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家の外へ

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「なむどくにっき」にお立ち寄りくださり、ありがとうございます。

ななです。

今回のお話はわたしがまだ小学生の頃、家の外に閉め出されたお話です。

ある日わたしとむむが喧嘩をしていると、いつものごとく母が「うるさい」と怒鳴り散らしてきました。
日頃から母は喧嘩をしている子どもたちの話を聞いたり解決法の模索などの仲裁は一切せず、「おまえらはいつもいつもうるさいんじゃ」と喧嘩している子どもたちよりも大きな声で怒鳴って何発もたたいて黙らせていました。
それはおもにわたしとむむに対して行われることが多く、この話のテーマとなっている「家から閉め出し」もわたしとむむばかりが閉め出されていました。
この日も母はわたしとむむが喧嘩している理由も聞かず、怒鳴り散らして暴力をふるっていました。

母はわたしとむむに何発か平手打ちをして、その後むむの首根っこをつかんで玄関まで引きずって行きました。
むむはもちろん暴れたり大声を出したりして抵抗していましたが、母は構うことなく玄関の扉を開けて外にむむを放り出しました。
すると母は今度はわたしの首根っこをつかんで玄関まで引きずって行こうとしました。
わたしは「自分は悪くない」と思っていましたから、わたしまで外に出されるなんておかしいと思いました。わたしもむむと同じように抵抗します。
わたしはとっさに家具にしがみつきました。
母は「とっとと放せ」「このバカタレが」とわたしに怒鳴ったり頭をたたいて手を放させようとします。わたしは必死にしがみつきました。
母はわたしの首根っこをつかんでいた手を放して、わたしの髪の毛をわしづかみにして強い力で引っ張りました。
わたしはあまりの痛さに家具から手を放してしまいました。母はわたしの髪の毛をつかんだまま引きずって玄関まで進み、そしてむむと同じようにわたしを外に放り出しました。
母はそのまま玄関の扉を閉め、鍵とチェーンもかけて、わたしたちが絶対に入れないようにしました。閉め出しですね。
外は夜。辺りは暗く、人影もまばらです。わたしもむむも靴を履く暇もなく外に放り出されたので素足でした。
一切話を聞いてくれない母に対する怒りとなぜこんな仕打ちを受けなくてはいけないのかわからず、わたしもむむも泣いていました。

それから1~2時間ほどたった頃、家の扉が開いて怒り口調の母が中に入るように声をかけてきました。
わたしとむむが中に入ると、母はふたたび「おまえらはうるさい」「わかってんのか」「このバカタレが」とわたしたちに怒鳴ります。
わたしは内心「またか…」と思っていました。母の怒鳴る内容が家から放り出される前に怒鳴られた内容と同じ、なんならいつも母がわたしたちに怒鳴る内容と同じですから、聞き飽きていました。
そして「とっとと寝ろアホが」と言われてやっと解放されます。その頃には「やれやれ、やっとか…」と一仕事終えたような気分になっていました。
結局外にわたしやむむを閉め出す理由がわたしにはまったくわかりませんでした。本当にただ単純に「うるさいから」というだけだったのかもしれませんが…
わたしには「母がわたしたちがうるさいから外に閉め出した」というよりも、「わたしたちを怖がらせたいから閉め出した」「母の方が強いというのを示したいから閉め出した」「とにかくわたしたちに何かしてやりたいから閉め出した」ようにしか感じられませんでした。
結局最後までわたしとむむが喧嘩した理由さえ聞こうともしない、自分の言いたいことばかり言う母に対して不信感と嫌悪感を抱いたことは言うまでもありません。


外に閉め出されたことは今回だけのことではなく、何度もされていました。
外に放り出される際も首根っこをつかまれたり髪の毛をわしづかみにされて引きずられる他、時には蹴られたり、頭をたたかれながら無理矢理外に出されていました。抵抗もしましたが大人の力には勝てず、結局外に出されてそのまま1時間や2時間放置されていました。
幸運な時は靴を履いたり靴を持って出ることができましたが、基本的には靴を履くことはできず、素足、もしくは靴下のまま外に出されていました。
冬の時期は上着や帽子、手袋などの防寒具はもちろん一切ありません。
雪が降る中、むむと2人で上着も靴もない中で1時間2時間を過ごしていたこともありました。

そんな中良かったことがあるとすれば、それは閉め出されている間むむと話ができたことです。
むむとの喧嘩だったはずなのに途中から母が乱入、暴力を振るわれ無理矢理外に出されたことで、わたしとむむは何が原因で喧嘩をしていたのか忘れてしまうこともありました。
わたしが「寒い」と言うと、むむはそれに同意してくれました。「寒いね」
そこから母がなぜわたしたちを外に出す必要があると思っているのかわからない、話すら一切聞いてくれないのになぜ外に出されなければならないのか、そもそもなぜ母が怒っているのかわからない、という母に対する疑問をむむと共有することができました。
わたしとむむが母に対して「おかしい」と思っていることを共有できたことは、今現在母の価値観と違う価値観を持つことができたこと、母から離れることができていることにつながっていると感じています。
そしてこの時むむと一緒にいたおかげで、わたしは外に閉め出されている間、寂しさや悲しさを感じずにいられたのだと思います。


さて、母がわたしとむむを外に閉め出すようになったのは何故なのか考えてみました。理由としてはこのあたりがあるのではないかと思います。
①うるさい子どもたちへの罰
②自分の邪魔をしてくることへの報復
③暴言暴力では刺激が足らなくなった

①うるさい子どもたちへの罰
これが理由として大きいのではないかと思います。
母から怒鳴られて暴力を振るわれて、そのとどめのように外に閉め出されていました。
なぜかわかりませんが外に閉め出されるのはいつも夜で、昼間は母に怒鳴られ殴られて終わり、ということが多かったです。昼間に外に閉め出された記憶はわたしの記憶にはありません。
夜は暗く、人も少ない。冬であれば寒さもあります。子どもたちに孤独感や恐怖感を与え、過酷な状況に追いやって罰を与えていたつもりなのかもしれません。
しかし、わたしにはそれはあまり通用しなかったようです…(これについてはまた記事にします)


②自分の邪魔をしてくることへの報復
母は日頃から暴言や暴力をふるっていました。
それは主にわたしとむむに対するものが多く、兄のににや姉のねねが暴言や暴力を受けているところを見たことは数えるほどだったように思います。
母は基本的にわたしとむむに興味がなく、その上喘息の病気を持っていたために母にとっては手を煩わせ時間を奪いお金を無駄に消費させられるのでわたしとむむは大変うっとうしい、面倒な存在だったのだろうと思います。
さらにその興味のない面倒な存在が喧嘩して大声を上げたり狭い家の中で暴れたりするので、母にはわたしやむむの存在がただのストレスのように感じられたのかもしれません。
自分はこんなにがんばっているのに、こいつらは自分の邪魔ばかりしてくる…
そのストレスの元凶であるわたしとむむに対しての報復として暴言と暴力に加えて外に閉め出すようになった…
母にとってわたしとむむは「必要な時(母の精神的ケア、ストレス発散時)だけいてくれて自分を受け入れてくれればいい、それ以外は手を煩わせないで欲しい」くらい思っていたでしょう。


③暴言暴力では刺激が足らなくなった
これも推測なので実際そうなのかどうかはわかりませんが、長い期間暴力を受け続けていた身としては意外とあることなのではないかと思います…
母は日常的にわたしやむむに対して暴言や暴力を浴びせていました。母にとってはわたしとむむに対する暴言と暴力がストレスのはけ口でした。
わたしやむむが痛がったり泣きだしたりしてリアクションが見えることで母は楽に「自分はこいつらより強い」と優越感に浸り、場の空気を掌握、相手をコントロールすることで万能感を得ることができました。
暴力は麻薬と同じで、怒鳴るだけだったのが1発の暴力を伴うようになり、1発だけだったのが慣れてくると2発になり、また慣れてくると3発になり…ストレスの発散とより大きな万能感、優越感を求めてどんどんひどくなっていきます。
もっと幼いころは暴力をふるわれてわんわん泣いたりしていたと思いますが、成長してくるとそれは「いつものこと」になり、泣くにしても大声を上げて泣くようなことは減っていきます。
わたしやむむが成長してリアクションが薄くなり、それに母は満足できず、またおとなしくならない子どもたちに腹を立てて「子どもを外に閉め出す」という行為に及び、「自分の方が上だ」というのを示したかった、それをわからせて優越感に浸りたかった、他の家族にもそれを知らしめて万能感を得たかったのではないでしょうか。


子どもを外に閉め出すことの必要性は一切なく、無力な子どもに対して理不尽に圧力をかけているだけです。
その上子どもの誘拐や事故の危険性、冬であれば風邪などの病気、凍傷、ひどければ凍死の危険性もあります。
母はそのあたりも一切考えなかったのでしょう。というより、思いつかなかったのだと思います。
わたしとむむを外に閉め出すようになった理由について「母自身わたしやむむと距離を置いてクールダウンしたかったから」ではないかとも思いましたが、これまで母がわたしたちにやってきたことを考えると、その考えはあまり当てはまらないような気がしました。
母はクールダウンという発想ができるような余裕はない人でした。怒りや不安で頭がいっぱいになればなるほど、衝動的で感情的、暴力的、自己中心的で冷静とは真逆にいる人でした。
もちろんそれは家族…特に子どもの中でもわたしとむむに対してだけですが。

今回のお話は以上になります。
外に閉め出された時の父のことや、最後に外に放り出された時のことについても、今後記事にしていきたいと思います。
みなさんどうぞこの後はアーモンドとキャラメルの香ばしい風味とザクザク食感がおいしいフロランタンでも食べて楽しくお過ごしください!
最後までご覧くださり、ありがとうございました。
ではみなさん、良い1日を~!

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