かえりみち
「蛇とピアスって小説あるやん。私こないだ、あれの主人公のルイに内面似てるって言われたんよね」
「あー、確かにそうかも」
…え、そうなんですか。
教育実習中の帰り道、私たちはとりとめのない会話を繰り返した。実習中は守秘義務があって、行き帰りの道や電車内で学校についての事を話すのは禁じられていた。よって、私たちはとりとめのない、しかし記憶に残る会話をし続ける。
ルイに似ている、という彼氏の言葉に同調したのは同じ実習課程を受けるMちゃん。大学2年の時に出会った人で、私たちは色んなこと、例えば性格や服の柄の好み、イエベブルべ、諸々の考え方なんかがだいぶ違うのだけど、お互いに居心地が良いと思っている。私のねちっこい性格を、彼女のドライな性格が適度に乾かしてくれるのが心地よい。
「だって、7ちゃん好きな人に対してすごく熱意あるやん。ちょっと狂気的だけど」
うわお、まじか。狂気じみてるか。
「けど、私はそんなに恋にのめり込んで楽しんだりできないだろうから、羨ましいなって思うよ」
正直なところ、彼女は結構私の好みのタイプではあるのだけれど、私には愛する彼氏がいるし、もしどうこうするとしても恋愛対象としてはMちゃんの苦手な人間の部類に入るので、友達で良かったなあとしみじみ思う。たまに辛辣だけど。
「ほんと、ついてきてくれてありがとう」
「いやいや、大丈夫よ。ちょっと落ち着いた?」
「うん、楽になったかも」
「またしんどくなったら電話したりして良いからね」
実習の半ば、実家で飼っていた犬が亡くなった。15歳の大往生で、自分でも覚悟はできているつもりだった。母からの電話を切るまでは冷静だったが、ホテルでひとり、部屋に残されると涙が止まらなかった。
耐えきれないと判断して別室のMちゃんに電話し、少し外の風に当たろうと一緒に最寄りのコンビニまで出かけた。甘いものとかを買った気がする。
私は心の弱い人間なので、ひとりで悲しみを抱えきれなかった。犬との思い出や、悲しい気持ちがMちゃんに向かって垂れ流されていたが、彼女はずっと聞いていてくれた。後から聞いてみると、部屋でごろごろしていたところに電話が掛かってきたのにも驚いたし、電話内容にも驚いたし、私が泣いているのにも驚いたし、とにかく驚いたという。けれど、こうやって一緒にいてくれなかったら。その先は考えたくない。
「楽しかったね」
「ねー。ていうか、列車で爆睡してたじゃん」
「そっちこそ 笑 入れ代わりで寝てたよね」
ふたりで街に出かけた。台湾料理を食べた。ポケモンセンターに行って、ぬいぐるみを買った。デパートで色んな服を眺めながら、同じ専攻の友人たちにどんな服が似合うか、勝手に言い合った。お互いの服を交換しても、きっと似合わないね。理想の赤いセーターを、彼女が見つけ出してくれた。ドーナツを食べた。電車でうたた寝した。とても寒くて、雪の降る日だった。
なんでもないことである。ほんとうに。
けれど、意外と、こういうことほどずっと記憶に残るんだろうと思う。ぬいぐるみは家に飾り、赤いセーターは1軍入り。写真も撮ったけれど、どうせならプリクラとか撮っておけば良かったな。大学の友達というのは、そんなに深い関係にならないと思っていた高校の頃の私よ、結構大学生も楽しいよ。
帰り道ほど思い出が明白で、満ち足りている時はないんじゃないだろうか、とよく思う。忘れてしまうような、たくさんの帰り道を、あと1年、どれほどMちゃんと過ごせるのだろう。
私と違って、小顔で、髪が長くて、ロジカルなのにどこか抜けてるところもあって、ブルべで、スレンダーで、ドライで、ちょっと辛辣な、愛すべき友達は、今日、またひとつ歳を取った。
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