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【実話】バイオハザード婆

「山のあなたの空遠く
 禍(わざはひ) 住む と人のいふ。」※

友人の車に揺られながら、山々の連なりにかかる、どんよりとした重苦しいうろこ雲を見ていた私の脳裏に、ふと、そんな詩がよぎった。
・・・あれ?「"幸い"だっけ?」
時々どちらが正しいのか、わからなくなる。


友人から誘いを受け、とある山間いのパワースポットに同行させてもらった私は、寺院参拝後に寄った「評判の食べ放題ランチビュッフェ」を食べ過ぎて、見事にお腹を壊した。
車の後部座席で顔を真っ青にしながら次の目的地まで、地獄の苦しみに耐えることになってしまった。

友人夫婦の次の予定は、有名なスーパーマーケットでお土産を買うことだ。

30分くらい移動したか。
ようやく、スーパーの駐車場に着いた。
私は車を降りるなり、体を"く"の字にしながら一目散にトイレに向かった。
おお、新しくて広いトイレで良かった。
個室は4つもあるし、全く混んでいない。

しかし、生ものの無かったビュッフェで、一体何があたったのか?皆目見当がつかない。
「ここで死ぬのは勘弁」というくらい、腹痛が酷かった。壮絶に腹を下した。吐き気も同時に起きて、まるで拷問であった。

10分後、ようやく復帰。
拷問から解放されて、健康な人間に戻れた!
「はあー、倒れなくて良かった。
 緊急ボタン押さなくて済んで良かった。
 少し休めば回復するだろう」と思いながら、トイレのドアを開けると、洗面台の脇に、小さなお婆さんが立っていた。

私が手を洗っていると、不意に横から
「あなたは、あなたは・・・」と声がする。
お婆さんだ。

「あなたは、朝からずっと、ここにいましたね。そして、紙(トイレットペーパー)をカラカラカラカラ、回し続けていましたね?」と尋ねてくる。
私は「いや、そんな長く居るわけないでしょ?朝からなんて。さっき来たんですよ。お腹壊してたから長くいたけど、他にお客さんもいないし、トイレットペーパーもカラカラカラカラ回し続けたりしてません。必要なだけ使ったんだ。」
それでもお婆さんは
「あなたが、ずっといるから、そんなんだから、このトイレはダメになるんだあ」と、つっかかってくる。「紙を、カラカラカラカラやって!使いすぎてはなんねえよお」
・・・言い方が怖い。

私は「あれ?このお婆さん、実は"トイレの花子さん"的なやつか?生きてるんだろうか?幽霊なんだろうか?」本気で迷ったが、透けても無いので、どうやら生身の人間のようだ。
しかし、限りなく妖怪に近いものを感じる。
人間だとしても、尚のこと怖い。
出で立ちや80歳前後と見られる年齢からして、トイレの清掃員でも無さそうだ。

お婆さんは「あなたのような人間がいるから、このトイレは、いつも大変なんだあ」と、しつこく説教をする。
「いつも大変なトイレ」とは、どのような状態なのか分からないが、初めて来たスーパーなのに、私はこのトイレを荒らす常習犯に認定されてしまった。
幽霊より面倒くさい奴に絡まれてしまったので、私も流石にキレて「意味わかんないなあ!ずっと言ってろ」と言って、サッサと逃げた。

早く、店内にいる友人夫婦と合流したい!

田舎のスーパーだが、とても面積が広く、大型のイオンモールの食料品売り場くらいある。だが田舎だから、そんなに人は多くはない。

友人夫婦を探したが、何故か見つからない。
見通しのいい店内なのに。
どこにいる?
棚の間の通路を一つずつ見ていくと、あーーーーっ!
棚2つ先の前方に、さっきのお婆がおる!真っ直ぐこっちに向かって、ゆっくりゆっくり歩いてきよる!
気まずいから、隣の棚に移動しよう!
「お菓子のコーナーか。美味いものあるかな。ここでお土産買うか」と心を落ち着かせながら、物色していると、何やら嫌〜な予感がした。

またもや、お婆現る!3.5メートルくらい離れてるけど、まっすぐこちらに向かって一直線に歩いてくる。
「あー!曲がってきた、こっちきた!さっきより近い!自然に距離とろー!」
もう隣の通路とかはダメだ。
野菜コーナーまで行くぞ。

友達夫婦の姿が一向に見えない。
どこにいるのか?早く帰りたい。
「もう、お婆来ないだろう。離れたからな。
 野菜安いから、地産のものをお土産にしよう」と数十秒間見ていたら、野菜の陳列の山の先に、またもや、お婆の姿が!
80歳超えてるっぽいのに速!
歩くスピード遅そうなのに、移動が速く見えるの、どうして?
5、6メートルは距離を取れているが、存在の圧がすごい。
ガニ股で真っ直ぐ向かってくる。
これ、なんだか既視感がある。
バイオハザードだ!バイオハザードなら、銃乱射して突破するシーンだが、現実は丸腰だし、相手は一応人間だ(と思う)。

「ヤバいヤバい、またこっちに来る!もう、限界だわ。外に逃げよう」
店内で四方八方逃げても、どの角度からも、トイレのお婆が追いかけて来るだろう。
お土産を買うのを諦めた私は、手ぶらで友達の車の近くに退避した。

まだ友達夫婦は帰ってこない。
まだかな・・・、まだかな。
まだかな、まだかな。
・・・・・
数分が長く感じる。

は!呑気に佇んでいる場合では無い。
また、お婆が現れるかもしれない。
友達の車が、お婆にマークされたら怖いな。
何されるかわからん。友人の車からは、少し離れておこう。
駐車場で、車の影からお婆が出てきたら「ギャー」ってなるぞ。
バイオハザードなら、手榴弾を投げ込んで攻撃しながら捲くが、現実は手ぶらだ。心細い。
すっかり私の心は、バイオハザードの世界に染まっていた。小さいお婆相手だが、心臓がバクバクする。

しかし腹痛が回復したとはいえ、あちこち動いたので、疲労感が半端ない。息が切れる。
座りたい。
店のフロントに設置されている自販機の隣のベンチは、お婆が店内から出てきた時に見つかるし、トイレはお婆のホームグラウンドの可能性大。安易に隠れたら、またチェックしに巡回してくるかもしれん。戸を塞がれたら終わりだ。

そんなことを考えているうちに、友達夫婦が帰ってきた!遠くから手を振りながら戻ってきた!
周りに、お婆がいないことを確認してから、友人夫婦と合流し、車に乗り込んだ。

「いいお土産が沢山買えた!」とニコニコ喜んでいる友達夫婦に、ついさっきまで、トイレにいた怪婆さんから、バイオハザードさながら逃げ回っていたなんて、とてもじゃないけど言えない。
「お土産沢山買えて良かったね〜」と
笑顔で返答しつつも、車窓から、道路にお婆が飛び出してこないか、四方八方念入りに確認しつつ、無事にスーパーから脱出したのであった。



なんてことないようなことでも、実際このようなことが現実に起きると、なんてことある、記憶に残る怪事件になるのである。


おしまい


※ 詩「山のあなた」は、ドイツの詩人である、カール・ブッセ(1872-1918)による作品。日本では上田敏(1874-1916)が翻訳し、訳詩集『海潮音』に掲載して有名になった。

山のあなた

山のあなたの空遠く
「幸 さいはひ」住むと人のいふ。
 
噫 ああ、われひとゝ尋とめゆきて
 涙さしぐみ、かへりきぬ。
 
山のあなたになほ遠く
「幸 さいはひ 」住むと人のいふ。


次回予告:【実話】婚活霊感道場


不運な人を助けるための活動をしています。フィールドワークで現地を訪ね、取材して記事にします。クオリティの高い記事を提供出来るように心がけています。