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シェフの物語


——ここは県庁所在地なのだが、数年前に映画館も無くなってしまった、そんな静かな街

この街で暮らしたことがあるというアーティストは唄う
「蛍を見るならあの街が一番さ・・・ひっそりと、そしてあったかい」と。


そんな街の片隅、美しい街路樹で覆われた道路沿いにそのお店「シェフ」はある。

お店のドアを開けると、カウンターといくつかの小さなテーブル席、3組、15人も入れば満席だろうか。

お店の佇まいは喫茶店のようでもあるが、ふわふわの卵につつまれたオムライスは絶品、いやいやハンバーグもクリームコロッケも。
メニューはさほど多くないけど、お昼はいつも満席になる人気の洋食屋さん。


「お店?もう46年になるね」

市内にあった洋食店で、料理人としてのキャリアがスタートした。数年の修業を経て、この場所にレストランをオープンさせた。

お店の傍らには、ガソリンタンクが朱色に色褪せたCB750が停まっている。
お客さんに邪魔にならない場所に、いつも、そっと。


「週末もお店があるから、ツーリングにはもうずいぶん行ってないな」

60代の後半だと聞いたはずだが、まるでカブを扱うかのように、重い車体をヒョイと起こし、4本マフラーを響かせて走って行く。いつものように。

乗り手とオートバイ。この関係をこれ以上深く語ることは今の僕にはできそうもない。

・・・ああ、そうだ、このオートバイを手に入れたときの話。

「今から30年前、中華料理屋の裏庭に何年も放置されていたこいつを手に入れた。そこから引きずり出して自分でコツコツと修理したんだ。そこからほとんど毎日のように乗っているよ」

静かな街の素敵な店には、オートバイと料理を愛するシェフがいる。
そして今日もまた傍の歩道には、あのCB750が景色の一部のようにひっそりと停まっている。

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