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野ねずみシグ

  5472文字


「うん ⁈ 眠っている間に雪が降ったんだな」

 巣穴から上半身を乗り出して野ねずみのシグは、もうこれ以上首が回らない所迄辺りを見回し危険がないか確かめた。
 腹が減った、食べ物のある所迄走るとするかー。
 数メートル走っただろうか !!!
 雪の結晶が一枚二枚擦れた様な音と共に上空から戦慄する恐怖が襲いかかって来た。
 あらん限りの力を振り絞り後ろ足で雪を蹴り、上半身は飛び降りる方へくの字に曲げたが、何者かに空中で叩き落とされ押さえ付けられてしまった。
 ⁈ 狐だ。
 一貫の終わりがよぎるが運がいい、尻尾だ、尻尾が押さえ付けられているだけだ、と思った瞬間内臓が飛び出す程に臭い息が顔を覆い尽くす。
 シグは回転した、月が綺麗だ、星もあんなに綺麗だったんだな。
 俺は何をやってんだよ、諦めるな、何とかなる何とか。
 シグは必死に回転した、抵抗しているうちに狐の鼻に噛みつけた、占めたと咄嗟に感じた。
 近くに穴があった筈だ、そこまで、そこまで何とか行きたい、血走った狐の目が不気味に笑っている。
  くっそ~
 二度三度回転したその瞬間シグは スポッ と穴に落ちた、シグは死にもの狂いで身体を捻り必死に走り、行き止まりが目に入らず土壁に嫌と言う程鼻をぶつけて、初めて我に帰り助かったのだと実感した。
 心臓は破裂寸前、何も考えられない、生きている事がこんなにも嬉しいなんて知らなかった。
 俺は生きながらえたんだ、それだけでこれから生きて行けると思った。
 
 無音の音がする、時折空気が凍る音色が聞こえ、夜明けが近づいている事を知らせている。
 落ち着くと無性に腹が減っていた、奴はもう何処か遠くに行ったに違いない、シグは恐る恐る、まず周りの匂いを嗅いだ。
 雪の香りだけだが用心に越した事はない、先程の事もある、何度も外を伺い上半身を乗り出して念入りに確かめた。
 今度こそ大丈夫だろう、食べなければこの寒さでは死んでしまう、全身を危険アンテナにして走り出した。
 雪が茂みを塞いでいる、まだ夜が明け切っていない、上空の危険は無い筈だが あっ フクロウがいたな、シグはいつもより神経を尖らし笹の根元に身体を捻じ込んだ。
 もう一度辺りを伺う。
 美味しい木の皮の所迄は茂みがない、雪の中を進むと方向が分からなくなる、暫く聞き耳をたてた。
 空は徐々に明るくなってきている、なんの気配もない、シグは出せる限りの力を振り絞り、また、雪を掻き分け走り出した。
 
 草木がない雪原に少し曲がりながらの一本の線がついた。

 なんとか目的地に着いた、さあ~てっと と思いながら木の根元迄行くと、何処からかどんぐりの香りがして来た。
 いい匂いだ~ 思わず深く息を吸い込み、久し振りにご馳走にありつける、シグはどんぐりの香りのする方へ雪を掘った。
 リスが隠していたどんぐりだ。
 そんな事どうでもいい、あれは香ばしくて美味しいと思うと雪を掘る事も、手が雪の冷たさにもげそうでも苦にならなかった。

 おお~ あるある~

 目指すどんぐりに辿り着いたシグは手当たり次第に食べ急いだ。
 木の実なんて久し振りときているし、胃もペッタンコになっていたものだから、6個程たいらげたあたりで、もう口に入れたどんぐりを吞み込めない事に気づいた、そしてもうこれ以上入らない事にも驚いた。
 
 ああ~美味かった~

 満腹になったシグは眠くなった。
 そそくさと枯れ葉が厚い所へと潜り込み、あっと言う間に眠ってしまった。
 
 目覚めたシグはムクリと起き上がった瞬間大きなゲップを出してしまった。
 一瞬、硬直して辺りに聞き耳をたてたが、物音ひとつしない ほっ と胸をなでおろした。
 少し動くだけでどんぐりの実がコロコロある、これは春迄食べて行ける、アチコチ身を危険にさらして探し回らなくてもいいのではないかと考えた。

 野ねずみシグは聞き耳を立てた。
 何かが近づいている、無数の音がする、雪を掘る音、雪の下の枯れ葉がめくれる音、音は乱れ速度を増したり消えたりする、間に合わせの安眠場所、夜を5回数えたどんぐりの地は危険という戦慄に震え出した。
 動いては駄目だ、だが、危険の正体を確認しなければならない。
 思いあぐねているうちに音は頭上迄来てしまった。
 動くな、ジッとしてろ、シグは研ぎ澄まされた感覚に従った。
 目の前に足が ボスッ と突然落ちて来た、続けて二本目、タヌキだ ‼ 子供の足だ、無造作にあっちこっち掘っている。
 どんぐりを探している ? いや 遊んでいる ? 予測が付かない一番厄介だ、タヌキの腹の下、視界が一気に開けた、偶然にも未だ気づかれていない様だがわからない。
  シグはタヌキの後方へ走り抜けようとしたが、母親の後ろの子供に見つかってしまい、走り抜けようとした先にジャンプをされて塞がれてしまった。
  前足の間をすり抜け斜めに身体を捻り一メートル程飛び、雪の中に潜り込んだ、そこから斜めに音のない方へ進んだ。
 
 くっそー 雪の上は見つかる、雪の中は音がする。
 まだ不案内などんぐりの地に穴など見つけていない。
 奴は動かない、こちらの音を耳を立てて聞いているのだろう。
 焦るな、動くと奴の思う壺だ、来るか ? 自分の鼓動がうるさい奴に聞こえてしまいそうだ。
 雪の中に入った瞬間走ったのが良かった、咄嗟に身体が動いた、考えてなどいられない、あれやこれやと考えて見ろ、危険の餌食にされてそれでおしまいだ。
  シグは待った、途方もなく長い。
 雪に身体の熱が奪われて行く、動け、動くなと何処かで囁く。
 近づいて来る足音が乱れて身体に伝わって来た。
 音に紛れて野ねずみのシグは音のない方へ猛突進した、次の瞬間 グエッ 内臓が口から出そうになる、呼吸が出来ない、シグは背中を押しつぶされてしまった。
 それでもシグは諦めなかった。
 手は動いた、その手で顔に付いた雪を払いのけ辺りを見回した。
 逃げる方向は ? 次の瞬間シグは自由になった事を見た、タヌキの親子は何事もなかったかの様に遠去かって行くのが見えた。
 タヌキの子供は遊んでいただけなのだろうが、シグにとっては死が全身を覆い尽くし呼吸する事さえ忘れていた。
 シグは空かさず立ち上がり辺りを素早く見回した。

 あれから、なんの危険も出現せずに、シグを包む世界は穏やかに春を迎えようといていた。
  一度だけリスと鉢合わせしたが・・・それ以来全く気配さえしなくなった。
  遠く迄食べ物を探しに行かなくても良い冬を過ごした野ねずみシグは、少し走るのが遅くなった様な ? と思ったが気にもしなかった。

 雪に埋もれていた笹や草の茂みがあらわになり、食べ尽くした感のあるどんぐりは、ほとんど探せなくなった。
  地面の下を雪解け水がポコポコと流れている、笹に登り遠くまで見渡した。
  何気なく見上げた空は真っ白な雲が無数に浮かび、風がない穏やかさを象徴していた。
  解け切っていない雪が茂みに張り付き、その下に雪解け水が溜まり、最新の注意をしなければ無数の危険に見つかってしまう。

  シグは流れる水を除け安全と思われる茂みから茂みへと走り込む、気温が下がり始めている、どの位来たのかも分からない、慣れ親しんだ地へ戻りたくても戻れない所迄来てしまっていた。
  濡れた茂みの中で立ちあがり、冷たい手で笹の茎につかまり身体を持ち上げ、笹やぶの中で少し休む事にした。
 二本目の笹の茎に右手を伸ばした、言い知れぬ気配に身体の芯が硬直したその瞬間、振り返る事さえ押し潰された。
 鋭い何かが脇腹に刺さり、首の辺りの皮が上に引っ張られ、笹やぶがふわりと眼下に見える。
  しまった !! やられた !! 気が緩んでいた、どうする ⁈ シグの足は空気をかき混ぜるだけだった。
 次の瞬間シグは濡れた地面に何かと共に叩きつけられた、記憶はそこで終ってしまった。
 
 とてつもない寒さと全身の痛さで、野ねずみのシグはぼんやりと目を覚ました。
 ガタガタと震えが止まらないが背中の辺りが暖かい、この揺れ方がうっとりする。
 あっ えっ ⁈ 俺は死んだのか ? それならこれはどうなっているんだ ? 地面が下に見えて・・・交互に あ・あ・足が見える。
 身体の痛さも、とてつもない寒さも一瞬で消えた。
 顔を持ち上げ見た物はデカイ牙とフサフサの毛と狐の目。
 シグはあまりの恐怖から泣き叫び、この恐ろしさから逃れる為に力の限り身体を捻り、足をバタつかせたが無常にも空を切るだけだった。
 
 血反吐を吐こうが泣きわめこうが諦めるな。
 諦めるな、諦めるな、諦めてどうする、此処まで来たではないか野ねずみシグよ、捕食される生きものとして、お前は暖かい母の胎内から生きなければならぬ世界に生まれ落ちたその時から、知恵を絞れ、食べ物のある地へ行け、たとえ空を見上げる事が無いとしても、知恵をしぼり危険と対峙して戦え。
 春、夏、秋、冬、それぞれの風はお前を包み太陽の日差しは全てに恵みを与えてくれている。
 諦めるな、お前の進む道の果てが光輝く所などとは言わぬ、命尽きるその瞬間まで見つめている、知らないかも知れないがお前の知らぬ所で奇跡は微笑み、お前にも奇跡は降り注いでいる。
 
  顔を上げろ、前を見ろ、諦めるな。

 それでもシグは諦める事など考えられなかった。
 兎に角身体を捻り、何としてもこの状況から逃れる為に、狐の鼻に嚙みつけれないかと懇親の力を振り絞った。
 記憶の彼方から突然弾き出された様に浮上して来た昔話しを思い出してしまった。
 それは、誰だったのかなんて分からない、生きたまま猫の子供の前に置かれた時の惨劇から逃げのびた話だった。
 俺はその道にはまってしまったのか !! 嫌だ、絶対に嫌だ、そんな思いするならいっそ此処で一気に噛み殺せ、シグは叫んだ。
 シグはひたすら泣き叫び、ひたすらこの状況から逃れようと暴れたが、一向に良い風は吹いて来なかった。
  首を持ち上げれなくなった、その時には茂みに隠された狐の巣穴が見え出していた。
  シグは目を見開き、動きが悪くなった身体を持ち上げ抵抗したが、もう既に狐の巣穴の中に連れ込まれてしまっていた。
 シグは泣く事も出来なくなっていた。
  ふわっ と暖かい狐の巣穴、不思議な感覚だ、諦めと共にシグの気持ちは落ち着き、覚悟が・・・穏やかに流れるせせらぎの様な風が吹いて来た。
 下に降ろされたシグはしっかりと前足で押さえ付けられ、動こうとしても動けない、狐の顔が近づいて来る、鼻が目の前にある、もう直ぐ口を開け牙が見えるのだろうな。
 シグはその光景をスローモーションで見ていた。
 シグは瞼を静かに閉じた。
 首に狐の鼻が当たる、呼吸する事になんの意味があるのだろう。
 狐の鼻は首から頭の方へ移動して来る、

 何やってんだよ ⁉ 速く殺れよ

 シグは腹がたち カッ と怒りで目を見開き狐の方を睨み付けた。
 ・・・そこにあったのは優しく暖かい狐の目だった。
 シグは理解出来ない、何が起きているんだろう ?!
 すると狐はシグを転がし、傷のある部分を舐めている、シグは何も考えられない唖然となすがまま、身体にも力が入らず、虚ろに辺りを見回す事しか出来なかった。

 朝もやの中奴は何かをくわえて戻って来た。
 奴ではない彼女と呼ぼう、彼女はお乳がパンパンに張っていた、俺はそれを飲み、お陰でノロノロとしか走れなくなってしまった。
 いつまで経っても大きくならない、彼女は俺を自分の子供と思っているんだろうかと、いつも考える。
 眠る時は彼女の首の辺りに潜り込み、たまに移動する時はくわえられて、殆ど危険とは縁のない世界を経験しながら、シグは最近眠くて仕方がなかった。

 あの凍える寒さから、草木は芽吹き花が咲き、食べ物に窮する事もなくなり、木の実が熟し始めた。

 口にくわえられていたのは二匹のネズミだ、仲間だ、それも慣れてしまったが、どうにも複雑極まりない。
 奴・・いや彼女は俺をネズミと認識している筈だと思う。
 くわえていた物を俺の目の前に落とす、一緒にくわえられていたのは、まだ熟していない葡萄、シグは立ち上がり彼女の顔につかまり頬ずりした。
 あれからいつもの習慣になってしまった、嬉しいありがとうと身体を使って示した。
 俺は熟していない葡萄を美味しそうに食べ、実は舌鼓を打つような味ではない、彼女に背中を見せ食べ終わると寝そべった。
 眠くて仕方がない、又彼女の首の所に潜ろうとした時、彼女は俺の匂いを隈なく嗅ぎ出した。
 いつもはそんな事等しないのにと不思議に思いながらも、彼女の鼻先でコロコロ好きにさせた。
 気持ちがいい、眠い眠い、どうしょうもないので直ぐさま目の前の茂みに入り眠る事にした。
 クルクル寝床を作り丸くなり彼女を見ると目があった。
 暫くすると目が覚めた、彼女は俺が眠る前と同じくこちらに顔を向けて目を閉じている、眠っていない事が伝わって来る。
 少し体制を変えて又眠る、目覚めると辺りは暗闇に包まれていた、彼女は同じ態勢、俺が目覚めたのに気づき目を開けている。
 ノロノロと起き上がり彼女のフサフサの顔と首の間に潜り込み、又目を閉じる。
 シグは夢を見た、狐だった、傍らには彼女が並んで走っている、見た事もない美しい草原、とても美しい草原、俺は狐になりたかったんだろうか、とと笑って眠りに入って行くのがわかった。
 不思議な感覚、起きたら彼女に何時もの挨拶、嬉しいありがとうと頬ずりするんだ。

   完

 ジャンルは童話なんだろうか ? と考えながら書き進めた物語です、生きると言う事にこだわり、会話文を取り除いた結果の文章はまだまだ問題はあるけど、この後のストーリーもあったのですが、この終わり方の方が良いのではないかな~と思った。読後感はどんな感じなんだろうか・・気になる所です(笑)  


 
  

 

  

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