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【連載小説】金をする男と愛をはく女【第十話】

第十話 相良 淳平さがら じゅんぺいという男

 

彼は華子のことを人殺しと言い放った。

「はぁ…人殺しって…それは何かの間違いじゃ…」

俺はあまりに予想していなかった言葉と現実味の無い話しに緊張感が緩み、彼の言葉を信じていない空気を出してしまっていた。そんな空気を感じたのか定かでは無いが彼はどんどん核心に迫っていく。

「亡くなったのは当時中学二年生だった少女、死因は転落死で学校の屋上から落ちたとされ警察の発表では自殺とされた」

話の内容は当時ではニュースにもなった事件で調べれば出てくるものだった。

「その子の自殺と華子に関係が…?」

彼はふぅと息を吐くと話を続けた。

「その転落現場に居たのは亡くなった少女を含めて三人いて…その一人がはなこで…もう一人が俺の妹でした」

「華子が自殺に見せかけてその子を突き落としたってことなのか…?」

俺の問いかけに彼は首を小さく横にふった。

「三人は普段から仲の良いごく普通の中学生で、うちにもよく遊びに来ていたので面識はありました
ある日妹から相談というか何気無い感じで聞かれたことがあったんです」

テーブルに置いていた手が少し震えているように見えた。

「お兄ちゃんはもし友達がいじめにあってたらどうする?って…俺はまさかと思ったけどストレートに聞くと正直に話さなくなるかもと思って、軽い感じで助けるに決まってるだろと言ったんです」

俺も自分だったらと思いながら話を聞いていた。

「そうだよねと、妹も軽い感じで返してきました
そうしたら、じゃあ友達が誰かをいじめていたらどうする?って…俺はそんなことするなって止めるよと少し声を強めて言った気がします」

ここまでの話を聞くといじめが関係しているのかと思い、俺は頭の中で想像を膨らませていた。

「そんな会話も忘れていた一ヶ月後ぐらいに自殺事件が起きました
現場に居た妹とはなこは警察で事情聴取を受け学校内では色々な憶測が飛び交っていましたが、自殺だと解り表だってその話はでなくなりました」

「自殺の原因はいじめ…?」

だとしたら華子が人殺しっていうのは助けられなかったってことなのか。それは極端な考えな気もするが当事者家族にはそう捉えられてもおかしくないのかも。

「いや、これはごく一部の関係者しか知らないんですけど家庭環境での悩みだったみたいで…亡くなった子のスマホに遺書のようなメモとSNSアプリに投稿されていたメッセージでそう判断されました」

俺は死にたいと思ったことが今のところ無いのでわからないが、きっとそう追い込まれる理由に大きいも小さいもないのだろう。

「今までの話を聞いた中で、俺の価値観かも知れないけど華子を人殺し呼ばわりする理由は無い気がするんだけど…」

彼は両手を組み合わせ真上にぐーと伸ばし体をほぐすと、何か飲みましょうと言い店員を呼んだ。確かに何も頼まずにいるのも気まずいし、集中して聞いていたせいか喉も乾いた。

注文を済ませると、一旦切れた会話から話を戻す前に遅い自己紹介を軽く済ませた。華子との出会いから連絡が取れなくなっていることも簡単に説明した。

彼の名前は相良淳平(さがらじゅんぺい)といい、細身で切れ長の目だったが童顔であった為第一印象で年下だと思っていたが、29歳の完全な年上だった。妹が華子と同じという時点で年上だと思ったが、想像よりも上だったのに驚いた。

「あのーそれで人殺しっていうのは…」

「あぁ…それはそのままの意味だよ」

「えっ?自殺なんじゃ…」

「その事件は関係無い…けどそれをきっかけに知ってしまった…知らなければ良かった…いや、知らなくてはいけなかったのかも…」

そう言いながら注文していたビールをぐーと飲み、たばこを手にとり火を付けようとしたが、我にかえったかのようにたばこを戻した。

「悪い…やっぱりこれ以上は話せない」

辛そうな表情を見るとそれ以上は聞いてはいけないと思いつつも、気になってしょうがなかった。

「どうしても知りたいなら本人に聞いてみれば」

そんなこと聞けるか、いや話してくれるのかと思いつつも彼はこれ以上話してくれそうに無かった。

「そういわれても…連絡が取れなくて…」

「変わってなれば住所を知ってるから教えるよ」

俺は住所を控える為にとっさに紙とペンを探す仕草をした。ポケットに手を入れると一枚の紙が手に触れた。その紙をテーブルに出した。

「あのー、ペンもってますか?」

そう訪ねると彼はふふっと少し笑った。

「ペンもってますか?って中学の英文じゃないんだから、それに今どきはスマホにメモるだろ?おっさんの俺でも」

初めて笑った彼に釣られ俺もなんだか可笑しくなって最初の空気が嘘のように一緒に笑った。

「ん?その紙なんか書いてあるな?」

俺はとっさに出した紙が歌詞の書いた紙だったことにそのとき気付いた。

「あっ、それは…」

俺は思わず紙をくしゃっと握り潰したが、手の中に収まっていた塊を解放しもう一度引き伸ばした。

「見てもらってもいいですか?」

くしゃくしゃになった紙を恐る恐る差し出す。

「これは?前に言ってた詞を書いたのか?」

「はい…もし感想やアドバイスもらえれば…」

俺は恥ずかしさと恐ろしさと少しの期待が入り雑じった感情に、不安な表情を添えてお願いした。
彼は手に取ることなくじーっとテーブルに置かれた紙を見つめている。さっきまでの笑顔とは真逆に真剣な表情になっている。

「はっきり言っていい?」

スッと顔を上げるとあの鋭い目が俺にばっさりと斬りかかってくる。

「最高」

「えっ!」

俺は口元が緩くなるのがわかった。

「最高にださいし、くさい」

「あっ…」

緩んだ口元が真一文字になる。

「これが綺麗な紙だったらね」

「えっ?」

「俺も一応音楽は生業としてやってきてるから作詞の技術的なことやテクニック的なことでは意見ができるし、そういう意味ならこの詞は正直そんなに評価は高くない
でも一回握り潰しても見せてくれたこの詞は意味が変わってくる」

「えーと、それは…」

俺は予想外な彼の熱量が伝わってくるのを感じた。

「この詞には最高にださくて、くさい言葉に勇気と再生が加わった」

正直俺には理解が追い付かなかった。

「でもそれは詞としての評価じゃないんじゃ…」

俺は評価される立場を忘れ、意見してしまっていることに気付きまずいと思いきゅっと口を閉じた。

「これ歌詞だろ?このくしゃくしゃになったプラスアルファを伝えるが歌手なんだよ
少なくとも俺はそういう歌手に詞を書きたいと思ってる」

俺は何も言えなくなっていた。それは彼の言葉が青天の霹靂のごとく自分の価値観をぶっ壊したのと同時に、華子に歌ってもらいたいという気持ちが間違いじゃないと確信を得た瞬間でもあった。

華子が何者で過去に何があって、どんな理由で連絡が途絶えたのだとか全部がどうでもよくなった。ただ華子に会いたいということだけで良かったんだ。

「ありがとうございます」

俺は華子の住所と彼の連絡先も教えてもらい細かいことは考えずに、華子に会うことだけを考えることにした。

しかし華子との再会の前に、俺は最悪の人と再会することになる。

続く

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