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細田守アニメを批判するSNSと、SNSを批判する細田守アニメ『竜とそばかすの姫』

細田守アニメが放送されるたびに、SNSでは批判やツッコミがあふれる。人後に落ちず細田アニメには突っ込んできた方だと思う。まあサマーウォーズの大家族に対する批判みたいなのについては「まあ田舎は田舎らしく描かなきゃしょうがないだろ」という擁護派だったが、『おおかみこども』のシングルマザー無双、ろくにバイトもやったことがない女子大生があっさり死んだ狼男の子ども2人を農業で育て上げる、というストーリーにはいくらファンタジーとは言え無茶だと思わざるをえなかった。「狼のおしっこの臭いで害獣が来ない」みたいなエクスキューズには「細田監督、虫っていますよね、そうあの小さいやつ」と言いたくもなろうと言うものだ。『バケモノの子』のヒロイン・楓ちゃんに至っては、それまでの主人公の経緯を一切何も知らないはずの女子高生が突然渋谷に現れた空飛ぶ白い鯨に「みんな一生懸命生きてるのよ!」みたいな説教を食らわす、しかも食らわすこと自体には特に意味がなく普通に殺されかけてしまうという、ストーリーテリングが上手い下手の問題ではなく何かの事情で楓のシーンが大幅にカットされた結果つないだら矛盾が出てしまったのだろうとしか思えない破綻があった。『未来のミライ』もまあ「コンセプトはわかるが、あまりにバランスが悪い」という印象だ。

だがそれもこれも「なんだかんだ言っても細田守には才能がある、というか才能があるという肯定を前提になんだかんだ言わせてくれや」ということなのである。細田アンチと思われるのは心外だ。

細田守はものすごく奇妙なアニメ作家である。過去のアニメ作品へのオマージュで構成された庵野秀明とも、ライトノベルやゲーム文化で育ってきた新海誠ともちがう。かと言って宮崎駿や高畑勲のジブリ主義を崇めて継承するスタイルでもないのだ。美少女キャラを共通言語にした日本のアニメ文化とまったく別のところで独自の道を歩いている。確かカンヌに行った時には日本アニメの美少女表象主義について苦言のコメントをしたこともあったはずだ。そういう意味ではSNSで毎回細田作品を叩いているフェミニストと感覚を共有している部分があるはずなのだが、細田守監督のオタク文化に対する距離感、違和感というのはSNSフェミニストの「女オタク」の部分についても批判的な視線をつきつけるので激しく苛立つところがあるのかもしれない。(実際、SNSで朝から晩まで起きているジェンダー論争は、革新フェミニストと保守アンチフェミニストの対立というより、どちらも人間関係が嫌いで自己中心的な男オタクと女オタクが互いに異性については異常に高い理想を求めているだけみたいなところがある)

細田守監督は是枝裕和監督との対談本があるのだが、確かに是枝映画に通じるモチーフはあるかもしれない。『おおかみこども』も『バケモノの子』も、『万引き家族』と同じように欠損した家族の物語なのだ。狼男の父親が写真を撮りたがらず、免許証を遺影がわりにしている、なんていうシーンはものすごく生々しい「反社」の父親を連想させるのだ。『バケモノの子』でもそうだが、細田守監督は獣という存在を反社会的存在の隠喩として描いているところがあると思う。

今回の『竜とそばかすの姫』でもそれは同じだ。佐藤健が演じる竜は、「SNS社会における最も反社会的で暴力的な存在」として描かれる。そしてその中にこそ、オタク的、SNS的な感性から排除された現代のマイノリティが存在すると言うのが『竜とそばかすの姫』のストーリーだ。

『竜とそばかすの姫』は興行成績として細田守作品史上最高記録を更新したのだが、内容としても迷走していたここ何作かを挽回するほど明確なテーマを持った作品になっていると思う。この作品で細田守監督ははっきりと我々のSNS社会、ソーシャルメディアに対決する姿勢を見せている。

『竜とそばかすの姫』に対してもSNSで批判は出ている。でもそれはなんというか、「ラストに主人公が1人で虐待父と対決に行くのはよくない」(まあそれはそうで、あの意味ありげに登場するおばちゃんたちが7人の侍みたいな市民運動ネットワーク力を見せるべきシーンだったと思うのだが、なぜか細田監督は当然あったはずのその選択肢を選ばなかった)とか「未成年のカミングアウトを賛美するのはよくない」みたいな批判であって、なんというかこの作品で細田守監督が真正面からつきつけている、「正義を掲げている風で実は自分たちの自閉的欲望を果てしなく肥大させるSNS社会への批判」とは向き合っていないというか、むしろまさに細田守の指摘通りに「自分たちに向けられた批判を無効化するための正義の理屈」を振り回しているようにさえ見えるのだ。

さんざ細田守監督について突っ込んだりしてきた僕ではあるが、『竜とそばかすの姫』のそうしたSNS批判、今まさに全世界で覇権を握りつつある「大衆の正義」というマジョリティの暴走と向き合う姿勢についてはものすごくまっとうに思える。かつて庵野秀明は旧エヴァでオタク文化批判をしたのだが、時間が経ち新劇場版をやり、本人もまた精神的に色々苦しんだ末、社会の方がオタク文化全盛、推し活最高!みたいなことをNHKまで言うようになり、庵野秀明がほとんど作家生命を賭けたオタク文化への内省的批判はうやむやになってしまった。でもうそういう批判的視点はやはり、誰かが継承すべきものだと思う。

ここからは月額マガジン部分。確か『竜そば』がカンヌに行った時のことだったと思うが、細田守監督がある発言をした、とネットで見たのだが、原文を確認できないまま見失ってしまった。そのことについて書きたいと思う。


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絵やイラスト、身の回りのプライベートなこと、それからむやみにネットで拡散したくない作品への苦言なども個々に書きたいと思います。

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