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料理とアズサ

「はい、できたよ!」

土曜日のお昼。今日はアズサがつくりたい料理があるというので一緒に家でご飯を食べることになっている。

「おいしそう!はじめてつくるパスタだね?」
「そう、ベーコンとキャベツのオイルパスタ!ミニサラダつきでーす」
ニコニコしながらアズサが料理を並べてくれる。
「欲張って具を大きめにしたら見た目が焼きそばみたいになっちゃった!」
アズサの明るい笑い声と美味しそうな料理。だれかと食卓を囲むとき特有の胸の高鳴りがある。

「じゃあ、いただきまーす!」
ふたりで声をそろえて食べはじめる。
「ん、おいしい!」
「おいしいね!これ、実は最近読んだ小説に出てきた料理なんだ~」
ちょっと待ってて、と言ってアズサは自室に戻り、一冊の本を持ってきた。

LIFE?」
最近話題のなんちゃら…と電車の吊り看板かどこかで見た気がする。
「そう、主人公の、まあ誰が主人公だったのかという話もあるんだけど、一応主人公の女の子が都会を離れて港町に住み始める…みたいな話で。
そこで出会った男の人と仲良くなるんだけど、そのひとの家にはじめて遊びに行ったときに一緒につくったのがこのパスタなの!」
作中では本当はワインを飲むんだけど買い忘れちゃった…と話し続けるアズサが楽しそうなのでみているこちらも嬉しくなる。

「ちょっとその部分読んでみたいな」
9話だよ」
「即答だね」

ヒロはキャベツやベーコンなどを手早くナイフで刻み、フライパンにオリーブオイルをひき、炒め始める。
ナオはパスタの麺を茹でながら小皿にレタス、トマトなどを盛り付けミニサラダを作る。ヒロが茹で上がった麺をフライパンに混ぜ合わせ塩胡椒で味付けをする。二人共手付きが良い。ヒロは時々ナオの顔を見ては微笑みかける。
その日の夕食はヒロにとって、いや二人にとって忘れられない楽しいものとなった。
ヒロは食事の間中、ラジオをつけFMの音楽番組を流した。軽快なジャズが心地良く耳に響く。
二人で料理をして食事を共にする、こんな何気ない幸福な時間、何年振りの事だろうとヒロは思い返していた。
ほんの少しだけどワインも飲んだ。
食事が終わるとナオはかすかに頬をピンクに染め、潤んだ目で「ありがとう、とても美味しかったわ」と言った。
FMラジオから流れる音楽を聴きながら、二人は

「おーい!」
アズサの声でわたしははっと顔を上げる。
「ご飯冷めちゃうよ!」
「ごめんごめん、普通に読み込んじゃってた」
「おもしろそうでしょ?あとで貸してあげるね!」
その後もアズサのLIFE語りを聞きながら、ナオとヒロのふたりが食べたというパスタを楽しんだ。ヒロという男性は一人暮らしで手際が良く少し不器用なところもありながらナオを第一に考えてくれる優しい人らしく、そんなひとが現実にいればね…と思わずにはいられない。

「ふー、ごちそうさま。アズサって料理上手だよね」
「りょうちゃんのためにつくってるからだよ」
「そういうもの?」
「そうだよ」
ひと呼吸おいてアズサが話し始める。

「誰かのためにっていうのは、すごいパワーなんだよ。自分のためにやってるだけよりも、誰かのためって思うと頑張れることってたくさんある」
「ふむ」
「自分のためにやってると、わりとそこそこのとこで満足しちゃうんだよね。
料理だって、じぶんのためにつくってるときは自分が美味しければオッケー!多少見栄え悪くても食べれば一緒!って。でも誰かにつくってあげてるときは、これちゃんとおいしいかな?分量まちがってないかな?綺麗に盛り付けたほうが喜んでくれるかな?っていろいろ考えるでしょ。その『少しでも良くしたい』っていう気持ちって、自分のためだけだとなかなか湧いてこないことがけっこうあるんだよねー。アズサの場合はね」

「ふーん、なるほどね。でも、自分が良いならそれでいいんじゃない、とも思うけど」
「もちろんそういうときもあるよ!別にそれが悪いわけじゃないの。でも、誰かのためって思うと頑張れたり、もっと良くなるときがあるよーっていうだけ。よくある例えかもしれないけど、車の両輪、みたいな?」

大事な人を喜ばせたい、誰かが見てくれている、そんな気持ちが自分を動かしてくれるものっていろいろあるんだろうな。

「アズサってなんでそんなにちょっといい話みたいなのどんどん出てくるの?」
「ええー?アズサ、いい話してるかなあ」
アズサが照れ臭そうにはにかむ。
「アズサ、いろいろ考えるのは好きだよ!はい、じゃあLIFEよんでみてね!」
さっさと切り上げられてしまったのでまた今度聞いてみることにしよう。

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