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「みんなと食べるとおいしい」けれど

今日は夫が、高校時代の野球部で年初めの野球に出かけており、朝から1人だった。
正月も3日目だったので、昨日の続きでだらんとしていたのだが、生理前の胃袋が疼いて仕方がなく、なんだか落ち着かない。
正月は実家に帰ったり、彼の実家にも挨拶に行って連日ご馳走であった落差も相まって、お腹が加速度的に空いていくような気がする。

そんな状況で、YouTubeで生エビをそのまま食らい、殻と頭でスンドゥブを作る動画を見た瞬間に、考えられることはエビのみであった。
すでに頭の中ではエビが踊り狂っている。

家でダラダラしていたい気持ちもあったがエビへの欲望が抑えられず。
ひらりと2キロほどあるコートを羽織って足早に駅前に行ったまではよかったのが、エビを求めスーパーの前まで来るとようやく気がつく。
やっていない。

「そういえば今日はまだ1月3日だった」と気がついたのは、がらんとしたスーパーの目の前に立った時であったから、本当にエビで頭がいっぱいだったのだと思う。

せっかく来たのについてない。
がっかりして、近くの商業施設(こちらはせっせと営業していた)の、申し訳程度にあるスーパーをダメ元で探してみることにした。
先ほどのスーパーと比べると、段違いに狭いので期待はしていなかったのだが、幸運なことに頭つきのエビに出会えた!
ここはあくまで商業施設なので、本当に家族で囲むようなお高い伊勢海老かカニしかないと思って、最初から諦めていたのだが。
7尾というほどよいボリュームで、かつ頭がついている。
(頭がついているのは私の中で必須条件だった。エビミソがたべたい。)

ラスト1パックだったこともあり、即座にカゴに放り込みたかったが、なんとなく誰にも勘付かれてはならない気がして、「たまたま今日はコレを買うわ」と唱えながらカゴに入れた。
スンドゥブに必須らしいアサリはなかったけど、なんとかなるやろという前向きな気持ちはこの買い物かごのエビのおかげである。

神様がきっと、るんるん気分でスーパーに行った私がスーパーの前で肩を落としたのをみて、ここでエビが手に入るようにしてくれていたに違いない。ありがとう神様。
ついでに今年の運気もよろしく頼む。

*

帰宅早々、エビの処理を始める。
エビを1人で剥くのは初めてだったはずだが、欲望ゆえなのか、するすると剥けた。
かろうじて知っていた背わたを取り除き、えびのミソなのか、内臓なのかよくわからない部分はとりあえずスンドゥブの中に入れておいた。
コチュジャンやら、調味料を入れたら完成。
ちょいと味見をしてみたが、うますぎるな。天才かもしれない。

まだ16時くらいだったが、苦労して調達したエビと、ビールを喰らうのが楽しみであった。
いつもだったら彼と小競り合いが起きるであろうが今日は独り占めできる。
自分が自分の欲を満たすだけのご飯って、スゴい贅沢。

そんな気持ちをどこからか察したのかもしれない。彼からLINEがきた。
どうやら、夕飯は家で食べるらしい。

1人でエビを食らうのが楽しみだった気もするけど。仕方がない、この惚れ惚れする美味しいエビとスンドゥブを分けてやるか。まあちょっと残念な気もするけど、これはこれで反応が楽しみってことで許してあげる。

*

食べたいものに本気になって、ありつくご飯は幸せである。
よく言う、「みんなでたべると美味しい」は間違いではないけれど、今日は「1人でも美味しい」ご飯だった。

「みんなで食べると美味しい」、だから帰っていてくれて嬉しい。
そんな気持ちは0ではないけど、今日のわたしは「お皿を洗ってくれる人が来てくれておいしい」みたいだ。彼のおかげで幸せな食後にありつける。

ご飯は毎日つくるから、たまには自分を幸せにするためだけのご飯も許して欲しい。
このおいしいエビに免じて。

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