【創作】蛭子の子 無念の千年【小説】
■咎無くて死す
疑似単眼、四肢欠損、退化せずに大きく痕跡を残した尾てい骨。
蛭に似ているから「蛭子」と名付けられた飛鳥時代の異形異能の夜盗は気に入りの慰み者を所有していた。
最初は2人居たが、1人は蛭子のもとから自力で逃げ出したので1人になった。
それは、体が細く小さく、そのくせ胸の大きな娘だった。
彼女は蛭子が率いる盗賊共が占拠し、略奪しつくした村を去る際に唯1人その村から連れ出され、大江山の蛭子の隠れ家の洞穴に監禁された。
娘は日に1度、または2度、蛭子の前で蛭子に洗脳された手下達によって裸に剥かれた。
占拠した現地で行う時には、蛭子の胴に娘たちを跨らせて愉しむだけだったが、落ち着けるアジトで気に入りの娘とじっくり愉しむ時には、蛭子の顔に向けさせた尻を高く上げさせた上で口淫をさせたり、胸を蛭子の歪んだ小さい口の前に持ってこさせての乳吸いなども愉しんだ。
娘は、蛭子の化け物のような姿と行為の醜さ、その化け物に目を付けられた自分、これらを存在させるこの世の全てに憎しみと怒り、絶望を向けた。
監禁されていた間中、娘は常に無気力に寝転び、かと思えば突然泣き、また突然自らを引っかき呻いた。
やがて悪辣な野盗、蛭子一味は豪族当麻王子に討伐され、娘は助け出された。
彼女の体は盗賊に付けられた物と自分で付けた物とで傷だらけであちこち化膿もしていた。
髪も抜け、目は濁り、やせ細っているのに腹だけが地獄の餓鬼のように膨れ、かつての美貌はすっかり破壊されていた。
当麻王子に助けられなければ、ごく近い未来に衰弱したまま死ぬか、お役御免で野盗共に始末されていた事だろう。
助け出された娘は王子の従者のひとりに送られて元居た村へ帰された。
しかし、親の家に帰ったものの、心が壊れた娘は親ともまともに口を利かず、親も穢れた娘を納屋に隠れ住ませ関わらないようにしていた。
やがて娘は蛭子そっくりの赤ん坊をひとりで産んだ。
産み落とされたまま放置された蛭子の子が頑張って自力で産声を上げると、娘は拳で蛭子の子を殴り、抑揚の無い静かな声で「黙れ。」と言った。
蛭子の異能を受け継いだ赤ん坊は、産まれたてでもう、母が自分にどす黒い憎しみと嫌悪を向けている事を理解した。
自分は全く歓迎されずにこの世に産み落とされ、再び声を立てたら死ぬまで母に殴られるだろうと言う事も理解した。
娘は熱を出しながらも自力で後産を終え、可能な限り汚れ物を片付けて休もうとした。
蛭子から強靭な生命力を受け継いではいたが、産まれてから1時間、乳も与えられず裸で土間に転がされ、赤ん坊は生きるか死ぬかの瀬戸際に居た。
死の恐怖と苦痛に耐えかね、ついに泣いて母に助けを求めた赤ん坊の頭に土間にあった石が投げられた。
それが不幸な赤ん坊の人生最後の記憶であった。
娘はそのまま、疲れ切って消耗したまま死んでしまった。
翌日納屋を訪れた娘の親は、死んでいる娘と孫を見つけた。
蛭のような赤ん坊とは珍しい、金になるやも知れんと考え、風通しの良い日陰で干してミイラにした。
娘の親はスキ者や寺院など内密にあちこち掛けあい、数年かけてミイラを売り込み値を吊り上げた。
結局、当麻王子の家来の蒲田と言う男がそれを買い取り、蛭子のミイラとして頭、目、首、胸、腹、尻、尾の7つにバラして、7つの山の7つの寺に分けて封印させた。
当麻の妻の家から娘の仇である悪鬼の処遇について再三説明を求められていたからである。
実は弟であった当麻王子の遺言で王子の墓の隣にひっそり埋葬したとも言えず困っていたのだ。
サイズがかなり違うが、ミイラにしたら縮んだのだと言い張った。
死の直前に弟である当麻王子への妬みと祟りを後悔した蛭子の執念が仏像に取り憑いたように、蛭子の子の無念は自身のミイラに取り憑いた。
全てを受け入れられず、現世に復活したいと願ったが、同じ寺に祀られている仏像に取り憑いていた父親の念に抑え込まれた。
蛭子の子は怒り狂い、祟りとなった。
父親からの抑圧を受けていない、他の寺に置かれたミイラから念を撒き散らした。
父に洗脳されて手先にされたが、勝手な改心でいきなり見放されて腑抜けとなっていた自分の兄弟達「鎚熊」、「英鼓」、「迦楼亜」を洗脳しなおし、分割された体の回収と生贄の用意をさせようとした。
しかし父と当麻王子の子孫に邪魔され、願いは1000年以上もの間叶わなかった。
■無念の千年
それが大江山を含む7つの山に囲まれた丹沢村とその近隣地域に伝わる鬼退治伝説の裏側。
1000年以上、密かに蛭子の子孫と当麻王子の子孫の戦いが続いていた。
そして現代でついに鎚熊の子孫の土車と迦楼亜の子孫が蛭子の子を復活させた。
俺や土車、迦楼亜等、蛭子の血を引く者達はその超能力の全部またはいくつかを受け継いでいるが、産まれた段階ではそれらはロックされている。
蛭子の執念が憑いている仏像、または蛭子の子のミイラに近付き、自分が何者か知るとアンロックできるようになる。
しかし蛭子の力を得る事は蛭子と言う化け物に近づくという事でもある。
俺が蛭子の声を初めて聞いたのは、小学校の遠足で神宮寺へ行った時だ。
伝説の裏を聞かされ、自分の目的に協力しろと言われた。
小学生なりに、蛭子はイカれた奴だと思い、生涯能力のアンロックなんかするものかと思った。
高校生になる頃には、こんな異常な血統になんか関わらず、しらばっくれて普通に生きて、ただし子供にこんな運命を押し付けたくないから生涯子は作らずに死ぬ決心を固めていた。
傍流がいくらもあるので、それで血が絶える訳では無いが、少なくとも俺はこんなどうしようもない因縁に加担したくない、そう思っていた。
家族がこのタイミングで丹沢村へのスキー旅行を決めるまでは。
その多くは寺から持ち出され、あちこちに散らばっていた蛭子の子のミイラを土車がついに全て回収した事を知っていた俺は散々反対したが、家族はどうしても旅行を中止してくれなかった。
特に来年は高校受験で遊べなくなる妹は絶対行きたいと折れなかった。
仕方ないので諦めて俺だけ家に残る事に了承して貰い、俺は家族が出かけた後、別行動で丹沢村に来た。
土車が予てから蛭子の子の復活に動いていたのは知っていた。
どうも土車は蛭子の子を蛭子自身と思い込んでいるようだが、俺にとってそれはどうでもいい。
土車家の親戚一同が大晦日の夜に全て生贄に捧げられ、ついに化け物が復活した。
おそらく丹沢村が陸の孤島と化すタイミングに決行したのだろう。
普通の人間の身体能力では、奴らの後をつける事すら後手に回ると判断し、仕方なく俺は自らの全ての能力をアンロックした。
俺の心に、冷たくどす黒い、本質的に自分の事しか考えられない異形の心が流れ込んだ。
おそらく今の俺は蛭子にかなり近い心と能力を持ってしまっている。
家族を無事に避難させられたとして、その後俺は彼らの息子や兄に戻れるのだろうか?
■成長
2m前後の長身、アッシュブラウンの癖毛を短く刈った髪、堀が深くて厳つい白人的な風貌をした大男、土車が村の数少ない観光スポットの1つであるジビエレストランのガラスの入口を大金槌で殴って粉々に破壊した。
そのまま土車が店に押し入り、直ぐ後に破壊された入口から迦楼亜が運転する軽トラックが突っ込んだ。
レストランの外で待機していた俺は近づいて惨劇を窓越しに撮影した。
本当はもっと離れた場所から安全にズーム撮影したかったが、窓ガラスの反射で離れた場所から店内を撮影できなかったため、騒ぎが起きてから窓の側に移動して、自分の体は隠しつつスマホのカメラを窓にくっつけて撮影する事にした。
レストランは二階建ての大きなログハウス「風」の外観で、採光やアピールを考えてか、入口や道路から見える側の壁面はガラス張りになっている。
ここは丹沢村が村興しの拠点としていて、村からメディアに優先的に紹介されている店だ。
元旦の今日も観光客や地元民や帰省者の外出先となっており、満員だった。
土車はそのレストランの入口を金枠や壁ごと粉々に吹き飛ばした。
奴の獲物の出現自在の大金槌は、蛭子の念が宿った仏像、当麻王子の明鏡や剣と同じように、異能による補強がなされた特別な道具だ。
それを怪力で振り回し、あらゆるものを爆散させる。
奴は流れるように澱みなく動き、その動線に居る人間の胴を爆散させながら、レストランの2階へ上がって行った。
軽トラで店内に乗り込んだ迦楼亜は奴の異能である脚力を使った跳躍と蹴技で残党狩りを済ませた後、荷台から化け物を下ろした。
今日はキャップを被っていないので遠目なりに迦楼亜の顔が確認できた。
目が大きくて童顔で女顔。黒髪で前髪だけ短く、長く伸ばした後ろ髪を縛った変な髪型をしていた。
前髪は自分で切ったのかも知れない。
おそらく160cm前半の低い身長と細い体をしている。もし普通に道ですれ違ったら、コイツの事を「好んで人を苦しめ平気で暴力を振るう人殺しの凶悪な男」だなんて思い付きもしないだろう。
ゆうに自分の身長より高く跳べる身体能力を考えるとコイツも見た目は細いが、かなり筋肉質な体をしている筈だ。
吹き抜けになっている2階から土車がバラした客や従業員の手足が1階に落とされる。
1階をうろつく蛭子の子がそれを選別して取り込んでいく。
迦楼亜はすっ裸に剥いた女を3人並んで四つん這いにさせ、尻を自分に向けて突き出させて嬲っているようだ。
あれはこの近隣地域で有名な美人三姉妹か。
土車と同じく地域の有名人なので俺も名字と顔だけ知っている。
どうも迦楼亜には女性に対する嗜虐性があるようで、おそらくこのために彼女達だけ殺さず残しておいたのだろう。
とりあえず、これでテロ動画は神社のと合せて2件分撮れた。
後はこれを拡散しないといけない。
暫しレストランの窓から離れでスマホに集中する。
レストランから女性の激しい悲鳴が聞こえた。
逆らわれて苛立ったらしい迦楼亜が三姉妹を蹴飛ばしている。
当たりどころが悪かったのか、ひっくり返って痙攣している次女に他の二人が取り縋って泣き喚いている。
扱いきれなくなったのか、迦楼亜は長女も蹴り殺し、殴って無抵抗にさせた三女を犯し始めた。
暫く動きが無さそうなので、警察への通報を行った。
通報はこれで3回目だ。
一般の警察の装備で土車達を止められるとは思わない。
おそらく土車は自身の姿も消せる筈だし、迦楼亜の動きは普通の人間には捉えられないだろう。
俺の目的は警察を呼ぶ事そのものでは無く、家族にこの村が危険だと認識させて車で村の外へ逃げて貰う事なのだ。
だからできればテレビで取り上げられるようなニュースになって欲しい。
しかし、村外の警察署から警察官が来て、事実確認をして報道されるのは早くても夕方過ぎではないかと思う。
ネットで騒ぎになって他の宿泊客から家族の耳に入ってくれる事の方が効果を期待できるかも知れない。
レストランの入口に突っ込んでいた軽トラがバックして出て来た。
荷台は空の状態だ。
ほどなく、人間の手足を自分の胴体に無数にくっつけた血生臭い化け物もレストランの入口から出て来た。
化け物の体にくっつけられた手足はその状態で生きて?いるのか、動いている。
化け物は割れたガラスが落ちている地面や壊れて尖った鉄枠が出ている壁をものともせず自力で這えるほど強くなったようだ。
ここに来た時は人間の手足を纒ったミノムシのようだった化け物は、贄を沢山捧げられ、自身が乗って来た軽トラ2車両分くらいの図体に成長していた。
今はもうミノムシじゃなくて毛虫に近いフォルムだ。
ミノムシ姿の時は体の表面にびっしり人間の手足が付いていたが、今は間隔を空けて生えている。
そして、今まで無かった目がいくつか体前方についている。
フォルムと体長の変化に伴い、運動能力を得た化け物は、軽トラに乗った土車と迦楼亜を追って車並みののスピードで這って次の目的地へ行ってしまった。
方向からして行き先はまた別の観光スポットである温泉宿だろう。
丹沢村内の人が集まるスポットがどんどん潰されている。
奴らが俺の家族がいるスキー場に行く前になんとかしなくては。
-続く-
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