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【読書メモ】今週読んだ6冊




『天国の修羅たち』深町 秋生


・一作目が映画化されたヘルドックスシリーズ完結編。これまでは刑事やヤクザの男たちが主人公だったけど、今回は女性の刑事が主人公。
・主人公がヒドい目に遭うことに定評のあるシリーズだからハラハラしたけど、今回の女性主人公が一方的な暴力や性暴力を受けるシーンは無くて安心した。暴力は食らうけど必要最低限という感じ。こちらからも暴力を行使するし。
・今回も地の文での情勢・勢力図の説明が多い。もっとこう、会話文でスマートに伝えるとかありませんでしょうか。
・「正義感の強い刑事が警察組織の腐敗に直面して、現実と戦うために道を踏み外していく」がこのシリーズのテーマだと思っている。正義感が強い人が道を踏み外すシチュが好きな人にオススメ。
・完結編だけあって過去作ネタが多め。前作・前々作を読んだ人はあまり間を空けずに読んだ方がいいかも。せっかく過去作のキャラが出てきても人物名とか忘れて「どなたでしたっけ?」になったら勿体ないので。

『サンタクロースを殺した。そして、キスをした。』犬君 雀

・クリスマスを消し去る異性愛ラノベ。せっかくなので24日の夜から25日の未明にかけて読みました。
・非モテ界隈の「クリスマス粉砕」みたいなノリかと思って読んだら痛い目を見る作品です。本作は非モテには優しくない。
・巻き込まれ系主人公というやつ。とある計画を書き記した手帳をヒロインに拾われて「内容をバラされたくなければ自分と恋人になれ」と言われる。そこから二人の12月25日までの日々が始まり、物語が幕を開ける。というあらすじ。
・ヒロインは不思議な力を持つノートを持っている。曰く、書いたことが実現するノート。ただし「自分が望んでいないこと」に限る。そんなノートを何に使うのか、そうだ、クリスマスを消滅させよう。家庭環境の悪いヒロインにとって悪い印象しかないクリスマスを。そのためには恋人を作ってクリスマスが楽しみにならなければ。そうすればクリスマスの消滅は「自分が望んでいないこと」になって、晴れて目的は達成できる。若すぎて何言ってるのか分からないと思うだろうけど、ぶっとんだ発想は若者の特権です。
・望まぬこと限定で叶えるノート、という発想が面白い。最初にこの設定を考えてから物語を膨らませたんじゃないかと思うくらい秀逸な設定だと思う。
・「一緒にさびしくなろう」という台詞が印象的。「さびしくないよ」と励ますのではなく、隣に並んで立ってくれる感じがする。

『禁じられた遊び』清水 カルマ


・真綿で首を絞めるように日常が侵食されていくジャパニーズホラー。とある怪異が発生して、そいつに主人公たちが襲われていく展開で作品が構成される。舞台は孤立した山荘などの閉鎖空間ではなく、普通に街なかのお寺とかテレビ局とかで突然襲われる。日常の中でいつ襲ってくるか分からない緊張感が独特な読み応えを醸し出している。
・髪をショートカットにしてマニッシュなファッションに身を包みフリーのカメラマンとして活動している主人公の女性が、夫と子供を持っている女性を街なかで見かけて、自分のことを「女としての幸せを捨てている」と表現するシーンがある。女としての幸せってなんでしょうか。形がなんであれ、女が幸せになればそれは女としての幸せではないでしょうか。
・「女の嫉妬」がモンスターとなって他の女たちに襲いかかる展開がいかにも「男の書いたホラー」だな~、って思ってしまう。女の情念をモンスター化して描く展開が、いかにも。怪談で女の幽霊が多いのも、過去に女性に酷いことをした男たちの後ろめたさから生まれているからだっていう説もあるし。あ、清水カルマ先生が女性でしたらすみません。
・犬が好きな人は読んではいけない。

『いまさら翼といわれても』米澤 穂信


・アニメ化された『氷菓』の原作シリーズ第6巻。今回も短編集。
・いわゆる「日常の謎」を紐解くミステリ。殺人事件はもちろん起きず、「事件」とも呼べないような些細な出来事の裏に潜む、胸を打つような真実を暴く。
・ジャンルはミステリだが、物語の真相を読者が前もって推理するのは正直いって至難の業。たとえば殺人事件なら犯人(フーダニット)トリック(ハウダニット)動機(ホワイダニット)など推理すべき事柄があらかじめ決まっているので分かりやすい。だけど日常の謎はこれらがあったり無かったりするので、そもそも何を推理すべきかが分からなかったりする。頭脳に自信のある人はチャレンジしてみよう。
・主人公は「やらなくてもいいことならやらない。やらなければいけないことは手短に」という省エネ主義を掲げている。なのに毎回ミステリ案件を推理することになる巻き込まれ系主人公。そしてサラッと事件を推理してみせるのだが、彼の省エネ主義は結果的に揺らぐことなく終わる。結果的にエネルギー消費を最小限に抑えて終わるなど、彼なりに毎回辻褄を合わせているのが面白い。
・今回は2話『鏡には映らない』の真相が痛快だったな~。主人公がマジで主人公してる。
・主人公が中学生の時に書いた読書感想文の『走れメロス』の考察が面白い。曰く、物語後半でメロスに襲いかかる山賊は王の刺客ではない。なぜなら人を信じていない王はメロスが戻ってくるなんて思っていないから、戻ってこない相手に対して刺客を放つ必要はない。では誰の刺客か?それは「王がメロスの帰還によって改心されては困る立場にいる誰か」である。終盤でメロスに「もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい」と言ってくるフィロストラトスはセリヌンティウスの弟子ではなく、彼もまた刺客の一人。土壇場になって言葉でメロスを妨害するべく放たれたのである。メロスの帰還で王は改心したが、刺客を放った影の存在を鑑みるに、王の改心による平安は長くは続かないのではないか、と締めくくられる。
 余談ですが、私の『走れメロス』の解釈は「王はそもそも改心などしていない。メロスの帰還によって処刑場に集まった民衆が一斉にメロス達に共感したため、『王としての求心力を保つためにはこの場は改心したフリをした方がいいな』と打算しただけ」です。空気を読んで大衆に迎合したわけですね。

『鹿の王』2巻 上橋 菜穂子

・ファンタジー×感染症という異色の組み合わせ。それが違和感なく合わさって面白さを爆発させている。
・ファンタジー世界だけど治癒魔法みたいな便利なシロモノは無し。また本作の舞台となる国では前時代的な価値観が強く、近代的な医術が根付いておらず注射という概念すら無い。そんな国で凶悪な感染症が猛威を振るうわけですよ。
・やんごとなき立場の貴人が疫病を「獣の乳を飲む連中など、獣に近い卑しい者だけが罹る病気だ。我々は罹らない」という迷信を信じているシーンが印象に残った。狼などを媒介とするため、獣に近い人間だけが罹るというロジック。昔、アメリカでHIVが流行した時に「エイズは『ゲイの病気』だから俺たちは関係ない」という誤解が広まった結果、異性愛者を含めてみるみるうちに感染が広がったのを思い出す。
・免疫という概念を知らない人に免疫を説明するシーンで「体の中に外敵から身を守る兵士がいて、そいつらに敵の顔を覚えさせる。そうすれば敵がやってきた時にすぐやっつけられる」と言っていたのが「わ、わかりやすい・・・」ってなった。
・近代医学の概念が無い国でワクチンを作って摂取させる。当然副反応を起こす人もおり、過敏反応で気道が腫れて呼吸困難になる時もあるので気道を確保したりと大忙し。
・前時代的な世界に近代技術を持ち込むシチュエーションで「異世界転生モノ」を連想する人がもしかしたらいるかもしれない。けれど本作はまったく俺TUEEEEではなく、技術を持ち込んだ医師自体も試行錯誤の連続で苦悩したり、連続の激務で過労になったりする。大変なんです。

『ウは宇宙ヤバイのウ!〔新版〕』宮澤 伊織


・宇宙がヤバイ百合SF!
・新版の発売にあたって、元は男女物だったものを主人公を女性に変更して(いわゆる女体化ではなく根本的に設定から女性キャラに変更)百合として再構築したとのこと。その意や、良しッ!こういう百合リメイク、もっと広まれ!
・私は男女物の小説を読む時に男性キャラを脳内で女性に変換して百合として読むクセがあるんだけど、それを実際にやってくれるとは。さすが『裏世界ピクニック』の宮澤伊織先生だぜ。
・世界5分前仮説、多世界仮説、ブラックホール。SFで聞いたことのあるワードがテンコ盛り。SFドカ盛りどんぶりみたいな作品です。
・「時間遡行恋人救出防止係官」なる存在が登場する。「恋人の命を救うために時間をさかのぼる奴が多すぎて時の流れが歪むので、そいつら専門の取締官が出来た」という設定。面白すぎる。
・ドタバタSFコメディ、ときどきシリアス。高度なギャグで笑い転げたい人にマジオススメ。
・サブキャラの女性キャラ同士の百合キスシーンがある。これ、旧版ではおそらく「非百合作品の百合的サービスシーン」みたいな扱いだったんだろうけど、今回の新版はメインも百合なので心ゆくまで楽しめました。
・あとがきの「当時のラノベ界は『女性主人公は売れない』という風潮があり、百合にするという発想自体がなかった」という部分が胸にしみる。もう、そんな迷信は無いと思いたい。自由に百合が表現できる業界になったと信じたい。

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