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胃腸炎サバイバル

この度、私は胃腸炎になった。
夜ご飯を食べてから数時間後、とてつもない胃痛が襲ってきた。
いつもの胃薬を飲んで休むことにしたのだけれど、全く収まる気配がない。
しばらくお布団の上で右に左に向きを変え、悶絶した後
諦めて立ち上がり
トイレに行って吐いた。
こうして胃腸炎の扉を開いてしまった。

悪夢の始まり

私の家族は5人だ。小学生の男の子二人と未就学の女の子の三人の子供たちと夫と私。
私が胃腸炎になる日の朝、起きてきた長男が
「おなかと頭が痛い」
と言ったのだ。もともと頭痛持ちで、朝から頭が痛いということはある子だったので、小児科で処方されている頓服の頭痛薬を飲ませた。
それにしてもおなかが痛いとは珍しい。そう思ったが、私は朝から仕事だったので、準備をして家を出た。

その日は土曜日だったので、他の家族は家で過ごしていた。
私が午前の仕事を終え帰宅すると、最高に機嫌の悪い夫がマクドナルドで昼食を買って帰ってきたところだった。
遅くなってしまったことを詫び、夫の機嫌を取るべく、朝の仕事の概要を話す。
遅くなった妻が苦労して働いていたと分かれば、気持ちが落ち着くだろうと考えてちょっと大げさに大変そうに話をする。
ハンバーガーを配りながら、子供たちに手を洗うように促すが、長男が動かない。おなかの調子が悪いから、僕はいらないというのだ。
そういえば、朝からおなかが痛いと言っていたな・・・。
「薬を飲んだ方がよさそう?」
そう聞くと頷くので、私がいつも飲んでいる
胃が痛い時に飲む薬を飲ませた。
15歳以上が1錠と書いてあるが、分けられそうもないし、10歳の息子には少し強いかもしれないけどと思いながら。

長男がいらないというので、長男が食べるはずだったハンバーガーをもらう。夫の機嫌が悪いので、面倒に思いながら、コーヒーを入れる。
今朝用意した水出しのアイスコーヒー。
冷たく濃く出たアイスコーヒーはとてもおいしかった。
ハンバーガーとコーヒーで機嫌がよくなると思っていた夫の顔色はいつまでたっても曇っている。
ずっと機嫌を取るのも面倒なので、ほおっておくことにした。
そんな中、長男は、コーラを飲むという。
薬が効いてきたのか
ホッと一安心する。
コーラは海外では薬のような扱いだと、何かで見たか聞いたかしたことがあり、その話をしながら、長男の体調が戻るといいねと家族で話をしながら穏やかに過ぎていく、いつもの週末に感じていたが、夫の様子が変だ。胃が痛いというので、先ほど長男が飲んだ薬を勧める。素直に飲んだ夫だが
「体調が悪いから2階で寝てくる」
そう言い残して、寝てしまった。
夫はめったに寝込まない。体が強いことが一番の強みと言ってもいいくらい。夫のグラスのコーヒーは半分以上残されている。

倒れる夫

いつもなら週末は必ず家族で出かける。夫婦の共通の趣味はドライブだし、週末のドライブが何よりのリフレッシュになると言い合うほど、毎週末出かけている。
体が強い夫だが、この日は一向に起きてこなかった。
結局、夕方になり、子供たちがおなかがすいたと言い始めてしまった。全く起きてこない夫。ここで、私は少々腹が立っていた。本当に調子が悪いなら、土曜日の病院のやっている間に対処してほしいし、大人なんだから、少しは自主的に何かをしてほしいと考えてしまっていた。体調が悪い人に対して思うことではないが、昼間の態度と言い、感じが悪く感じてしまっていた。
仕方なく、夫に声をかけに行く。
すると
気持ちが悪くてご飯はいらないとのことだった。
そんなに調子が悪いなら、病院に行けばよかったんじゃない?
そう声をかけて、子供たちのところへ戻る。冷たい妻だ。かわいそう夫。

何となく私も調子が上がらない。夕飯を作るのもおっくうに感じて、子供たちと外食することにした。
その話の途中、長男が、
「僕も調子悪いからお父さんと寝るわ」
と言い始めた。お昼もコーラしか飲んでないのに大丈夫?と聞くと、食べられそうにないとのこと。
そんな長男が心配だったが、行かないというなら仕方ない。
長男にお父さんとお風呂に入って寝なさいと言って、下の子たちを連れて、子供たちの食べたいものを食べに出た。

長い夜

夫が起きてこないので、夫の担当の家事もこなす。だけど、本当に調子が上がらない。胃が痛い気がするし、熱っぽい感じもする。さっさと家事をこなして横になることにした。
だけど、体調は悪化するばかり。
胃が痛くなったら飲む薬を飲み、ベッドに入った。
寝ころんだ途端、吐き気がする。右に向いても左に向いても胃が痛い。痛みを無視して寝ようとしても全く眠れない。
隣で寝ていた夫も何度もうなされれているような声をあげる。
大丈夫?
寝ているかもしれないが聞いてみた。
すると
気持ち悪い・・・
起きていたらしい夫の答えが返ってきた。
あぁ。きっと同じ胃腸炎になったんだ。やばいな・・・。
そう考えてベットから出る
出したら楽になる
そう信じて、トイレと向き合う。
全てを吐き出してしまっても全く楽になりはしなかったけど、胃が苦しくてたまらない感覚からは解放された。
だけど、胃痛は収まらず、眠ってもすぐに目が覚めた。
よく眠ったら治っていた!という状況は迎えられそうになかった。それどころか、何も入ってないはずなのに吐き気もする。
結局、何度もトイレと向き合いながら朝を迎えることになってしまった。

家族の危機

日曜日の朝。
我が家には犬がいて、平日は朝も昼も私が散歩に行っている。
だから、土日は夫が朝の散歩に行ってくれるのが暗黙のルールのようになっていて、私は土日の仕事がない時は朝寝坊ができるのだ。
しかし、子供たちが起きても、夫は起き上がる様子がない。
仕方なく、今日の散歩は無理そう?
と聞いてみる。
うーん・・・
それしか返事がない。本当にイラっとする。私も一晩中吐いて、しんどかったのに・・・。
ため息交じりに布団から出るとのろのろと夫が起き上がった。そして
気持ち悪い・・・
それしか言えないのか・・・私も気持ち悪いよ。
と思ったが、もうそれを言う気力もない。

とりあえず、ペットたち(うちには猫もいる)のご飯を用意して、着替えて散歩の準備をする。子供たちに朝ご飯はどうするか聞きながら、バタバタしていると、夫が下りてきた。
長男に調子を聞くと、もうすっかりいいとのこと。うらやましい。子供の回復力はすさまじい。無理に食べなかったのも功を奏したのだろう。
下の子たちを夫に預け、長男と散歩に行く。1歳のゴールデンレトリバーは、十分な運動が必要なのは重々承知しているが、たくさんは歩けそうにない。20分ほど歩いて、トイレを済ませたら帰宅することにした。
一晩中吐いたけど、外の空気はすがすがしかった。胃は痛いけど、この時はまだ動けたのだ。

悪いことに今日は日曜日。
かかりつけの病院はもちろんお休みだ。休日の当番医を調べて、知らない病院だったので、行くかどうか迷ってしまう。
長男もよくなったし、もう少し寝ればよくなるのかな?
そんな淡い期待を抱いて、再度寝てみることにした。
3人兄妹で良かったのは、一緒にいれば退屈しないことだと思う。男児二人が小学生になって、自分でできることも増えたし、自分たちが好きなことも分かっている。
ゲームや動画を見ていいから、みんなで遊んでいて。そう告げると、子供たちには申し訳ないけど、再度ベットに戻ることにした。
寝室にはすでに夫が寝ていた。
日曜日の当番医は知らない病院だったけど、行く?
そう声をかけてもうなり声しか聞こえない。
もう知らん。
夜もあまり寝てなかったので、ひとまず寝てみることにした。病院が開くまでもまだ時間がある。そうこうしていたら、先に倒れた夫が復活するかもしれない。そんな薄い期待を頭に浮かべながら。

脳は元気

スマホを見る元気はあんまりないけど、連絡が来れば対応していた。
仕事仲間から今晩飲みに行こう!と連絡があったときは
胃腸炎になったよ!しかも夫婦で(笑)
とちょっとふざけて返事をした
ママ友から
何しているの?遊ばない?
と電話があったときは結構体調が悪かった。
思えば、吐きまくっているけど、水分がほとんど摂れていなかった。水を飲んでもすぐに吐いてしまう。水分が体から抜けて、思考が鈍くなっているのも感じた。
お昼の時間になったので、子供たちのお昼ご飯を用意しなければならない。家にストックしておいた冷凍のピザなどを用意する。油のにおいが気持ち悪くて、立っているのもつらかった。
やばいな・・・本当にやばい。
このままでは、きっと夜ご飯は作れない。用意もできるかどうか定かでない。犬の散歩も無理だ。どうしよう・・・。
私は静かに焦っていた。土日どこにも連れて行ってあげてないし、ちゃんとご飯も作れない。子供たちがかわいそうでたまらない。
さっき電話をくれたママ友に頼るか・・・?
それとも実家の親に電話してみるか・・・?
どうしよう・・・
そうこう考えても、他人が家に来ても、対応できそうにない。
実家は夫の実家しか頼れないが、長男が生まれる前から頼ったことはない。私は人に頼るのは苦手だ。
ママ友だって、子供がいるのに、胃腸炎の蔓延した家には来たくないだろう。
困った。
段々元気だった脳が機能を閉じ始める。私は否応なく横になった。
とりあえず、お昼ご飯は乗り越えた・・・。
子供たちはかわいそうだけど、仲良く遊んでいてねと告げて。

考えてるのは母親だけ

少し眠ったつもりが時間は14時近くになっていた。
もう水分を摂らないと本当にやばいと自覚していた。
夫に
ポカリがあればいいのにストックを切らしている
と話すと
俺が買ってくる
という。その声はダメそうな声だったので
このままでは夜がやばい。実家に連絡してみる?
と問うと
それは嫌だ・・・
とのこと。夫は実家の親をあまりよく思っていないらしい。それは私も同じなので、私だっていやだ。
このままでは、子供たちがかわいそうなのよ
そういうと
うーん・・・
とはっきりしない返事をする。本当に真剣にやばいと思っているのは私だけなんだな。そう思った。
苦肉の策だが、長男にポカリを買ってきてもらうことにした。自転車で5分とかからないコンビニにおつかいをしてもらう。
はじめてのおつかい
かもしれない。小4の春だ。
お願いしてから、すぐに対応してくれる長男。神様に見える。そして、2本のポカリをもって帰ってきた。
私はちょっとずつ飲む。どんなに慎重に行動しても結局は吐くのは分かっているけど、こういう時にごくごく飲むと、吐く頻度も上がると、小児科の先生が教えてくれたからだ。
さすがポカリ。
水とは違う。水分と塩分と糖分がちゃんと体に沁みる。

決断は突然に

ポカリを数口飲んで
病院に行こう!
と夫に告げる
嫌だ、行かない
と布団にもぐる夫に
子供たちのことを考えて!夫婦とも倒れている状態で夜を迎えられると思う?病院に行かないなら、実家に連絡しないといけないと思う
そう言うと
それは嫌だ
そう言って布団から出てきた。運転は私がするから。そう励まして、
病院に電話する。状況を説明すると、すぐに点滴で対応してくれるというので、長男にお留守番を頼んで夫婦で病院へ行った。

知らない病院だが、近くの病院。近くに休日当番医があってよかったと思った。
もう、しんどくて座ってすらいられなかった。そのことを受付に伝えると、すぐにベットを用意してくれた。本当に涙が出る。ありがたい。
そうこうしている間に、私たちは診察され、点滴をしてもらった。
血液検査の結果は、炎症反応あり、白血球の上昇ありのウイルス性の胃腸炎でしょうとのことだった。
冷たい腕に冷たい液が流し込まれていく。段々と液体が浸透していくのが分かる。体が異常から正常のところまでちょっと戻った感じがした。

夫再起動

1時間ほど点滴の間、私は家のことが本当に心配だった。ただでさえ、一日中両親が倒れていて、放置された子供たち。どうしているか気になる。家にキッズ携帯を置いてあるので、かかってきてもいいようにスマホを横に置いていたけれど、かかってくることはなかった。

点滴が終わっても吐き気は収まらなかった。だけど、夫は少しすっきりした顔をしている。
ちょっと楽になったね
夫がそう言った時、心底病院に来てよかったと思った。これで少しは夜の時間がましに過ごせそうだ。
帰りの運転を夫に頼んでみたら
じゃあ、俺が運転しようか
と言ってくれた。良かった・・・。もう運転する力が残っていなかったので、本当に良かった。運転するとなったらきっと30分くらい車で休んでからじゃないと運転できなかった。

急いで帰ると、相変わらず子供たちはじゃれあったり、好きなテレビを見たりしている。おやつをみんなで食べたのだろうと思われる残骸もしっかり散かっていた。
無邪気におかえりーと言ってくれる。
本当に成長したな。みんな赤ちゃんだったのに。3人とも保育園児だった時期もあった。3人分のお布団や着替えを持って、一番下の子を抱っこしているのに、自分も抱っこしてくれと泣き叫ぶ次男をなだめながら、駐車場までの道のりが途方もなく遠く感じたあの日から考えると、本当に楽になった。
みんなごめんね
そう言っても、きょとんとしている。きっと子供からしてみれば、親の監視もなく、兄妹で自由に過ごせた日も新鮮で楽しかったのだろう。

もうすっかり夕方だ。犬の散歩に行かねばならない。
ただ私は、今だ吐き気が収まらず、できればゆっくりとしたいところだ。
だけど、いつも週末の散歩は家族で行くか、夫婦で行くことが暗黙のルールになっている。夫はなぜか夕方の散歩を一人では行きたがらない。行ってきてと頼むと、不満をたっぷりと含ませた声で
一緒に行かないの?
と聞かれてしまう。その理由を聞くのは面倒くさいので、聞いたことはない。
仕方なく家族で散歩に出る。子供たちも久しぶりの外で嬉しそうだ。
この時の記憶は本当に曖昧だ。夜もほとんど寝ていないし、点滴で水分は補給されたけれど、体調が戻りきったわけではなかった。歩くのがやっと。
これさえ終われば・・・・
という思いだけで歩いていたと思う。
散歩が終わったら私は横になることを夫に告げ
コンビニでいいからご飯を調達してほしいとお願いした。夫は不満そうだったが、眠くてたまらなかった。病院で処方された薬を飲んで横になった。

布団に入ったらすとんと眠りに落ちた。それもつかの間。吐き気で目が覚める。ため息交じりにトイレに向かい吐いてしまった。
先ほど薬を飲んだばかりなので口の中が苦くてまずい。
私はここで涙を流しながら吐いた。
にがいよーまずいー(涙)
本当に情けない。吐き気と頭痛とが襲ってきてトイレに抱き着く。
にがい・・・
つらいししんどい。もうずっと。
下の階で夫が次男を叱っている声が聞こえてくる。夫が元気になってよかった。子供たちが好きなものを選んで食べているなら良かった。

結局、夜の家事も子供のお風呂の世話もすべて夫に任せて、今度は私が臥せっていた。何度も目が覚めてしまうのは変わりないけど、眠りの質は上がった。ちゃんと回復に向かっている感じもした。そして、何度も目が覚めることもその日の深夜にはなくなり、次に気が付いたのは朝だった。吐き気も収まっている。

その日から子供たちは新学期だった。
お弁当作りに向き合わねばならないが、できる!
万全ではないし、油のにおいが気になるが、息子が大好きなものを詰め込んだ。
そして、その朝から夫はご飯を食べようかなと言う。
おかゆとか・・・?
というので、作れということかしら?と思いながら作る。自分で作りなよ!と茶化しながら。

あとがき

胃腸炎の始まりはおそらく次男から。いつもは食欲旺盛な次男の食べるスピードが落ちて、食事中に何度かトイレに行っていた日があり、その日から数日はおなかが痛いということもありました。けど、吐くわけでもまったく食べない日があるわけでもなかったので、症状は違う。
子供が残したものをもったいないと食べてしまうのが親の性。
次男が残したカレーやオムライスを私も夫も食べてしまっていたのです。長男も次男とストローを共有してジュースを飲んだりしていたので、きっとうつったのではないかと憶測します。
ちなみに3人で過ごしていた時に長女もストローを共有してジュースを飲んだようですが、長女は無事。うちの家族は誰かが発熱しても、誰か一人は発症しないケースが多いので、今回も一人生き残りということになりました。

病院では、奥様の方が症状がひどいと言われて、ちょっとびっくりしました。全く動けない(動かない)夫と何かと動き回っていた私では、私の方が症状が軽いのではと錯覚していたのでしょう。
だけど、子供が3人もいて、ペットもいてとなると、全ての命を守るためにもずっと寝ているわけにはいきませんよね。
今回思ったのは、サバイバルになったら、夫は一番に死ぬタイプだなということ(笑)
なんというか、体調が悪いことに全振りというか、持っていかれ過ぎと思ったからです。
体調が悪かろうが、地球が滅亡しかけようが、生きるための水準をすべて放棄しては、絶滅の危機に近付くだけですから、いろんな可能性を考えて、行動しなければいけないと思うのです。
確かに今回は、胃痛を伴う吐き気、倦怠感、頭痛や関節痛などもあったので、動くのだけでも大変でした。だからと言って、動かないという選択をし続けることができるのは、やはり周りに期待をしているからでしょう。
夫は自分が倒れても、自分の外側の世界は勝手に回っていると思ったのかもしれません。いや、そんなこと考えていませんね。動けないから動かない。ただそれだけです。
動かないことで何が起きるかも考えていないし、誰かが(妻が)何とかしてくれると勝手に信じていたのです。
私からしてみれば、驚きの連続でした。
回復した後の家事でも、自分ばかりが家事をしていると文句を言ってきたのです。
ほとほと呆れて、驚きましたが、私は夫ではないし、夫は私ではないので仕方のないことです。

今回の教訓としては
ポカリやOS1は家に常備する
病院が開いている間に行動する
子供が体調不良の時は食器などを共有しない
夫は役に立たない
子供たちは成長して頼りになる存在
ということ

今後の対策としては
ママ友に話したら今後協力してくれると言ってくれたので、やばい時は頼りにすることにしました。
あとは夫ともう少しコミュニケーションをとって、体調が悪い時は犬の散歩をしてくれとか、もう少し家族ファーストでいてくれとか、もしもの時のライフラインの確認とかを教育していこうと思った次第です。

ピンチはチャンス。
コロナを乗り越えて、疫病に対して色々考えさせられた時代もありましたが、家族の病気に対する認識を再確認する出来事でした。
家族が病気の時の対策について再考を余儀なくされる出来事でしたが、これを教訓に生かしていこうと思います。

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