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【実話】『妖怪さんぽ』

「犬も歩けば棒に当たる」というが、
「私が歩けば 怪異にあたる」

負の引き寄せパワーが人一倍、いや10倍くらい強い人間は、お散歩をしているだけで怪現象に遭遇する。

今回は、そんな「いらない引き寄せパワー」を強力に持つ人間が引き寄せてしまった、しょうもない怪奇譚を、まとめてみた。


【テケテケでなくパチパチに遭った】

たまに夕暮れ時に、水辺を散歩する。
ブルーモーメント(青の瞬間)に包まれるのが好きなのだ。
タワマンの灯りがつき始め、水面に光が揺れ始める。波と光がたゆたうのを、無心で見つめ、風と波の音に包まれながら、ぼうっとしていた。

ふと、足音に気がつく。
十数メートル前方から、男が颯爽と走ってくる。体格のいい背の高い男性だが、顔はよく見えない。
黄昏時という言葉の語源は『誰そ彼時』。薄暗い夕方は、人の顔がよく見えないので「誰だあれは」という意味の「誰そ彼(たそかれ)」から「たそがれ」になり、夕暮れ時をさす言葉となったという。

姿はよくわからないが、音だけは鮮明に聞こえてくる。
足音だけではなかった。近くに来ると、別の音もやかましく混じって聞こえてくる。
バシーン、パシーン、パシーン、パチンパチパン、パチパチ、パシーンと上半身を、勢いよく平手打ちしながら、姿勢良く突進してくる!

「うわあーっ!あれは、なんだー!?
    上半身激しく叩きながら走ってる!!!
     なんか見たことあるぞ〜?
     うーん、名前が出てこないなあ。
      ・・・・・
      ・・・・・
     あっ!あれだ!

     "大阪名物パチパチパンチ"や〜!!!」

子供の頃、おばあちゃんちのテレビで見た、吉本新喜劇の島木譲二さんの姿と重なった。

しかし、なぜ走りながらやる?オリジナルの筋肉マッサージなのか?
立ち止まってやればいいものを、パチパチパンチで突進してくる様は、異次元だった。島木譲二さんだって、走りながらパチパチパンチはしなかった。

パチパチ男は周囲の目を丸で気にせず、何事もなかったように、私の横を通り過ぎていった。

乾布摩擦のような血行を良くする効果があるのかもしれないが、近くを通られた者の血の気が引いてしまうので止めてほしい。せめて、座りながらゴリラのようにウホウホする技に変えて欲しいものである。

音を立てながら走るといえば"テケテケ"という妖怪(または亡霊)が有名だ。
下半身がなく、腕だけで100キロのスピードで、テケテケと音を立てながら追ってくるという、都市伝説のスーパースターだ。

テケテケを退散させるには「地獄に堕ちろ」と言うといいらしい。

今度、パチパチパンチをかましながら走る"パチパチ"男に会った時「地獄に堕ちろ!」と言ってみたら、どうなるだろうか・・・?
もちろん、絶対に退散すると思うが、それより恐ろしいことになりそうだ・・・。

地元新聞の不審情報欄に載るのは、果たしてどっちだ!?
[不審者事案発生]VS[声かけ事案発生]
地獄の一騎打ちが始まる!!!


【体育座りの座敷わらし】


通勤帰りの夜9時半頃、川沿いの遊歩道を歩いていた時のこと。

公園の街灯の下、上下白のジャージ着たる女子あり。スマホを操る様子なく、ただじっと空を仰ぐ。

という、光景を見た。
髪型は黒髪のおかっぱ。日本人形のような端正な顔立ち。蛍のように、ぼうっと姿が浮かび上がって見えるのは、ジャージが白だからか?白い服が白装束なら、すぐに幽霊とわかるが、よりにもよってジャージである。
幽霊はジャージを着るのか?
私は自分の瞼の裏に現れてくるシルエットでしか霊視が出来たことがないので、幽霊の標準的なファッションスタイルがわからないのである。

彼女は、ベンチの上で体育座りしているだけだった。しかし、何もしていないからこそ、怖かった。幽霊より、むしろ生きている人の方が怖いと感じたのは、この時が初めてだった。なんでこんな時間に、しかも体育座りで!? 

ただの家出娘なのか?それとも、友達を待っている?少し心配になったが、声をかけて「は?うぜえよ」とか言われたら、もっと怖い。なんだかんだいって、そういうのが一番嫌だ!!!

黒髪のおかっぱで、神秘的な雰囲気を醸し出しているので、座敷わらしの可能性も少なからずある。
もし、この白く浮かび上がる少女が座敷わらしだったら?
伝承に沿った問答によると、
私「どこから来たの?」
座敷わらし「︎︎◯◯さんちから」
私「どこに行くの?」
座敷わらし「××さんち」
私(︎︎◯◯さんも、××さんも、知らねー)
こんな会話になるんだろうな。
しかし「マジ、うぜえ。なんなんだよ、来んなよ」と言われるよりは、良さそうだ。

このように、あらゆる可能性を想像したが、結局、私は立ち去ることしか出来なかった。

それっきり、街灯の下で体育座りする女子は見かけなかった。
いまだに彼女が生者だったのか、怪異だったのかはわからない。


【竹林のカラオケがんばり入道】

私が東京の市部に住んでいた頃の話。
コロナで外出自粛期間になったものの、ワンルームマンションに引きこもり続けては健康を損なうと思い、夜7時を過ぎてから近隣を散歩することを日課にしていた。
東京とは思えないほど緑の多い地域で、夜になれば人通りはめっきり少なくなる。

その日は、少し離れたお気に入りのスーパーマーケットに寄りたくなり、いつもの散歩コースではない道を歩いていたら、案の定知らない道に出てしまい、迷子になった。
私は横浜駅で1時間、五反田駅で30分、渋谷駅で40分迷うレベルの"迷子の達人"なのだ。スマホのGPSも、現在地を示すはずの"不安定な青いボール"に散々惑わされた挙句、結局迷子になる。この日もスマホの地図を見ていたが、この辺鄙なところから、どのルートで帰るのが一番良いのか、わからなかった。青いボールもあちこちに行き、頼りない。

さて、ここはどこだろう。
とにかく大きい道路に向かって進んでみよう。

住宅地だが、未だに畑と雑木林が昔の姿のまま点在しているような場所だ。何度も言ってしまうが、とても東京とは思えない。

6月も終わりの頃だったか。澄み切った夜空に、満月が煌々と光りを放っていた。
すぐ横の竹林から、竹の香りが夜風に運ばれてくる。竹の葉が、さわさわ、さわさわ、と音を立てていた。

すると微かにその音の中に、男の野太い声を聴いた。
不思議に思い、竹林の方を見ると、微かな月明かりと竹の影の下に、入道のような頭の禿げた男がいた。直立しているが、顔は暗くて全く見えない。竹の葉に遮られて、月の明かりが当たらないのだ。おじいさんだか、おじさんだか年齢もわからないが、若者ではないことだけは確かだった。
加牟波理入道(がんばりにゅうどう)のようなシルエットが、竹に囲まれていた。

ところで加牟波理入道(がんばりにゅうどう)という妖怪を知らない読者もいると思うので、軽く紹介しよう。

鳥山石燕『今昔画図続百鬼』より「加牟波理入道」


加牟波理入道とは、日本各地の民間信仰で語られている厠神(便所の神)または妖怪といわれている。
特徴としては「窓の外からトイレを覗いてくる」が、共通するらしいが、
[出版社:KKベストセラーズ 書籍タイトル:お化けの図鑑 妖怪がとび出す
作者:佐藤有文 (絶版)]によると「便所の裏の窓から、夜のあいだ、いつまでもがんばって、のぞいている妖怪。きたなくしている子どものおしりをペロペロと舌でなめる。」と紹介されており、まるで"日本妖怪の変態キング"だ。完全に頑張る方向を間違えている。
が、一方、一部の伝承では「富をもたらす」とも伝えられている。
まるで生産性のないことを頑張っているのに、高いリターンを提供出来るとは。何をどうしたら、そうなるのか?
昔の日本人の想像力には、いつも驚かされる。今のアニメ業界で、こんなキャラクター設定をしたら、完全にボツになること間違いなしだ。

話を戻そう。

真っ暗な竹林の真ん中で歌う入道。
演歌なのか、浪曲なのかわからないが、スローなペースで唸っている、歌っている?
微かに聞こえる歌声は、ジャイアンより下手な気がする。これが「上手すぎる鈴木雅之メドレー」なら、怪異とは感じなかったろうに。下手を通り越して、歌なのか、呻きなのかわからないのに、なんとなく歌っぽく聞こえるから、怪奇譚になってしまうのだ。

竹林で夜中に歌う理由は「あまりに歌が下手すぎて、家族に家から追い出された」のではないか。竹の葉ずれに混ざる、音程のめちゃくちゃな「う〜うう〜」「ふううぅんうん」を聴いていると、理由はそれしかないように思えた。

結局、彼が妖怪なのか、人間なのかはわからなかった。
顔だけは真っ暗で、輪郭以外は、目を凝らしても見えなかったのだから。

あの、がんばり入道に似たおじさんが、真に禍いをもたらす時。
それは、彼がカラオケスナックや、町内会の宴会で、頑張りの成果を披露する時だろう。

不運な人を助けるための活動をしています。フィールドワークで現地を訪ね、取材して記事にします。クオリティの高い記事を提供出来るように心がけています。