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息子の撮った写真に、写ったもの

息子が4歳の頃、
キッズ用のトイカメラを与えた。

親のスマホを奪って、
写真を撮ることに
夢中だったからだ。

キッズ用カメラは軽量で
コンパクトなので、
息子が自分で持ち運べる。
操作の仕方もいろいろ触って
すぐに覚えてしまった。

息子は「自分のカメラ」を
とても気に入ってくれた。

息子にカメラを与えたのは
息子が興味をもったという
理由もあったのだけれど、
本当はわたし自身の
「息子はどんなものを撮りたいのか」
という興味のほうが大きかった。

写真を通して見る、息子の世界。
そこにはどんなものが見えるのか。
息子にはどんな風に
世界が見えているのだろうか。

それを、知りたいと思った。

その役割を、カメラに託した。

息子がトイカメラを手に入れて、
はじめに撮ったのは、リビング。
ただ目の前にある光景を撮った。

それから、お気に入りのオモチャ。
ひとつずつ、ていねいに撮る。
そのうちトミカをずらりと並べ、
順番を入れ替えながら撮っていた。

しばらくすると、
わたしや夫を被写体にしたり、
レンズを自分に向けて
「自撮り」を楽しんでいた。

思いがけず、夫婦二人の写真を
よく撮ってくれるのはうれしい。
息子が産まれてから、
すっかり夫とのツーショット写真は
撮らなくなっていたから。

息子には、
何を撮れと言ったことはない。
好きなものを好きなように撮らせた。

ピントを合わせることだけ教えて
それ以外のことは、
聞かれない限りは何も教えない。

それは、息子に「いい写真」を
撮ってほしいわけじゃなく、
「好きな写真」を撮ってほしいからだ。

ある日の夕暮れどき、
お出かけからの帰り道。
家族三人で歩いていた。

川にまたがる大きな橋を
渡っていたとき、
ふと、息子が言った。

「見て!きれい!お写真撮りたい!」

赤い夕日に染められながら
街には灯りが点りはじめていた。
大きな太陽が、まるで川の底へと
沈んでゆくような光景だった。

こんなに小さい子供でも、
きれいなものを撮りたいと思うのだ。
いまのこの瞬間を、
写真に納めたいと思うのだ。

至極、真っ当なカメラの使い方だ。

シャッターを一度だけ押して、
息子は満足そうに言った。

「おばあちゃんに見せたいな」

その場にいないだれかに、
この景色を見せたい、なんて
そんなことも考えるのか。

ちゃんと「人間」だなあ。
息子の笑顔にそんなことを思った。

息子の撮ったその写真には、
橋の欄干が写りこんでいる。

決してうまくはないけれど、
大人には撮れない写真だ。

そこには、息子にしか撮れない、
「息子の目で見た世界」が
確かに写っていた。

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