【短編小説】ゆめゆめ

 永遠に続く夢を見ているような気分だ。正確には実際に夢を見ている。
 私は所謂ブラック企業と呼ばれるところで働いている社会人だ。残業は無いことの方が珍しいし、休日なんて、あって無いようなものだ。今日も残業帰りで、くたくたになって帰ってきた。ひとり暮しなので、家に帰ってもご飯があるわけでもなく、帰り道のコンビニで買ってきた弁当を一人寂しく食べて、そのあとから記憶が曖昧だ。たぶん、そのあたりで寝てしまったのだろう。
 そんな仕事辞めればいいと思うかもしれないが、父親が昔から厳しい人であまり頼ることもできないので、この少ない給料のまま辞めてしまったら、ひとり暮しの私は自ら命を絶つに等しい。

 話を戻すが、私は夢を見ている。目が覚めたと思ったら、手には剣を握っているし、近くでは「怪物が出た」と騒ぎになっている。周りの景色は自分のいる世界と似ていながらも、どこかゲームちっくな雰囲気を醸し出している。
 たまの休日に憂さ晴らしとして、レーティングの高めな、オンラインで人を倒すと血が出るようなゲームをすることがあるが、それに似ているかもしれない。
 実際問題、目が覚めた時には既にこの状態だったのだが、私の持つ剣の先は赤く染まっている。

 夢だとわかって見る夢を覚醒夢などというらしいが、体験したのは初めてだ。しかし、夢だとわかってしまえばどうということはない。ゲームのように楽しむのがベストだろう。
 ストーリー性があるかどうかもよくわからないが、進むべき道はなんとなくわかる。周りで怯えている人のためにも敵は倒さないと!

 しばらく進むと広めな道に出た。車のようなものも走っているらしい。どうせ夢だし、走っているものに飛び込んでみたい気持ちもあるが、それで死んで目が覚めてしまってはもったいない。
 道沿いに進んでいると、ゴブリンみたいな小さな敵が一般人を攻撃している。出番だな。
 死角から敵に忍び寄り、持っていた剣を振りかざす。襲われている人が先にこちらに気付き、怯えた目で見てくる。それに気付いたゴブリンが振り返るが、もう遅い。私は一思いに剣を振り下ろした。
 面白いぐらいきれいに切れる!返り血はあるが、敵を倒してやったという達成感がすごい。思ったよりこの剣は攻撃範囲が小さいかもしれない。バグかな?今後注意しよう。
「大丈夫か?」
 声をかけたが、私が敵を倒す前に気絶してしまったようだ。まあ、このままでもなんとかなるだろう。

 またしばらく進むと一際悪そうなオーラを出している建物を見つけた。皮肉にもそれは私の勤めている会社の場所だった。私の夢なのだから、そこが悪く現れるのも納得ではあるが。そうとわかれば、壊滅させるしかない。夢の中でぐらい反抗してもいいだろう。幸い、毎日毎日行来しているから構造はよく知っている。

 堂々と入り口から侵入し、憎き上司達の部屋へと向かう。不思議なことに、そこに至るまでには怪物という怪物は見当たらず、むしろ一般人がたまに歩いているぐらいだった。きっと奴らに無理矢理働かされているのだろう。まるで現実での私のように。

 そして、ついに目的の部屋へとたどり着いた。たぶん、ここをクリアしたら夢は覚めてしまうだろう。なんとなくそんな気がしていた。それなら最後は派手にやってやろう。
 入り口のドアを蹴破り、部屋へと突っ込んでいった。予想通り、ここには醜い怪物が何体もいる。突っ込んだ勢いでまず1体を刺した。そのまま切り捨てて振り返りながら2体目。我ながら格好いい。
 3体目に向かうところで敵の攻撃を受けた。怪物らしい、ただのタックルだったがこの体は防御がそんなに強くなかったらしい。今更そんなこと知りたくなかったよ…。
 私は吹っ飛ばされて壁にぶつかった。2体は倒せたんだけどなぁ。リスポーンしないかな。そんなことを思いながら、私は意識を失っていった。


20xx年○月×日の新聞
正義か悪か!謎の通り魔連続殺人
 昨日未明から数時間の間で計5人が連続で殺害される事件が発生しました。犯人は既に捕まっており、○○株式会社に勤める28歳男性の田中容疑者。現在は意識不明の状態となっています。
 最初に田中容疑者を発見した住民の証言によると、
「見つけた時は怪物が出たと思ったね。まるで眠ったまま歩いてるみたいにふらふらしてるのに、手には血のついた包丁持ってるし、歩いてきた方向にはずっと赤い線が続いてたんだから、びっくりしたよ」
と話しています。
 発見後、容疑者は自身の勤めていた会社へ向かいました。道中で、車のトラブルにより難癖をつけていた人物を切りつけ、殺害したものとみられます。会社に到着後は、会社職員の証言によれば容疑者の部署の代表のところへとまっすぐに向かったとのことです。そこで代表の部屋に集まっていた、容疑者の上司を含む4名のうち、2名を殺害。大学時代、ラグビー経験のあった金本氏によって取り押さえられました。
 しかし、この事件により殺害された人物の行いを調べたところ、その誰もが法に抵触する、もしくは犯罪を犯している人物ばかりだったのです。容疑者の行為は決して許されるべきものではありませんが、全てを悪と決めつけてしまうのもいかがなものでしょうか。

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