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息子が言ってほしかったのは、「こわくないよ」じゃなくて「こわいよね」だった

ある朝、息子の仕上げ磨きをしていたら、下の前歯がグラグラするのに気付いた。

あ、ああ!こ、これは!息子の「生まれてはじめて生えた歯」さん!
1歳になる前にようやく顔を出して、しばらくの間たった1本だけ息子の口の中でのびのびと過ごしていたこのちいさな白い歯さんが!いよいよ!その役目を終えて!抜ける!抜ける!いざ抜けんとほっす!!

パイオニアの旅立ちを前に、感慨が深い。

これまで、保育園の先輩たちが次々と「歯の生え変わり」を経験するのを間近に見てきた息子は、とてもうれしそうだ。

「大人の歯が生えるための準備なんだよねー!」

自分でそう言って、得意げにしている。自分で自分の成長を喜べるっつーのは素敵なことだよ、息子!とわたしも、喜ばしい気持ちだった。


そう。2日前までは。


息子の乳歯が抜けそうなことに気付いた、その翌々日の夜、また仕上げ磨きをしていて、その歯の裏に何か白いものがあることに気がついた。

歯茎に何か挟まってる?え?この白いの何?コメ?コメ!?
いや全然っ取れないんだけど。え、コメ?コメ!?

こ、コメじゃねえ…こ、こいつぁ歯だ、立派な立派な、永久歯さまだー!!!!

いや、ビビったね。はやくね?って。そんでもってデカくね?って。

もう抜けますから、抜けますからって言ってんのに、モタモタしてんじゃねーよってガンガン煽ってくるやんって。ちいさくてかわいい軽自動車を相手に大型トラックがパッシングの嵐よ。犯罪だから!それ犯罪だから!

もうさ、びっくりしちゃって。騒いじゃったんだよねー、わたし。
生えてる!生えてる!でけー!でけー!つって。

そしたらまあ当然のごとく、繊細の国のプリンスこと息子が、すっかり落ち込んじゃって。(あとでわたしは夫に「騒ぎすぎなんだよ」って叱られた)

泣きそうになりながら「こわい、こわい…」って言い出して。
えー、全然こわくないよー!なんてわたしがね、さっきあんなにギャーギャー大騒ぎしたわたしが言っても無駄なわけ。まったく説得力がない。

「歯医者さんにみてもらいたいから、電話して…」

いや、もうほんと息子、素晴らしい。健康に不安があるとき、かかりつけの専門医に相談しようというその英断!支持したいよね!
だけど「今日はもう歯医者さんやってないから、明日電話するね」って言ったら、「じゃあ、歯医者さんのおうちに電話して」って言い出して。
想定外のことが起きたとき、すぐにプランBが提案できる聡明さ!推せる!!
とは言え、昭和じゃないんだからさ。そんな個人情報知りませんて。だから必ず明日、歯医者さんが開いたらすぐに電話するって約束して。どうにかこうにかそれで納得してもらって。


だけど、布団に入っても息子、眠れないでやんの。
大きく目を開いて、まだ「こわい…」って言う。

「寝てる間に歯が抜けて、飲み込んじゃったらどうしようって思うの」

想像力ゆたかー!!危機管理シミュレーション能力の高さがすごい。もうね、会社にほしい。こういう人材、絶対、マネジメントに必要。

「まーねー、飲み込んじゃっても大丈夫だと思うけどねー。自分のからだだし、毒じゃないから」

「…」

わたしの言葉が、まったく息子に響かない!余計なことしか言わねーな感がすごい。役立たず!わたしの、役・立・た・ず!!

天井をじっと見つめて黙っている息子の姿はとてもせつない。
そのいじらしさに、ふと「そうだよね、こわいよね…」と言ったら、息子はちいさくうなずいた。

ああ、この子はいま勇気づけてほしいんじゃなくて、この不安をだれかにわかってほしかったんだ。「こわくないよ!」じゃなくて「こわいよね」がほしかった。自分の気持ちを知ってほしかったんだ。

そりゃそうだ。
歯が抜けるなんて、とんでもないことだよ。ビビるって。
どれだけ励まされたって、こわいよ。こわい気持ちが消せないのなら、せめてその感情を否定しないでほしいと思うよ。

すぐにわかってやれなくて申し訳なかったなと思う。共感してやることが大切っていうのはこういうことなんだな。改めて思い知ったよ。


息子はわたしの言葉ひとつで、不安になったり安心したりする。
ちっぽけで、かわいい。かわいくて、いとしい。

わたしはずいぶん息子に信頼されているんだな。責任は、重い。

ようやく寝息をたてはじめた息子の顔を見つめて、祈った。
どうか息子のファースト乳歯さんが、息子の寝ている間に抜けませんように。万にひとつ、息子が飲み込んでしまうことがありませんように。

息子の不安が、すこしでもやわらぎますように。

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