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仕方なく一緒に行ってあげる(むむの話)

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むむです。
今回は、前回のななによる「仕方なく一緒に行ってあげる」の件の時、自分むむとしてはどういう経験であったかを描きました。

誘い方や与えられた役割が、ななと自分むむでは若干異なることがわかります。

お互いに「誰…」

そもそも、母の知人なんて自分むむからすれば他人です。
会ったこともない他人と出かけるなんて人見知りでなくてもそうそうしません(し、したいともそうそう思わないのではないでしょうか…)。
別に行きたいとも思っていないので、この母の誘いを受ける理由は何もありませんでした。

けれども、母からすると、自分むむに断るという選択肢を与える理由の方が何もなかったようです。

脅迫され、仕方なく行くことを承諾すると、
「行き方調べといて!それがあんたの仕事やろ!わたし地図読めへんからよろしく~!」。

母にとって大事なのは、目的地を楽しむことだけで、それ以外の、行き方帰り方は余計で面倒なことだったようです。
母は、育児をすべて母に丸投げして「家庭を持つ人間」というステータスだけを享受する父のように、面倒なところは(無給で)アウトソーシングして、おいしいところだけ楽しもうとしていました。

さすがに腹が立ちました。
行きたいのは母なのに、なぜついて行くこちらがそこまで調べておいてあげなくてはならないのか…
(もちろん、母から殴られないため、自分の身を守るためでした)

当日は当然、母の知人たちも、我々双子も、お互いに「誰…?」となるところから始まりました。
ニコニコしているのは母だけ。
人見知りの我々双子にとって、とても居づらい空気であったことは言うまでもありません…

誘い方の違い

自分むむへの誘い方は、割と最初から威圧的でした。
おそらくこれは返事の仕方によるものと、母の中での自分むむの立ち位置のせいでしょう。

母は、ななよりも反抗的な自分むむを制圧するべき存在としてとらえ、無意識のうちに敵意を掻き立てられるようになっているのでしょう。
そのため、いちいち「頭が悪い」などとけなし、劣等感を刺激したり、精神的にダメージを与えようとします。
拒否権のない「提案」にほとほとうんざりしていた自分は、「どうせ選択肢はないんだろう?」とかなり反抗的でなげやりな反応をしました。
そうすると、母は聞かれたことには答えず、敵意をむき出しにして「生意気だ」と拳を見せつけることで脅迫し、言うことを聞かせます。

選択肢がないことを聞かれたことについては、おそらく彼女の中で瞬時に記憶から抹消されているでしょう。
考えてしまうと、選択肢がないことを、強要していることを認めなくてはならなくなるからです。

母はこうして、母自身にとって理想的な「いい人」でいるために、自分の非人道的なおこないについてはすべて記憶から消します。
まるで別人になったかのように。

役割の違い

ななは愛想を振りまき、母の代わりに母の印象を良くするための存在でした。
ななは母の意向を汲み取ることに自分むむより長けてしまっていたため、先回りして言葉を選んだり、母の知人の大人たちを気遣ったりと、母の言外の期待に応えて、また母からの暴力と暴言を回避するために、とても「いい子」であろうとしていました。

自分むむは目的地までのカーナビとして、母の代わりに母を導くための存在でした。
自分むむは、母の知人の大人たちも地図を読むのが苦手であったこともあり、結局全員を率いて案内することもしばしばでした。

こうして、母の代わりに気遣いをしたななと、母の代わりに事前サーチと行き方把握・案内をした自分むむによって、母は何も努力せずとも目的を達成できるのです。

しかも、母の知人たちからの我々双子をほめる「助かった」「いい子たちだね」「育て方が良い」と言う言葉で、母は一時的に優越感に浸り承認欲求を満たされ、それは楽でいい気分だったことでしょう。

我々双子は母の評価を上げるためのアクセサリーでオプションパーツでもあったのです。

なぜ双子を連れて行かなくてはならなかったのか?‐母の思考考察

漫画のやり取りでもわかるように、母は脅迫してでも我々双子を連れて行こうとしていました。
そこまでして、我々双子を連れて行かねばならない理由は何なのか?あくまで推測ですが、考えてみました。

①面倒を引き受けさせる

これは自分むむを連れて行く理由として濃厚なものです。
先述したように、目的地までの行き帰りを余計な手間、面倒と考える母が、それを代わりにやってくれる都合のいい労働力として、自分むむを連れて行かなくてはならない、と考えた可能性です。
「わたし地図読めないし~」と開き直っていることからも、この可能性はあります。

②ほめられたい

先ほども少し書きましたが、気遣いができるなな、道案内ができるむむを連れて行くことで、母の知人たちからほめられたいという下心(?)があった可能性です。

この説は十分ありうることですが、逆に疑問もあります。
それは、一緒に行く母の知人たちに、子どもを連れて行くことをまったく話していないことです。
当日、突然現れて同行することになってしまっている子ども二人に、当然母の知人たちは驚きました。
小さな子どもならいざ知らず、地図が読めるほど分別のつく子どもを突然、相談もなく連れてくるのはそれは驚きでしょう。内心では引いているかも知れません。
我々双子も知らない人と一緒にいなければならず、居づらさを感じていましたが、母の知人たちも我々双子という見ず知らずの人間がいることで、居づらさがあったかも知れません。
それを考えると、母のしたことはほめられるどころか、ドタキャンに等しい、聞いてないことを突然言い出したりし始める厄介な人だと思われてしまう可能性がありました。

母がそんな風に思われてしまう可能性を考えていなかったはずはないだろうと思いますが、実際にはわかりません。

③不安だった

これが個人的には一番可能性があると思っている説です。
母は不安だった。何に?と言われれば、すべてに、と言えるでしょう。
待ち合わせ場所までの一人での外出、遠出、行き方、帰り方、乗り物の乗り方、乗り換え、遅くなった時の夜道、一緒に行く知人たちとの関係、会話…すべてについて、母は不安を感じていたかも知れません。

待ち合わせ場所に行っても誰もいなかったら手持ち無沙汰だし、場所や時間を間違っていないか一人だと不安。
行き方や帰り方、乗り換えや道順を調べるのもややこしいし間違わないか不安。
遅くなった場合に犯罪に合わないとも限らないので不安。
一緒に行く知人たちと話や間が持つかも不安だし、その不安が透けて見えてしまったら幻滅されてしまうかも…不安…

だから、我々双子をついて来させることで…いえ、巻き込むことで、心細さを解消し、間違いを減らし、犯罪にあわないように自衛し、知人との間を持たせる。

母はいつも不安にさいなまれていました。
この件に限らず、いつもいつも、我々双子が責任をとれないことであっても我々双子に決めさせようとしたり、考えても仕方のないことに悩み、我々双子に相談して悩むのに一日中付き合わせたり。
いつも不安でたまらないのです。
そして、不安も嫉妬も憎悪も、思考をすべて我々双子に垂れ流し、共有して安心していたのです。
今回も同じです。

母の抱く不安を、「母と我々双子三人」のものにすることで、すべて我々双子に解消してもらう。
そのために、母は強制的に我々双子を巻き込んだ…という可能性です。

④得をさせない

ここまでは母が言わば「楽をする」「得をする」という視点の推測でしたが、これは逆で、我々双子に「得をさせない」という推測です。

母が家にいないということは、子どもたちが家でのびのびとするのは想像に難くありません。
盛大にゲームしたり、ゴロゴロしたり。
でもそれは、母にとって許せないことだったかも知れません。

我々の母のように、人を人として接することができず、抑圧や支配、依存でしか関係を構築できない人は、なぜか損得の感覚が異常に強い気がします。(経験則です。明確できちんとした分析ではありません)

そして、その「損得の感覚」に今回が引っかかったのかも知れません。
母にとって、行ってみたかった場所へ行けることは「得」です。これは何の問題もありません。
問題は我々双子です。
母がいない間に我々双子が鬼の居ぬ間に洗濯とばかりにのびのびとするのは、母にとって「損」であったかも知れない、ということです。

まったく何がどうして、それが母の「損」になるのか理解しかねるでしょうが、常日頃から母から憎しみともとれる暴力・暴言・抑圧・洗脳を受けると容易に想像できてしまいます。

我々双子は母に親ほどの関心、保護、許容を求められていましたが、同時に母とは違う思考を持つ一人の人間であることは認められず、母とまったく同じ思考、いわば母の身体の一部として動くこと、また母より絶対的に不幸で、社会的、経済的、心理的に格下であることも求められていました。

その自分より絶対的に格下でなければならない存在が、自分がいなくなってのびのびと(母と同等に)幸せに過ごしているなんて、母はとても許せないでしょう。
それは格下からの下剋上、謀反。母自身の「得」の価値を相対的に下げてしまう、「損」以外の何物でもありません。

自分より絶対的に格下でなければならない存在に得をさせないため、母は我々双子を無理やりにでも駆り出した…という可能性です。

我ながら意地悪な推測です。が、少なくとも自分は、それだけ母から憎まれ、痛めつけられたという認識があります。

仕方なく一緒に行ってあげて得たもの

以上は、もちろん推測です。どれも違うかも知れませんし、重複して当てはまるかも知れません。それは母自身しかわからないです。

ただ一つ残った事実としては、この時、母の知人たちも見てはくれるものの、地図が苦手な方ばかりだったようで、結局自分むむが全員を率いて案内することになってしまいました。
そして、それはこの時に限らず、自分むむが同行する時はたいてい任されてしまうようになりました。
(もちろん自分としては不服です)

けれども、自分むむはそれで得たものがありました。
自分は乗り物の乗り換えを理解し、自分は母の行きたがっていた目的地までの行き方を知りました。自分はまたそこへ行くことができます。
そして、その道順を確認し、乗り物を確認し、目的地の周りに何があるのかを調べ…
そういった事前のサーチや準備自体に、楽しさを見出すことができるようになったのです。

これは母のおかげではありません。
きっかけが母の強制だったとしても、それを感謝するなどということは天地がひっくり返ってもしません。ありえません。
(と言うか、感謝は他人に強要されてするようなことではありませんね。)

楽しさを見出したのは自分むむです。
遅かれ早かれ、自分むむは楽しさを見出していたでしょう。

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