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ヒップホップの名盤 The Pharcydeの「Bizarre Ride II the Pharcyde」

プロローグ

僕が中学生だった2000年前後、Dragon Ashが現れてから男子たちはすっかりラップ、ヒップホップの虜になり、休みの時間になれば渡り廊下で輪になって口ずさんだり、放課後は仲間の家に集まりVHSでB BOY PARKを鑑賞、着メロからは手打ちで入力した4和音のイントロが流れ、カラオケに行ってはラップ三昧で、アーティストの着ている服を雑誌で調べては、お年玉を全部裏原宿にぶち込む、といったようなのぼせ具合だった。
当時僕のお気に入りはリップスライムで、音楽番組か雑誌か何かで、彼らが影響を受けたアーティストとして名前を上げていたのが、ファーサイドだった。僕はバスで吉祥寺にあるディスクユニオンに行き、ファーサイドのレコードを探した。頭の中では「farside」という誤った綴りで変換されていたので、いくら「F」の列を探してもレコードは見つからず、結局手にしたのはもう少し後、ちゃんと「Pharcyde」と頭文字を「P」で認識してからのことだった。
その時買った中古レコードこそ、今回ご紹介したいヒップホップのクラシック、「Bizarre Ride II The Pharcyde」だった。

ファーサイドとは?

The PharcydeはImani、Bootie Brown、Slimkid3、Fatlipの4MCからなるグループだ。(※現在はBootie Brownが脱退して3人)
元々メンバーのほとんどがダンサーだった彼らが、ヒップホップとしての活動をスタートさせたのは1989年のロサンゼルス。
このアルバムが出された1992年のカリフォルニアのヒップホップ事情というと、いわゆるウエストコーストヒップホップが有名で、N.W.Aから始まり、Dr.Dre、ICE CUBE、その他にはスヌープドッグなど、ギャングスタラップと言われる血生臭いラップがここでのヒップホップとされていた。
そのなかでファーサイドは対極にあるような軽快さ、明るく力の抜けた心地の良いヒップホップとして一線を画していた。

「Bizarre Ride II the Pharcyde」のおすすめ

今でもこのレコードにはじめて針を落とした時のことは覚えている。
ゆるいドラムのフィルインから始まる1曲目「4 Better Or 4 Worse (Interlude)」は、40秒ほどのインストでありながら、奏でられる鍵盤の音とシンプルなドラムのパターンが、古いサウンドなのに古臭くなく新鮮で、それまでの西海岸で主流だったGファンクとはまったく違うアプローチを行っていることを教えてくれた。
当時の僕は、オシャレとは服装や外見を表す概念だと思い込んでいたが、こうしてサウンドとか音に対する姿勢だとか、あらゆるところで息づく概念であると知らされた。それほどにこの1分足らずのイントロは、15、6歳の無知で未熟な少年を「これってきっとオシャレな音楽だ」と盲信させるには十分な強度を持ち合わせていた。

そしてここからこのアルバムは何が始まるんだろうというドキドキを2曲目「Oh Shit」は間髪入れずに爆発させる。
サンプリングの元ネタはDonald Byrd の「Beale Street」。当時はドナルド・バードのことを知らなかったが、ただひたすらに繰り返されるピアノとトランペットのフレーズがとてもシンプルなのにかっこよく、耳に残る。ここに自由で、会話するかのように日常的なそれぞれのラップが入ってきて、まったく気負わない怠惰な雰囲気が、かえって独特のグルーヴを生んでいる。合間に顔を覗かせるスクラッチの音も遊び心があって、この曲のポップな要素を引き立たせている。

4曲目の「4 Better Or 4 Worse」はアダルトな雰囲気を持ち合わせながら、次第に雲行きが怪しくなっていく様子がストーリー性もあって面白い。
元ネタはドナルド・バード同様、サンプリングソースとして定番のジャズ、ルー・ドナルドソンの「Pot Belly」が効果的に用いられていて、土台となるドラムのフレーズはエモーションズの「Blind Alley」という曲なのだが、オリジナルを聴いてみるとそのフレーズはあまりにもヒップホップとしての既視感があり、人を踊らせる、虜にするグルーヴがたしかに録音されていることがわかる。
後半、Fatlipが痴話喧嘩のような応酬で盛り上がるに連れて効いてくる、JB'sとトロンボーン奏者のフレッド・ウェズリーの楽曲「Rockin' Funky Watergate」のファンキーなギターフレーズもまたカッコいい。

7曲目の「Soul Flower (Remix)」は明るくダンサンブルな楽曲で、個人的には好きすぎて、出会ってからずっと、ことあるごとに聴いている気がする。
元々はアシッドジャズバンドであるBrand New Heaviesの作品「Heavy Rhyme Experience, Vol. 1」(1992) で披露されていたが、オリジナルでなくこちらのリミックスが圧倒的にカッコよく、ほぼ別の仕上がりになっている。そのリミックスを担当しているのが、アルバムのプロデューサーでもあるJ-Swift。他の楽曲もそうだが、特に今作では素晴らしい手腕を発揮している。
その他にも「Ee, ah, ooh, ah, ah, ee, ah, ooh, ah, ah」といったコーラスワークや、「Shot him in the ass on the downstroke」の連呼(※やつの尻に振り下ろしてぶっ放す的な意味、何それ笑)、slimkid3のメロディアスなラップなど、思わず歌いたくなる箇所がいくつもあり、中毒性がすごい作品だ。

12曲目の「Passing Me By」は、クインシー・ジョーンズの「Summer In The City」が大胆にメイントラックとして使われている曲だが、特筆すべきはジミヘンの「Are You Experienced?」の使い方。えっ?!ここ使ってるの!?と聴けば必ず驚くフレーズ、ギターでも歌でもない、何とクールな仕上がりになっていることか。ぜひ聴き比べてほしい曲です。

13曲目「Otha Fish」はフルートの巨匠、ハービーマンの「Today」をメインで使用。
ファーサイドの気怠さと若干BPMを落としたフルートの音色がとてつもなく溶け合い、マッチしている。だらだらとラップしているようで、時折メロディを掴み揺さぶる巧みさを、軽々とやる様が非常に憎らしい。サビのコーラスワークもクール。

以上、いくつかピックしてみたが、まだまだ名曲がある作品で、頭からお尻まで、できれば通して聴いていただきたい。
こうして改めて全体を聴き直してみると、サンプリングされているネタの使い方は割と大味だが、だからこそシンプルにまとめられ、ラップがのりやすく、聴いてる方にはラップの奔放さと元ネタの素晴らしさ両方がきちんと入ってくる印象だった。
ラップの面白さとジャズやレアグルーヴ、はたまたロックなどクラシックの偉大さ、これらが存分に楽しめるからヒップホップは面白いということを気づかせてくれるような一枚です。ぜひ聴いてみてください。


参考: サンプリングソース一覧

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