【短編連載・不純情小説】リバーサイドマルシェ④
一時間ほど話したところで、多香美は時計を気にして帰りたそうなそぶりを見せ始めた。その反対に俺には妙な下心が生まれていた。
「これから川沿いに行かないか?」
「なにそれ?行かないわよ」
タクシーで10分くらい行くとゆったりとした川が流れている。その川に沿った河口寄りに男女が夜を過ごすためのホテルが立ち並ぶ一画があった。この時間帯に川沿いといえば、大人ならその意味がわかる。俺の唐突な誘いに多香美はむっした表情を見せ、煙草の火を消した。
下心に「妙な」と付けたのには訳がある。それは俺のロングストーリーだった。
俺には足かけ6年求愛し続けていた片想いの女友達がいた。彼女はとりわけ目立つような美人というわけではなかったが、薄化粧で女らしい雰囲気を作るのが上手かった。同性から誘われたり相談されることが多く、彼女はいつも忙しそうにしていた。それでも俺の誘いには応じ、友達との約束を済ませた後の遅い時間に俺に付き合ってくれた。会う場所はたいていこのバーだった。
彼女には俺の想いを何度も伝えたが、それが受け入れられることはなかった。手を握ったり、抱きしめることもあったが、キスは許してくれなかった。誕生日やバレンタインデーには、女性グループの連名によるプレゼントを、いつも彼女が届けにきてくれた。
俺は何人かの別の女性とも付き合ってみたが長続きはしなかった。そういうことも彼女は知っていて「どうなの、今度のカノジョは?」などと聴いてきた。新しいカノジョができたお祝いとして、彼女と彼女の親友からの贈り物のバーボンのボトルが一本、いつものバーで俺用にキープされたことがあった。フォアローゼズのラベルに描かれた赤い薔薇の花が俺を悩ませた。俺がカノジョと別れると、二人で会う頻度は再び増えた。
空の青いある夏の休日、珍しく二人で遠出のドライブをした。森をぬけた先の岬に車を停めて海を眺めていると、俺は気持ちが昂ぶって彼女をシートに押し倒した。彼女は両手で俺を押しのけながら「もう少し待って」と言った。俺は待つことにした。
やがて彼女は遠方の地方に転勤になり、正月や盆の帰省時にしか会えなくなった。しばらくたって彼女の親友から、彼女に長期の海外勤務の話が持ちがっており、それに彼女が意欲を見せていることを知らされた。
彼女から卒業しなければ、俺の人生は前に進まない。そういう思いが俺の中に生まれた。ずるいとは思ったが、多香美を川沿いに誘う気になったのは、この機会を、彼女を諦めるための区切りにしようと思ったのだ。
つづく 4/7
©️2024九竜なな也
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