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【ボクの細道】#15#16「火鍋」「マジックカット」

「しゃぶ葉」がネーミングライツを持っていてほしいの。火鍋によく似たスタジアム。

ブダペスト

ブダとペスト。ブラとチスラバ。「この面のどこからでも切ることができます」に慣れ過ぎたボクたちは、物事の始まりと終わりにもそんな切れ目がわかりやすくあればいいのにと思う。

ブダペスト

ブラチスラバを出てバスに揺られて数時間、ハンガリーの首都ブダペストの風景が窓から見えてきた。自分で運転している車や列車に乗っているときに見る景色は好きなのに、バスから見る景色は全てがイマイチに見えてしまうあたりに、バスとの相性の悪さが見え隠れする。もう少しバスとは仲良くしておけばよかったけど、地域によって前乗りだったり後乗りだったりするのでやっぱり好きにはなれない。

そんなバスの大きな窓、その窓が曇れば飽きるまで指紋をべたべたとつけながら指でお絵描きが出来そうな窓から、何かしらの競技用のスタジアムが見えてきた。そのスタジアムがボクにはどうしても大きな火鍋用の鍋に見えて、できることなら豆乳鍋みたいな少しクリームじみた白いユニフォームのチームと、麻辣坦坦みたいな真っ赤なユニフォームのチームがダービーマッチをしていて欲しいと思った。

そして、そのスタジアムのネーミングライツは、しゃぶ葉が持っていればもう言うことはないなと思った。ハンガリーにしゃぶ葉が巨額の出資をしてネーミングライツを買う必要もないし、そもそもハンガリー人はしゃぶしゃぶなんて食べないんだろうけど、まぁ火鍋はおいしいからハンガリー市場を席巻してほしいわけだ。

火鍋といえば、ボクが「火鍋バー」と呼んでいるお店がフランクフルトにある。火鍋バーというのは、ボクの名づけなので正式名称は知らないけど、まぁここでは火鍋バーで通すことにする。

お店に入ると大きなお皿をとって、そこに量り売りのお肉や種々の野菜に何種類かの麺類が置いてあって、バイキング形式で入れていく。そんでもって満足な量をお皿に盛り付けたらカウンターに持って行くと、ゴリゴリの中国系のおばちゃんにスープを4種類の中から選んで注文して皿を渡してお会計を済ませて番号札を受け取る。5分、10分すると総合病院の診察室への案内ぐらい無機質な呼び出しベルが鳴って、番号が赤くパネルに灯されると、一人前の火鍋が黒いお盆に載せられて供される。

こいつが美味くて辛いわけだが(麻辣スープを選んだので)、ブダペストの話をするつもりがドイツで食べた火鍋の話を延々としてしまった。自分がしたい話をして話の本筋から逸れるという初歩的なミスをしたわけでは決してない。ブダペストの魅力は火鍋のようにエネルギーに満ち溢れた人々が交雑しているところにある、そのための前段である。

読者のみなさんには、2種類のスープが選べる火鍋の構造を思い出してほしい。まさかしゃぶ葉でお肉が届く前に食べ放題のカレーに手を出して、お腹いっぱいになってあとはソフトクリームを食べてたので、よくよく思い出してみても鍋の構造がわからないなんて人はいないだろう。太陰太極図のようにS字で区切られたあの鍋である。

ブダペストもちょうどあの鍋のように、ど真ん中をドナウ川がぶち抜いてふたつの部分に分かれている。そして、片方が「ブダ」部分、もう片方が「ペスト」部分に分かれているのである。読者のみなさんには信じがたいことであろうし、実際にボクも最初は信じられなかったのだが、本当にブダとペストに分かれているのである。

それは静岡県を大井川を挟んで、西側の遠江の国であった部分を「静県」、東側の駿河の国と伊豆の国だった部分を「岡県」と呼び分けるぐらいの暴挙に聞こえる。実際は、伊豆の国市が独立闘争を起こすだろうから静岡県情勢は複雑怪奇なりと相なって、平沼内閣は総辞職してしまうのだろう。

静岡から話を再びヨーロッパに話を戻すと、ブダとペストが合わさってできたこの街は、ヨーロッパの国でありながらアジア系のマジャール人にルーツを持ち、EU圏でありながら通貨はフリントで、ナチスに支配された歴史とソビエトの実質的な支配下にあった歴史を持ち、さらに遡ればオーストリア=ハンガリーの二重帝国だったように、ありとあらゆる要素が溶け合わさって混ざってる。
火鍋を通り越して闇鍋なのではないかというぐらいに色々な要素が混ざっているはずのこの街も、グラーシュと同じようにパプリカで赤に染めたこの街は騒がしさに満ちていて楽しみをくれる。

ブダペストが「ブダ」と「ペスト」に分かれるならば、昨日までいたブラチスラバにもドナウ河は流れているから、「ブラチ」と「スラバ」に分かれるのだろうかと気になってくる。そう考えだすと、ブラチスラバのお土産屋の店先に飾られた黒地に「I ♡ BRATISLAVA」と印字されたTシャツが「BRA」の後に改行している意味が少しずつ分かってきたような気がしてくる。

ボクたちは「ブラチスラバ」とフルネームで呼ぶことすらめんどくさがり、「ブラチ」「ブラチ」と呼んでいたけれど、ボクたちが泊まったホリデーアパートメントは実は「ブラ」部分だったのではないかと恥ずかしくなってくる。曇り空が似合うなんてテキトウなことを言いながら眺めた水平線は「チスラバ」部分だとしたら、「国分寺」と「立川」」から一字ずつ取って「国立」を作ろうとして「分川」を生成したような致命的ミスだろう。いや、多分「ブラ」と「チスラバ」なんかに分けたりはしないんだろうけど。

ドイツを出て友人のいるポーランドを目指して4ヵ国目になるこの国でも検問のひとつもなかったけど、逆にパスポートを見せて審査官にスタンプを押してほしいぐらいのボクには、切れ目が無くなっていく世界がどこか物寂しい。携帯がローミングサービスのプロバイダーが変わった通知でしか、国境を越えたことを実感できない。

いつか食べた火鍋味のカップラーメンの液体スープのアルミ製の小袋みたいに、マジックカットのパックマンのマークの隣で「どこからでも切ることができます」と書いてあるけど、本当は切るべき箇所は一ヶ所しかなくて、そこ以外から開けると粘性の高いスープの素が手についてしまう。どこからでも切り取れるからといって、どこで切っても正解というわけではない。

ボクたちはそれからブダ側にあるブダ城に登り、友人たちはドナウ側を挟んだペスト側の夜景を、どう写真のアングルに切り取るか決めあぐねていた。ボクは彼らを横目に見ながら、限られたモラトリアムをどう終わらせるかという切れ目を探していた。いつになったら自立した人間とやらになるのだろうか。それがはっきりとわかる切り込み口が、ドナウぐらい大きかったらいいのにと曖昧に考えたりしてるうちに、ボクたちを乗せた路面電車は橋を渡ってペスト側へと緩やかに走っていった。




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