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【短編小説】嘘のつけないまことちゃん

「あ、まこと。この後の天気わかる?」
「前にも言ったけどあたし天気予報士じゃないんだけど。」
 そんな話を昼休みの女子高生たちが教室の窓際、後ろから2番目の席で机を挟んで向かい合いながら話している。6月中旬の空気はもう夏が来たと言わんばかりに暑い。この時期特有の湿度の高さも相まってなおさらだ。
 まことはお昼ご飯のお弁当を食べているときに前の席から話しかけられたようだ。そして、この話をするのは初めてじゃないらしい。
「だって当たるんだもん」
「知らないよ~雲はあるけどこのくらいだったら晴れるんじゃない?今日は何かあるの?ゆうか」
「そっか。別に何かあるわけじゃないよ。単純に雨降ったら帰り濡れるからいやだなぁって思っただけ。天気予報で午後から80%で雨って言ってたし」
「は?天気予報見たのになんであたしに訊くのよ!」
「だって当たるんだもん」
 ちょっと呆れ気味の強い語気に対してゆうかは先ほどと同じ回答を返す。まことは軽くため息をついて再びご飯を食べ始める。
 結局、その日はずっと雨は降らなかった。

「ねえぇぇぇぇ、まぁこぉとぉぉぉ」
「なによ」
 少し時は進んで1学期の期末テスト1週間前。また同じ構図でゆうかがまことに泣きついている。
「別のクラスの知り合いがさぁ、数学のテストにこの辺の問題が出るって言ってたの!ここ私、無理」
 そういいながら、ゆうかは数学の教科書を2ページほどめくって見せる。教科書には『発展的な内容』と書かれた文字も見受けられる。
「え、そうなの?」
「なんか、先生がちらっとそんなことを口走ったらしい」
「へえ…。あたしはここ出ないと思ってたんだけどなぁ」
「マジ!?なんで?」
「だって、今回ちょっと範囲広いし、配分的にその辺出してる余裕ないかなって」
「まことがそう言うならやらなくていいや」
「別に出ないと決まったわけじゃないでしょ」
「いいの!」
「もう…。出ても知らないからね!あたしのせいにしないでよ?」
「大丈夫、大丈夫~」
 ゆうかは気が楽になったと言わんばかりに軽い足取りでその場を去っていった。まことはというとまた自分の席でため息をついている。彼女に対する気苦労は絶えないようだ。

 問題のテスト当日。2時間目の数学が終わった。
「やっぱり出なかったねぇ」
 ゆうかがテスト終わりの教室で嬉しそうにまことに話しかけている。
「そうね。でもゆうか次の化学基礎もヤバいって言ってなかった?」
 その言葉を聞いて、ニヤニヤした嬉しそうな顔から一転、焦りながらゆうかは自分のバッグの中の蛍光ペンで線がいっぱい引かれた教科書を確認し始めた。3時間目のテストまで残り10分。

 また少し時は進んで、テスト後1回目の数学の授業。教壇に立っている先生が結果を話している。
「今回のテストは比較的出来が良かったな。範囲がちょっと広かったから、それぞれのところの基礎がちゃんとできていれば解けるような問題が多かった。本当はここの発展問題を出す予定だったんだが、点数配分の調整で出せなかったから、先生的には残念だな」
 そういいながらその先生は笑っている。生徒は苦笑いする人、出ると聞いていたのに出なかったことを悔しがる人、テストの点が気になってそわそわしている人など様々だ。その発展問題というのは、ゆうかがまことに泣きついていたあのページの問題である。
 ある程度話すことは話したのか、先生は答案を教卓に広げて返却の準備を始めた。
「じゃあ、番号順にテスト返すぞ。呼ばれたら前に取りに来い。阿部…」

 ゆうかだけが確信している、まことの秘密。それは「まことは嘘をつかない」ということ。正確には、「まことが本当だと認識したうえで、口に出して言ったことはすべて本当になる」ということ。天気もテストも何もかも。
 ただ、ゆうかはこのことを絶対まことに言わない。なぜなら、まことはきっとこんな話、信じない。「そんなわけないでしょ」って言われたらそれでおしまいなのだ。だって「まことは嘘がつけない」のだから。

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