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スポーツとオルガン

大阪に住んでいる小学生の甥が、WBC以来すっかり野球にハマっているらしく、すぐさま地元の少年野球チームに入ると、試合がある日は必ずテレビで観戦するといった入れ込みようで、夏休みの間に東京に遊びに来ることになったのだが、そこでもやはり野球を観たいというリクエストがあったようで、私も付き添いで行くことになった。

彼はもちろん阪神ファンだが、休みの間に滞在する祖父祖母の家から一番近い球場がベルーナドーム(西武ドーム)ということで、西武の試合を観に行くこととなった。
今のライオンズに対して何をおすすめすればいいのか。
高橋光成や今井、平といった魅力ある先発ピッチャー、華麗な守備を見たいなら源田や外崎もいいだろう、中村のようなベテランのフランチャイズプレイヤーやレジェンドである監督の松井稼頭央、チーム自体は現在5位と低迷してはいるが、魅力的な選手がいくらでもいるチームだ。
しかしまあ小学生とはいえ野球小僧に囲まれている環境に普段身を置いている甥からすると、私のようなにわかファンの提言など、既知のもので退屈なものかもしれない。
では今回の野球観戦におけるならではものとは一体なんだろうか…そう考えると一つ思い当たるものがあった。

ベルーナドームだから味わえる唯一のもの、それは生のオルガン演奏である。

かつては他の球団も当たり前のように導入していた、試合中での生のオルガン。
時に観客を煽り、チャント(掛け声)を誘発し、プレー間をBGMでつなぐ、プロのオルガニストがムードやタイミングを読みながら奏でる、スポーツライブだからこそ味わえる演奏だ。
人件費削減などの理由で、いつの間にか各球場から無くなってしまったが、ベルーナドームでは未だ撤去されることなく、12球団で唯一その生演奏を聴くことができる。

スポーツにおけるオルガンの歴史は実はかなり長いもので、元々はアメリカから始まった。
1941年、今から80年以上前、シカゴ・カブスの本拠地であるリグレーフィルードにパイプオルガンが設置され、試合前に大勢の観衆に向けて演奏がなされたという。
当時は試合を盛り上げる為にプレー中に演奏されていたのではなく、あくまで試合が始まるまでのおもてなしとして演奏されていたらしいが、その後各球団で広がり、今日まで続く野球文化のひとつして発展したようだ。
元々キリスト教信仰などの文化があるアメリカでは、教会に行きパイプオルガンを聴く慣習があることから、彼らにとってはオルガンは親しみやすい存在ということもあったのだろう。
オルガンの演奏は瞬く間に人気となり、かつて女性を球場へデートに誘う口説き文句として、「オルガンを聴きに行かない?」なんて洒落た言い回しもあったとか。
その後野球だけにとどまらず、アイスホッケーやバスケットボールでもオルガン演奏は導入され、アメリカのスポーツでは欠かせない存在となっている。

そんなオルガン演奏を楽しみに、ベルーナドームに入場した。
席はホームの三塁側で、運良くオルガンが非常に近い席だ。
これまで演奏を耳にしたことはあったが、間近で見たことはなかったので、実際に側へ行ってみた。

スタンドの少し高い位置、「L’sダイニングシート」という席の近くで、広いスペースにしっかりとオルガンの演奏場所が確保されていた。
オルガニストが羽織るユニフォームも非常に素敵で特別仕様のものだ。
オルガン側からグラウンド内への視界はしっかりと開けていて、試合の様子が見渡せるようになっていた。
ここから状況を把握し、流れや雰囲気を読みながら、アドリブで演奏をしていく。
周りに他のスタッフがいるわけでもなく、一見ポツンと取り残されたようにも見えるオルガニストから、まさか球場内に響き渡る心地よいオルガンの演奏がなされているとは知らない観客もたくさんいるように思えた。

とここで「私を野球に連れてって」(Take me out to the ball game)」が演奏される。
100年以上も前に作られたアメリカの野球の定番ソングだ。
この曲がオルガンで奏でられると一気に球場としての雰囲気が高まり、野球ファンたちは心地よくなる。

いよいよ試合が始まった。
今回は野球を楽しむことはもちろんそうだが、どんな風にオルガンの音色が試合に入り込んでくるのか、そちらを聴くのも大いに楽しみだった。
基本的にはホームである西武ライオンズの攻撃の時、そして攻守の入れ替わりのタイミングでオルガンは演奏される。
驚くのはその演奏の入り込み方、溶け込み方だ。
あまりにも自然にオルガンは観客を焚き付け、さも当たり前のように拍手やチャントが誘発される。
これらは完璧なタイミング、間があってこそ起こる現象で、オルガニストたった一人で作っているのだから凄まじく熟練したテクニックである。

こちらの動画はまったく別の日のものだが、そういった様子がしっかりと見て取れる。

またこの動画で聴こえる、ファウルボールが打たれた際の「ヒューウ」という効果音も、オルガニストがサンプラーで鳴らしているという…!

そして今回もう一つ驚いたのが、応援団の演奏との兼ね合い、コンビネーションだ。
野球はどの球団も私設応援団がいて、楽器演奏をしながら応援をしていることがほとんどだ。
ライオンズの場合も同様で、太鼓やトランペットなどを鳴らして応援する。
オルガンとは離れた違う席に応援団集まっているのだが、オルガニストは演奏が被らないように、邪魔にならないように、うまく共存できるような形で進行していた。
ただでさえ試合の流れを判断しなくてはならないのに、応援団の演奏にも気を配りながら演奏をする、とてつもない芸当だ。

そういったオルガンの力もあり、試合もライオンズ優位に進んでいき、こちらはお酒も入りどんどん心地よくなっていく。
はじめはオルガン演奏のことを知った甥っ子たちも驚き、感嘆の声を上げていたが、おじが一々プレーだけでなく、「今のオルガン!やばくない?」とか言ってくるもんだから、後半は煩そうに、ほぼ興味はなく、選手のプレーにのみ、集中しているようだった。
結果、甥っ子たちを連れていくテイだったはずが、すっかり自分が楽しみ、甥っ子たちについてくる様相となってしまった。

親戚にはうまくこのベルーナドームの面白さ、オルガンの生演奏の良さがきちんと伝わったかは定かではないが、野球を見に行ったことがない方、まだベルーナドームに行ったことがない方がいれば、ぜひ一度観に行ってみることをおすすめしたい。

参考:

【音楽×野球】オルガンサウンドに魅せられて。プロ野球「最後の球場オルガン」秘話【第四弾】
https://mag.mysound.jp/post/507


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