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星クズたちのバレンタイン(後編)

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その翌日、2月15日。

「なっちゃん、おはよ!」
職場につくとマリコがさっそく声をかけてくる。
「おはよ~」
「じゃなくって!」
「なによぅ」
マリコが好奇心を全く隠さないのでナツキは思わず笑ってしまう。

「ふふふ、じゃなくて!昨日、おやすみだったでしょ!デートでもしたんじゃないの?」
「まあ、ね。デートではあったね」
「やっぱりー!どうだったのよ」
それには答えず、ナツキはあのチョコレートを机上に置く。

「えっ、てことは…」
「残念。フられました」
「えぇ~っ!しかもこれプティ・プランスのチョコでしょ!?超高級じゃん!」
「うん、ダメだったね~」
「それはつらいね~」
「まあね」

「まあまあ、おつかれさまでした!またお昼に話きくからさ」
「ありがと、頼むわ」
ポンポン、とナツキの肩をたたいてマリコは自分のデスクに戻っていった。

そしてお昼休み、の5分前。
「なっちゃん!ごはんいくよ!」
「はやいよ、マリコ」
「乙女の失恋を癒すより大事な仕事はありませーん!」
「こらっ、平野!」
「あっ、安田さん!ちょっと言いすぎました、すみません!」
「それが大事な仕事だと言うなら、上司である俺への報告義務があるな!」
「安田さんも気になってるじゃないですか~!」
ふたりのかけあいに爆笑しながらマリコについてナツキも昼休憩にでる。

「好きなひとがいたなんて知らなかったよ~」
マリコが遠慮なく切り出す。変な気遣いをされないのがありがたい。
「好きな人っていうか、むかしつきあってた人が最近こっちにいることがわかってさ。もう十年くらい会ってなくて、久しぶりに会いたいなって思っただけなのよね」
「へぇ。でもそれなら、こんなに高いチョコ買わなくない?」
じゃあ1粒もらうね、うわーすごく綺麗、と感嘆するマリコ。
「まあそれは、ね」
「やっぱり!それで、むかしつきあってたって、社会人になる前?」
「うん、学生の頃の先輩でね。3年くらいつきあってたんだけど、わたし就職して一年目で海外赴任が決まっちゃって」
「なっちゃん、帰国子女でグローバル戦略部に配属だったもんね」
「そうそう。それでなかなか会えずにいるうちにすれ違うようになって、結局別れちゃったんだよね」
「なるほどね~。なっちゃんは恋愛不要ってスタンスなのかと思ってたけど、そういうわけではなかったのね」
「うん、たまたま彼氏がずっといないだけだよ」
「それで久しぶりに会ったけど、それ以上は何もなし、ってことか」
「そういうこと」
「せっかく休みまでとったのに、残念だったねえ」
「まあね。でも向こうも相変わらずで、会ってよかったよ」
「そっか。じゃあもうこれでスッキリって感じ?」
「いや、まあ想うのはこっちの自由だからね。別に一緒にいられなくたってさ」
「これはまだまだ引きづりそうですな~!」
「いいじゃないのよっ」
笑ってくれるマリコは優しいとナツキは思った。

「やばっ、ミーティングの準備して出てくるのわすれてた!わたし先戻るね!」
「うん、おつかれ!」
マリコが慌ただしく去っていく。


香介は今日も「罪と罰」を読んでいるんだろうか。独房でひとり静かに本を読む香介の姿とむかし自分の隣で読書をしていたあの頃の香介の姿が重なると、ナツキは胸がキュッと締め付けられて苦しくなる。

あのとき「無理よ」と答えた自分と怒った香介を思い出す。香介に同情しつつも、あの返事が間違っていないことはナツキもわかっていた。

想うのは、自由だから。

自分の言葉がなぜか香介の声で脳内再生され、ナツキは一瞬ゾッとする。
無理に想いを捨てようとなんてしなくていい、追いかけることもしなくていい。ただ秘かに胸の内に留めておくだけ、いつか忘れてしまうまで。

余ったチョコレートを手にする。
プティ・プランス、意味は「星の王子様」。

「そろそろいきますか」
小さくつぶやくとナツキは立ち上がり、歩き始めた。

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