女が放つ独特のオーラが、ここにいる人間とは別格であることを感じさせる。

 菖蒲は別にオーラが見えるとか幽霊が見えるとかそういうわけではない。ただ共感力が高いのだ。相手の雰囲気に呑まれやすいと言えばそれまでだが、とにかく雰囲気から相手が感じたものや記憶やあらゆるものを感じ取ってしまう。

 今回も菖蒲は千鶴が放つオーラに当てられている。そろそろ慣れてもいい頃だが、共感性が高い菖蒲には難しいようだ。
 数ヶ月前までは千鶴に会うたびに彼女の壮絶な過去を一瞬にして強制的に追体験させられてしまい、千鶴の目の前で盛大に嘔吐した時に比べるとだいぶ成長したようだ。

 千鶴はヒールを鳴らしながらミーティングポジションにあらわれる。真っ赤な上下セットアップのスカートスーツに真っ黒なルブタンのヒール。プラチナブロンドのセミロングヘアは緩いカーブを描いて彼女の肩に乗っている。西洋風の顔立ち。
 表情はいつも自信満々に口元を上げているか無表情。目はあまり笑わない。それは彼女の壮絶な過去ゆえか、ボトックスか。いや、彼女はそんな人間ではない。若さに固執することはないだろう。

 出立ちだけでも彼女が目立つ存在であることは一目瞭然。菖蒲からしてみれば、彼女はなんとも攻撃力が高そうな見た目と中身なのだ。

 今日も強そうな彼女のオーラに負けじと、菖蒲は千鶴に対しては一線を引き彼女の心に入り込まないようにして踏ん張る。

 そんな菖蒲を知ってか知らずか千鶴は菖蒲に微笑む。

「今日も調子よさそうね、菖蒲くん。さっき東口から走ってきたでしょ?そんなに急がなくてもいいのよ、緊急なら集合なんてかけずに君を迎えに行ってるから。」

 まさか必死に走っていた場面を見られていたとは。少し恥ずかしくなる菖蒲を櫻太はニヤリと笑って茶化す。

「お前そんな必死に走ってきて俺に負けたのか?」

「しょうがないだろ、現場が北口と反対で東口にタクシー降ろされたんだから。」

 櫻太はことごとく菖蒲を揶揄ってくる。それは同い年故なのか、相性の問題なのか。菖蒲は心底ウザそうだが櫻太は非常に楽しそうである。

 そんな愉快に菖蒲を貶す櫻太に盃都が揚げ足をとりに行く。
「櫻太、お前はすぐ裏のラブホでヤッてたくせに数キロ離れた場所で仕事していた菖蒲に遅れを取るところだったじゃないか。」

 盃都の言葉に葉月はウジ虫を見たような顔をし嫌悪感を露わにする。
 菖蒲は信じられないものを見たかのように顔が引きつる。
 対照的に千鶴は全く表情を変えずに櫻太を見てから、優しく微笑んで櫻太に釘を刺す。

「病気で任務に支障が出たら困るからね。」

「そん時はヤブ医者になんとかしてもらうよ。」
 千鶴の嫌味に怯むことなく切り返す櫻太。

「あいにくもうお前は手遅れなのと、馬鹿と性病は専門外だ。」
 櫻太が盃都を指差して言うものだから盃都は更に嫌味で返した。

「もうアンタの盾になったりしないからな!次の任務は背後に気をつけろよ!」
 まるで子供の喧嘩のようだ。そんな様子を心底どうでもいいというようにボーッと見つめる葉月は、もしかしたら一番大人なのかもしれない。

 櫻太と盃都のチャンバラごっこが落ち着いたところで、千鶴はみんなの中央にホログラムで資料を提示して任務の説明を開始する。

「今日の任務は“これ”の奪還。」

 “これ”というのは資料に映し出されている中学生の子供のことだろうか。いや、その前に“これ”って。人間に対して言うものではない。

 こういう部分がやはりこのメンバーを集めただけあって千鶴も多少世間とは離れた存在である。

 資料を読んでいくと“これ”こと中学生の名前は紫水晶しすいあきら。14歳。慶成大学附属中学校2年生。両親は父親が参議院議員、母親は外務省官僚。

 先月から不登校。警察に捜索願いが出されたのは不登校になって1週間後。父親が出したのか。

「なんだよ、親が金持ち×国のエリートで慶成大エスカレーター組ってこのガキ誘拐でもされたのか?」
 みんながなんとなく思っていたことを盃都がどストレートに言う。彼の言い方を気にするでもなく他のメンバーは千鶴の持ってる情報を促す。

「誘拐という認識で間違いないわ。ただ両親はそう思ってないみたいだけど。」
 千鶴はその後も淡々と持っている情報を開示していく。

 どうやらこの紫水晶の父親と母親、離婚しているようだ。親権は珍しく父親についている。日本では母親に親権がつくのがほとんどだ。珍しい。

 父親は代々議員の家系だ。後継が必要なんだろうか。だが、だからと言って母親が我が子を見離すだろうか。わざわざ離婚したんだ。円満離婚なんて口では言うものの、その実は大抵相手を相当嫌っており、“相手との関わりから解放されるにであれば円満に離婚します”とお互いに嫌い同士が合意しただけの体のいい言い訳だ。

 と、盃都が考えてそうだなと菖蒲が思っていると盃都は菖蒲が推測した考えのその先を続ける。

「嫌い同士が合理的に離婚したとして、外務省のしかも海外活動メインの部署の官僚がただ息子の親権も手放すなんて考えられるか?この母親がどこかに隠したんじゃないか?」
 盃都がそう言うと櫻太も続く。

「それが一番妥当だな。海外活動メインの官僚ってことは、つまり現地任務だろ?そういうお偉いさんの護衛についたことあるが、外務省の特にこの情報統括課に関しては何処にでもいくぜ。干渉していない国がないんじゃないかってくらい。軍には邦人が何処で何してるのか定期的にマップが送られてくるだけどよ、こいつらがいない地域を探す方が難しかった。だからまあ、隠し放題だな。」
 先ほどまで小学生並みの言動をとっていた櫻太が仕事になるとちょっとまともになるあたり、これがやつの天職といっていいのだろう。

 今の情報を元に葉月はすでに外務省と軍のシステムにハッキングをして紫水晶の母親が関わった国と地域を割り出していた。

 おまけに、警察が二人に聴取した際の映像データを引っ張ってきて再生する。
 これは菖蒲にこの時の二人の心理やら記憶やらを何か探れと暗に言っているのだ。

 菖蒲は盃都たちが言うように父親からは息子がいなくなって動揺している様子が伝わってくるが、母親は泣いてるフリなのかあまり感情が動いていない。
 その旨を伝えると葉月は出国データと母親が頻繁に入国したことがあるや長期滞在していたことがあるエリアを照らし合わせる。

 すると、一つのエリアが浮かぶ。

「韓国?」
 葉月が意外そうに国名を読み上げた。

「なんだよ、案外近くにいるじゃねーか。」
 櫻太は拍子抜けしたとでも言うような言い方だ。

 だが、ここで疑問が一つ。菖蒲は思わず聞く。
「でもさ、なんで警察に届け出たのに撤回してるわけ?撤回したのは母親じゃなくて父親だし。それなのにまだ戻ってきてないんでしょ?紫水晶。」

 みんなが一斉に考え出す。
 葉月は他に使えそうなデータがないのか、さらに漁り始めた。






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